21 アナスタシアの姉
「カイル様! お待ちしておりましたわ!」
アナスタシアの姉カロリーナが煌びやかな格好で、媚びた声を出しながら宮殿に入ってきたカイルにすり寄る。
「カロリーナ殿はまた来たのか。おい、アンドリュー!」
カイルはカロリーナを一瞥してすぐアンドリューを呼びつけて向こうへ行ってしまう。
「もう、つれないんだからー」
カロリーナは軽く頬を膨らませた。
そして、冷めた顔を作り直してアナスタシアを見る。
「で? アナスタシア、あんたはなんでここにいるの?」
先ほどカイルに話しかけた声色よりかなりトーンが下がった。
宮殿にいればいつかは会うことになるとは思っていたが、いきなり対峙することになるとは。
アナスタシアの一つ上の姉のカロリーナ。最後にカロリーナにされた嫌がらせのことはよく覚えている。カロリーナの息のかかった兵士が戦場で馬に興奮剤を打ち、アナスタシアは暴れ馬で敵陣を駆け回ることになった。
アナスタシアはフラベリオス王宮でカロリーナに目の敵にされ、何かにつけて嫌がらせをされ続けてきた。
「なんでって……」
「アナスタシア姫は宮殿に住むことになったのです」
アナスタシアに付き添っていた騎士が手でアナスタシアを制して一歩前に出た。
「はっ! あんたがリュートリム宮殿に住む? あんたはもう姫でもなんでもないでしょ。短い髪に、質素な身なりして。フラベリオス王家から見放された、ただの平民でしょ!」
カロリーナは騎士のことは気にせず、ベラベラとアナスタシアに話しかける。
「えっ、ちょっと待って! えっ、何その子、キョロキョロして田舎くさーい! もしかしてあんたの子!? えー、ウケるんだけど! ほっぺたぷくぷくで真っ赤っ赤じゃん!」
リュカはキラキラとした宮殿内が珍しく、目を輝かせながら周りを忙しく見ていた。
二歳の健康的な子なんて皆、頬が膨らんでいて、血色が良いのは当たり前だと思うのだが、姉は子どもを見たことがないのだろうか。
「えー、どんな男との間にそんな田舎くさい子が産まれるのよー!」
カロリーナが高慢な態度でそう言うと。
「ま、ままぁ……」
リュカは不安そうな顔でアナスタシアを見る。
早口で捲し立てるカロリーナの言う言葉の意味はほとんど理解できていないと思うが、悪意を持って意地悪を言われていることはわかるようで、リュカが目に涙を溜め始めた。
アナスタシアは、リュカを抱く手に力を入れる。
皇帝の正妃だかなんだか知らないけど、リュカにそんな顔をされたら黙ってはいられない。
「お久しぶりです、カロリーナお姉様。お姉様はそろそろいい歳だと思うのですが、まだ出産のご経験がないのですか? 二歳の子どもが、頬が赤くて丸いのなんて当たり前のことですよ? ご存知ないの?」
「なっ!」
別に子を産まない人生だって良いと思う。子ができずに悩む女性がいることだって知っていて、そういう女性たちを貶めたいわけじゃない。
だが、我が子を口撃されたアナスタシアはカロリーナに反撃することしか考えられない。アナスタシアはなんといっても売られた喧嘩は買う主義だから。
王女であるカロリーナは嫁ぎ先では早く子を成すことが使命だろう。アナスタシアも王女時代、王位を継げなければ他国に嫁いですぐに子を成すようにと言われて育った。カロリーナの年齢なら二人くらい子がいてもおかしくない。
アナスタシアの指摘が図星だったのか、カロリーナは一気に顔を赤くした。
「それに、田舎くさいってしつこくおっしゃっていますけど、どんな男との間にこの子が産まれたか? そんなに知りたいのなら教えてあげますよ」
アナスタシアは少し語気を強くする。
「この子はね……さっき、お姉様が尻尾を振って擦り寄っていった、あそこにいる、皇帝との間に産まれた子よ!!」
アナスタシアは向こうでアンドリューと話をするカイルに向かってビシッと指差す。
アナスタシアが声を大きくしたので少し離れたところにいたカイルもこちらの異変に気づいたのか、不思議そうにこちらを向いた。
「えっ…………カイル様の子…………?」
カロリーナはポカンと口を開いて呆然としている。
アナスタシアは言ってしまってからハッとする。
――…………しまった。
目立つことなく争い事は避けて、宮殿の隅でひっそりと過ごそうと決意をしたばかりだったのに。
皇帝の正妃に目をつけられるなど、今後が危険すぎる。
しかも相手はカロリーナだ。アナスタシアが狙われるだけならともかく、リュカが狙われたらリュカの命が危ない。
さらに皇帝の寵愛する正妃からの喧嘩を買ってしまった。カイルからもお仕置きを受けるかもしれない。
カイルはすぐに寄ってきて、側にいた騎士から経緯を聞いていた。
