23 最終話
「これで全部納得できた?」
「う、うん……多分」
アナスタシアは複雑な面持ちで頷いた。
「じゃあさ、まだ私が納得できてないこと、ちゃんとアナスタシアの口から聞かせてよ」
同じソファの隣に座っていたカイルが、アナスタシアの腰をグイッと抱き寄せ、顔を近づける。
再びアナスタシアの胸の鼓動が早くなる。
「あ……でも……」
アナスタシアは一つの不安を感じてカイルから顔を逸らすが、カイルはアナスタシアの手を取って、アナスタシアの顔を覗き込む。
「何か他に気になることでもある? 私はずっと君のことを探していたんだ。アナスタシアを心から愛している。君がどんなに嫌がって逃げ出したくても、絶対にこの手を離すつもりはないよ」
アナスタシアが小さく声を出す。
「嫌……嫌じゃないのよ……。カイルにされること、嫌じゃないから困っているの。好きって自覚しちゃったら、多分何されても嫌じゃないし、嬉しいって思っちゃう」
瞳を潤ませてカイルを見た。
「でもカイルは、カイルに媚びない私が好きなんでしょ! 本気で好きになっちゃったら、嫌がるフリもできないし、きっと媚びるような顔だってしちゃう!! 今だって……カイルに強引に抱き寄せられて……私……喜んでるんだもの」
アナスタシアは必死な顔をしてカイルに縋るように目を向ける。
ところが優しげな表情をしていたカイルは一瞬で表情をなくし、アナスタシアを見下ろした。
――やっぱり……。本当のこと言ったから嫌われたんだ……!
アナスタシアの潤んでいた瞳は奥から熱いものが込み上げてきて、少し下を向いたら、一筋の涙がこぼれ落ちた。
だが、ふと寒気を感じて顔を上げる。
カイルが凶悪な顔をして笑っていた。
「えっ……?」
アナスタシアは背中に嫌な汗が流れた。
「アナスタシアが媚びてくれたら嬉しいに決まっているじゃないか。アナスタシアが私のことを好きと言ったらとても嬉しいし、何しても嫌じゃないなんて最高だよ!」
カイルはテーブルに置いてあった紅茶に入れるための角砂糖を一つ摘んで口の中に含んで、すぐにアナスタシアの顔をがっちり掴んで、思いっきり口づけた。
「ん……っ!」
口の中で角砂糖の甘みが広がっていく。アナスタシアは甘すぎる味に身体を引くがカイルにがっちり掴まれていて逃げることができない。
――ううぅ……甘すぎて不味い………
口の中の砂糖が完全になくなって、味がしなくなった頃にようやくカイルは離れていった。
「はぁ、両想いのキスは甘いな」
アナスタシアはカイルの胸を押す。
「甘すぎよ!」
アナスタシアはハンカチでベタベタになった口を拭う。
「そんなのじゃ取れないだろう」
カイルがアナスタシアの両手を掴んで、口の周りをぺろぺろと舐める。
「ちょっと、やだぁ……余計にベタベタになるじゃない……」
「もっとベタベタになることすれば良い」
カイルがソファにアナスタシアを押し倒し、服の上からアナスタシアの身体に触れる。
「やっ……!」
「嫌じゃないんだろう」
口では嫌と言うが、やはりアナスタシアは本気の抵抗が出来ていない。
このまま流されて、抱かれてしまうとアナスタシアが思ったときだった。
カイルはすっとアナスタシアから手を離す。
「えっ……?」
なんで? と言わんばかりの顔をしてしまう。
「そろそろリュカを迎えに行かないとな」
カイルはさっさと身体を起こす。
「えっ……」
つい物足りなさそうな顔をしてしまった。
「何? もっとして欲しかった?」
カイルが黒い笑顔でニヤリと笑う。
「くっ……この、鬼畜!!」
アナスタシアは強く睨んでソファにあったクッションをカイルに投げつけた。
カイルは恍惚とした表情で笑っていた。
「可愛いなぁ、アナスタシアは……! 今夜、覚悟しておいてね」
「ひっ……」
カイルはスタスタと部屋を出て、カイルの発言に震えていたアナスタシアも慌ててカイルを追った。
その夜、アナスタシアは鬼畜な皇帝に嫌と言うほど愛されたとか。
◇◆◇
カイルは確実にアナスタシアを手に入れるため、フラベリオスを落としたいとずっと考えていた。
アナスタシアを捜索する傍ら、フラベリオスの侵略状況をずっと観察していた。そしてそこへカロリーナがやってきて、浅はかな彼女は国の内情をベラベラと話す。
カロリーナがいなくてもフラベリオスを落とすことは出来ただろうが、彼女の口の軽さのお陰でより早くフラベリオスを従属国にできたと言っても過言ではない。
