20 帝都へ
結局アナスタシアはカイルの手を取り小屋を出た。
しばらく待っていると馬車が用意されてリュカと共にその馬車に乗り込んだ。
夜更けの時間帯で、リュカは馬車を待つ間にカイルの腕の中で再び寝てしまった。
「色々と聞きたそうな顔だね」
カイルがアナスタシアの顔を覗き込む。
「ええ……。てっきり帝都に帰ったのだと……」
「帰るつもりだったのだけど、途中の橋が老朽化により壊れてしまって帰れなくなってね。仕方なく子爵領に戻ったんだ。そこで君が連絡もなしに欠勤をしていると聞いて……」
「見張り、付けていたんでしょう?」
「ああ、聞こえていたのか。どうやら君は私から逃げようとしているみたいだったからね。二人つけていた見張りの一人が、君が男と馬車に乗って町を出たと教えてくれた」
――見張りは二人もいたの……?
今回はその見張りのおかげで助かったのだが、もうこの男からは逃げられないのだと、頭に浮かぶのは「諦め」という文字。
「サイオスに行くという会話が聞こえたらしく、すぐにサイオスの仕業だと思ったんだ。まあ、サイオスの王子まで絡んでいるとは思わなかったが」
カイルは少し苦いような顔をした。
「痺れ薬、効かなかった?」
「ふはははっ、あんな熱い口づけをもらったのは初めてだよ。嬉し過ぎてすっかり騙された」
「もう、茶化さないで!」
アナスタシアは羞恥から顔を逸らす。
「本当のことなんだけどな。……痺れ薬は効いたよ、だから倒れた。アナスタシアは? 君も口に含んでいただろう? 身体は何ともないか?」
気遣わしげに聞かれて首を傾げる。
「私? 私は平気よ。前も言ったけど、ああいったものは私には効かないから」
カイルは自嘲するように笑った。
「悔しいな。私も毒の類は慣らしてきたのだが、それでも三十分ほど倒れていたんだ」
コーデルハルトは三日、体の自由が利かなくなると言っていたが、毒に慣らしてきたから三十分程度で済んだらしい。
「そう……」
アナスタシアはフラベリオス人で、身体が丈夫なのだから、別格だ。普通の人ならそれでも十分なので、カイルが悔しそうにする意味がわからなかった。
「アナスタシア。私からも聞きたいんだけど、君はどういうつもりで緑の花を撒いたの?」
「う……」
「私から逃げたかったんだろう? それともやっぱり見つけて欲しかった? どっちなんだ?」
心の奥を見透かすような目で見つめられて、アナスタシアは背中に汗をかく。
アナスタシアはカイルの愛しているという言葉を信じたくて 、花を撒いた。
そして、カイルはアナスタシアを見つけ出した。
「リュ、リュカを助けて欲しかったのよ!」
それも嘘ではない。
「そうだね、リュカをサイオスに取られるのはまずい。リュカはこの国の皇子だからね」
「やっぱり、気付いていたのね……」
カイルはリュカも本物の王子様になるのだから、一緒にお城に住む、と言った。
「三年間も一人で大変な思いをさせて悪かった……」
「えっ、なにを……?」
謝られる意味がわからない。
「君がリュカを妊娠したことは私に責任がある」
「えっ……いや……責任とか……」
そんなものは求めていない。
確かにこの男の鬼畜行為のせいなのだが、今ではリュカが可愛過ぎて、妊娠させてくれてありがとう、くらいの気持ちである。
「私がいれば、せずに済んだ苦労がたくさんあるだろう」
「あ、あの……別に責任どうこうはなんとも思っていないし、あなたに助けて欲しいと思ったのは今日が初めてで……出来ればずっと会いたくないと思っていたし……。あの……拘束して致すようなサディスティックな行為について以外は謝ってほしいなんて思っていないんだけど」
アナスタシアは困惑した顔を向ける。
「いや! 君をああいう形で抱いたのは、嫌がる君が可愛過ぎて、愛せずにはいられなかったのだから、謝るつもりはない!」
「はぁ!?」
あの鬼畜行為は謝る気はないと……?