カイルにアナスタシアはそっと話しかける。
「あ、あのさ……カイル。カロリーナお姉様がいるなら、私達はやっぱりファラース領に帰ろうかな……って思ったり……」
カイルはアナスタシアに微笑んだ。
凶悪な笑顔で。
「ひっ……」
この顔は……
――やばいやばいやばいやばい……
アナスタシアが逃げ出そうと、扉の方を向くと、すぐにリュカごと抱き寄せられて、頭に口づけを落とされた。
「へっ……?」
「パパー」
カイルが何度もパパ、パパ、と言うからリュカはカイルのことを当たり前のようにパパと呼んでいる。
「リュカ」
カイルがリュカに優しく微笑む。
そして、カロリーナの方を向く。一瞬で笑顔は完全に消えて、冷酷な視線を向けている。
「カロリーナ殿。私の子が田舎くさいって?」
カイルは低く威圧的な声を出した。
「えっ……えっ……なんで……? うそでしょ……」
カロリーナは狼狽えあわあわとする。
「どこからどう見ても私の子だろう。ほら、私の顔にそっくりだろう?」
アナスタシアが抱いていたリュカをカイルが抱き上げて、リュカの頬に頬擦りをした。
「ああ、可愛い。私の天使」
カイルはうっとりとした表情でスリスリしている。
顔が並ぶと本当によく似ている。
「えっ、ほんと、すごい似てる……。えっ、なんで……、カイル様! この女は平民ですよ!」
カロリーナがアナスタシアを指差す。
カイルは再び冷たい表情に戻る。
「カロリーナ殿。アナスタシアは平民ではない。れっきとしたフラベリオスの王女だ」
「だってお父様がアナスタシアを廃嫡にしたはずで……」
「ひと月前、アナスタシアが未婚なことが確認できた時に、フラベリオス国王にアナスタシアの身分を取り戻すよう話は付けてある。アナスタシアは間違いなく王女だ」
「は……?」
なんのために? 意味がわからない。
アナスタシアは眉を寄せた。
「当たり前だろう。私はアナスタシアの身分などどうでも良いが、うるさく言ってくる者もいる。アナスタシアを妃にするなら、王女の身分が必要だ」
――私を妃に……?
そんな話は聞いていない。
「なんでアナスタシアなんかを……!」
カロリーナが嘆いた。
「ちょっと待って!! 私だっていやよ! 正妃がいるような男の妾妃になんてなりたくない!! 好きな人をお姉様と共有するなんて無理!」
アナスタシアは、サっとカイルから離れた。
「あなたがお姉様と仲睦まじく過ごす姿なんて見たくない! 私とリュカのことは護衛だけ付けて、放っておいてよ!」
カイルはリュカを抱いた腕とは反対の手で口元を押さえ、プルプルと震えた。
なんだろう、何かを堪えるような。
そして、ふーっと心を落ち着けるようにしてカロリーナに話しかける。
「カロリーナ殿、あなたがいるとややこしくなるから帰ってくれる? というか、何度も言うが、もう二度と来ないでくれ」
「そ、そんな……! カイル様!!」
カロリーナはカイルに縋るような目を向ける。
「ああ、そういえば! これはフラベリオス国王を通して話をしていたのだが、王位を継ぐほどの器もない、良い歳をした未婚の王女がいつまでも王宮にいることを嘆いていたから、我が国の同盟国、北の島国にカロリーナ殿の釣書を出すように指示しておいた」
「えっ……釣書?」
カロリーナは青ざめた。
「ああ、北の島国の王子が妃を探していた。縁談だよ。宗主国が紹介したのだから、属国が断るような真似はしないでくれよ。北の島国は娯楽も何もないところだが、国の男たちは妻を大切にすることで有名な国だ。カロリーナ殿もきっと大切に囲ってもらえるだろう」
北の島国は寒さと王妃が厳しいことで有名だ。傲慢で自分の感情だけで、人に当たるような性格はきっと北の島国の王妃によって叩き直されるであろう。
「大切に大切に囲われて、逃げ出すこともできないだろうがな……」
カイルは最後にボソッと付け加えた。
どう考えても結婚という名の島流しだ。
「衛兵! フラベリオスのカロリーナ王女がお帰りだ。国境まで丁重に送り返せ!」
カイルが指示すると、カロリーナは近衛兵に連行されるように連れていかれる。
「えっ、いやっ! そんなーー!」
カロリーナの嘆く声が響き渡る。
◇◆◇
「フラベリオスの王女を連れて帰るから受け入れの準備を、と先触れを聞いて、なぜカロリーナ王女を受け入れているんですか?」
アンドリューは今回、絶妙なタイミングでやってきたカロリーナを宮殿内に受け入れたという侍従長を問い詰めた。
「この場合、フラベリオスの王女といえば、ずっと探していたアナスタシア姫のことで、何度も陛下から追い返されているカロリーナ王女のことなわけがないでしょう!」
アンドリューは深いため息と共に、侍従長の左遷を考えた。