一年前、フラベリオスが侵略しようとした国に反撃されたのは、どこかから侵略時期のリークがあったからだ。そしてタイミングよくリュートリムがフラベリオスに手を差し伸ばす。
全てカイルの狙い通りだった。
度重なる戦争に疲弊していたフラベリオス国民は帝国の傘下に入り帝国に守られることを好意的に受け止めている。
今後はフラベリオス国王も代替わりし、リュートリムと良い関係を築くことができるだろう。
また、カイルは今回捕えられたサイオスの第三王子コーデルハルトの扱いについて決めかねていた。
コーデルハルトは捕えられてから「殺してくれ」と何度も言っており、国へ帰っても兄弟からは失態を馬鹿にされて、父王からも見放されると、国へ帰ることを嫌がった。
そして悩んだ挙句カイルはコーデルハルトを捕虜として、所有権を争っていた領地から手を引くことを条件にサイオスに返した。
カイルは私情など挟んでないと言ったが、リュカに剣を突きつけ、アナスタシアに誤解されるように嘘の情報を吹き込んだコーデルハルトには、相応の報いをと考えていた。
だからカイルは彼の一番嫌がる、生かして国へ返すという方法を選ぶことにした。
アナスタシアがカイルの正妃になることは帝国議会でも多少揉めることはあったが、すでに皇帝の後継を産んでいることで、半年ほどで二人は無事に結婚した。
リュカは本当に皇帝の子どもなのか、と発言する者もいたが、顔を見れば一目瞭然のため、カイルは惜しみなくリュカを抱いて議会に顔を出した。
日が経つにつれ、リュカの髪の毛の赤色は抜けて見事な金色に、リュカの瞳はグレーから綺麗な海の碧色に変わっていくため、誰も文句など言わなくなった。
◇
二年後。
「ぼく、おんなのこがいい!」
「そうか、リュカは妹が欲しいのか。パパはまたリュカのような可愛い男の子でもいいなぁ」
「もうぼく、かわいくない! かっこいいだよ!」
「そうだな、リュカはかっこいいお兄さんだもんな」
カイルとリュカがソワソワしながら、部屋の前の廊下をうろうろしていた。
「やっぱりぼく、ママがしんぱいになってきた」
「リュカ、言うな。私だってアナスタシアが心配なんだから」
二人は心配する気持ちを分かち合いながらひたすら待っていた。
部屋の中から「ほにゃーほにゃー」と可愛い泣き声が聞こえてくる。
「!?」
カイルとリュカがそっくりな顔を見合わせた。
カイルが勢いよく扉を開けると、汗びっしょりでぐったりとした、愛する人がいる。
「アナスタシア! 頑張ったな!」
「ママー!!」
リュカが、ベッドに横になるアナスタシアに駆け寄った。
「リュカ、弟だったわよ」
「えっ……」
リュカは残念そうな顔をした。
「あら? 弟はいや?」
「うん……ぼく、いもうとがよかった」
少しお兄さんらしくなってきてもまだ四歳、リュカは命懸けで男の子を産んだ母に素直な気持ちを吐き出した。
「見てごらん」
アナスタシアが赤ちゃんを見せるように促すと宮廷医が産まれたばかりの子を連れてくる。
「抱かせてくれ!」
カイルが興奮気味で、宮廷医から抱き方を教わり赤ちゃんを抱く。
それをリュカが覗き込む。
「……あかちゃん、かわいい」
小さな手足がゆっくりとほわほわ動く。
リュカが手を伸ばすとその手の指をぎゅっと握る。
「おとーともいいかも……」
カイルとアナスタシアはその様子を見守った。
「ぼく、あかちゃんのおせわしたい」
「うん、教えるから一緒に手伝ってね」
「アナスタシア、私も! 私にも手伝わせてくれ!」
カイルはリュカの時にできなかったことを全てしたいようで、妊娠中からアナスタシアにいらぬ世話を焼いていた。
「はいはい。みんなで大切に育てましょ」
アナスタシアはリュカとカイルに微笑んだ。
「ママー、ぼく、あかちゃんだいじにするから、こんどはおんなのこをおねがいね」
「まぁ!」
アナスタシアとカイルは目を丸くして顔を見合わせる。
アナスタシアが鬼畜な愛の皇帝との間に三人目を作るのは意外とすぐかもしれない。
拙い文章でしたがお読みいただきありがとうございました。
本編はこれで完結となりますが、明日番外編を2話投稿予定です。
よろしければ引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