「だけど、君を妊娠させてしまったのは私の責任だ! 責任を取らせてくれ! 君が三年間してきた苦労は、これから君を大切にすることで償わせてくれ! これからは何かあったら、いや、何もなくとも君たちのことは私が守る! 私に守らせてくれ!」
「はぁーー!?」
「それに……」
カイルが少し恥ずかしそうに俯いた。
そして目元を少し赤くして、バッと顔を上げる。
「私も……私も……リュカにパパと呼ばれたい……!」
「へ……?」
アナスタシアは目を丸くして、パチパチさせた。
「うにゅー……カイリュ……パパ……?」
――っ!? リュカ? なんてタイミングで起きるの!?
「リュカ……! 今、私のことをパパと言ってくれたのか!?」
「ん、パパ。あっちゃかい」
リュカはカイルにギュッと抱きついて、再びすーすーと寝息を立てて眠り始めた。
カイルが目をキラキラうるうるさせている。
「アナスタシア!! リュカが私をパパと言ったぞ!」
「ええっ……今のは寝ぼけていただけだと思うけど……」
「いや! 私のことをパパと認めてくれたんだ!」
カイルは興奮気味で言い切った。
アナスタシアは若干呆れている。
「アナスタシア……! リュカを産んでくれてありがとう!」
カイルは少し涙目だった。アナスタシアは顔を引き攣らせて「どういたしまして」と返事をした。
カイルはふーふーと息を吐いて、心を落ち着ける。
そして、真面目な顔を作ってアナスタシアに話をする。
「アナスタシア、宮殿に行くぞ。君たちは今回のようにサイオスに狙われる可能性がある」
今回、アナスタシアは自分が悪かった自覚がある。リュカを守るためには、リュカを宮殿に連れて行く、それが最善であると理解していた。
「わかった。その代わり、条件があるの」
「条件?」
「私も……私も、リュカと一緒に宮殿に連れて行って!」
「ん? 何を言っている、当たり前だろう。君がいないと意味がない」
カイルはなぜそんなことを条件にされたのかわからない様子で、アナスタシアはあっさり受け入れられて拍子抜けした。
宮殿では、リュカにしっかり護衛を付けてもらい、目立つことなく争い事からは極力避けて、宮殿の隅の方で二人ひっそりと過ごそう。
アナスタシアは決意を新たにした。
三人はそのままファラース子爵家へ立ち寄り、橋の修繕が終わる三日間で、帝都へ発つ準備をした。
アナスタシアとカイルは前ファラース子爵夫人とイーサンに、アナスタシアがフラベリオスの王女であったこと、リュカの父親がカイルであったこと、サイオスに狙われ、これからは帝都の宮殿で暮らすことを説明した。
イーサンはかなりのショックを受けていたが、夫人は「あらあらそうだったの、イーサン残念ね」と軽く受け止めていた。
アナスタシアは没落貴族と騙していたことと、侍女の仕事を続けることができないことを謝罪したが、王女に仕事をさせていたなんてと夫人からは逆に謝られた。
そして、夫人とアナスタシアが二人きりになると恋愛話の好きな夫人は、二人の出会いや、どうしてアナスタシアが一人でリュカを育てることになったかなど経緯を詳しく知りたがったが、カイルの名誉のために正直に話すわけにもいかず、色々あって……すれ違いもあって……と濁した。
そしてアナスタシアは首を傾げる。
――なんで私はカイルの名誉なんて守ろうとしたのかしら。
そして、橋の修繕も終わり、三人は無事に帝都へ到着する。
「ママー、おちろだよ! しゅごいしゅごい!」
馬車から降りて宮殿の前で上を見上げながらリュカが言う。
アナスタシアはすぐにリュカを抱き上げる。
「こら、あんまりはしゃいではいけないわ」
「だって、えほんといっちょだよ!」
ファラース子爵家もそれなりに立派な屋敷ではあったが、帝都の宮殿は比べ物にならない。
初めての宮殿にリュカは大興奮だった。
そして、ゆっくりと開く大きな扉の向こうにいた人物を見てアナスタシアは背筋が凍る。
「あら……アナスタシア、久しぶりね!」
それはアナスタシアと同じ赤髪に白い肌を持つ、アナスタシアの姉、カロリーナだった。




