19 救出
「陛下! 陛下!!」
アンドリューが倒れ込んだカイルを揺する。
うつ伏せに倒れていたカイルが、ゆっくりと目を開ける。
「うるさい……アンドリュー……」
「陛下! ご無事で!!」
「ああ、大丈夫だ……あと三十分もすれば動けるようになる」
カイルは自分で少し身を起こし、仰向けになって転がった。
「サイオスの王子は三日ほど体の自由が利かなくなると言っていましたが……」
アンドリューが心配そうにするが、カイルは仰向けで目を瞑りながら話す。
「アナスタシアは……初めて会ったとき、彼女……猛毒以外は効かないと言っていたんだ……。私もある程度は毒に慣らした身体ではあるが、あそこまでではない……。好いた女より身体が弱いなど情けないだろう……」
カイルはアナスタシアには負けられないと、三年前からありとあらゆる毒を日々、少量ずつ摂取して、より毒に慣れた身体にと鍛えてきた。
おかげで今回の痺れ薬で倒れ込んでしまってはいるが、回復までに三日もかかるということはなさそうだ。
「でも……私と同じように痺れ薬を口に含んだアナスタシアは、全く効いていなかったな……」
カイルは転がったまま、面白そうにクククと笑った。
そして三十分後、カイルは普段通り動くことができるようになった。
コーデルハルトに斬られた騎士たちも深傷を負った者はいなかったため、応急処置で済ませて、再びアナスタシアとリュカの捜索にあたることにした。
「足取りはわかったか?」
「いいえ」
アンドリューは目を伏せて首を振る。
「まずいな。サイオスへ逃げられると、アナスタシアとリュカは領土の交渉の材料にされる」
「あの地を手放すというのは……」
「あの地は、領土を広げ始めたサイオスがこれ以上つけ上がらないように見せしめに取り上げたようなものだから、手放すのは構わぬが……」
「何か他に問題が?」
「アナスタシアとリュカを取り戻すために領土を渡したとなると、彼女を妃にするとき、彼女のせいで国の一部を失ったと批判する者が出てくる可能性がある。そんな要素を彼女に与えたくない」
カイルは自分の手のひらを見つめてからグッと握りしめた。
「なんとしてでもサイオスに逃げられる前にアナスタシアとリュカを取り戻す」
「そうですか……、ですが森の中は赤い鳥が飛んでいるだけで……」
「赤い鳥?」
カイルが二日前にリュカに花を食べると説明をした鳥だ。
カイルは大きく目を見開いてから、肩を震わせ「ふっ」と声を漏らして笑った。すぐに耐え切れず大声で笑う。
「ふふっ……はははははっ、アナスタシア……やっぱり君は最高だ。アンドリュー! 赤い道を辿るぞ」
「赤い道……?」
アンドリューはカイルの言った意味がわからず首を傾げた。
◇◆◇
アナスタシアは逃げ道を探すため小屋の中を観察していた。
小屋はアナスタシアの普段使っているベッドが二つも入らなさそうな小さなもので、出入り口の対面に小さな窓が一つある。
窓はもちろん閉められている。
その小さな小屋の窓の下でアナスタシアは両手首を縛られ座り込んでいた。
入り口の前はジークが剣を構えて見張っており、横の壁にもたれかかるようにコーデルハルトがリュカを抱いて座っている。コーデルハルトの手にも剣がしっかりと握られており、アナスタシアは下手なことはできない。
ただ、縛られているのは両手首だけで、後ろで縛られるわけでなく前で縛られているため、かなり自由が利く。
アナスタシアは絶対に隙をついて、リュカを取り戻し逃げ出すのだと強く念じていた。
バーンっとなんの前触れもなく小屋の扉が強く開いた。
「迎えにきたぞ、アナスタシア!」
「うそ……」
アナスタシアは目を見開く。もしかしたらと望みをかけて跡を残した。
カイルはちゃんとその跡を見てくれた。
カイルは他の騎士と共にジークに剣を向けている。
「どうして場所が!?」
ジークも彼らに剣を向けた。
「んにゅ……カイリュ……?」
静かだった小屋が慌ただしくなり、リュカが目を覚ましてしまう。
「剣を下ろしてください。子どもがどうなっても良いんですか?」
コーデルハルトが立ち上がり、カイルに見せつけるようにリュカの腕を掴んで、首元に剣先を突きつける。
「ふぅ、ふぇーーん……うわぁーーん……」
リュカは恐怖でまた泣き出した。
リュカに危害がと思うとアナスタシアの背中には嫌な汗が伝っていく。
カイルはアナスタシアのサインをちゃんと読み取ってくれていた。今度はアナスタシアがカイルのサインを読み取る番だ。
カイルはリュカを人質に取られているにも関わらず騎士を従え正面からやってきた。
アナスタシアはすっくと立ち上がり、すぐ後ろにある窓の鍵を外して開ける。
そしてすぐに頭を窓より低くした。
「正解だ、アナスタシア」
窓からひゅんっと矢が飛んできて、リュカを掴んでいたコーデルハルトの腕に刺さる。
「ぐぁっ!!」
「リュカっ!」
「わーーん!! ママぁーー!!」
コーデルハルトがリュカの腕を離した隙にアナスタシアはリュカを取り戻し、拘束された手で腕の中に隠すように抱きしめた。
「リュカっ! ごめんね、怖かったわね! 頑張ったわ!」
「ママっ! うわーんっ! ママぁー!」
コーデルハルトの身体がガクガクと震え出す。
「何を……」
「あなたと同じ痺れ薬を使ったんですよ。陛下が吐いたものですけどね」
アンドリューが窓の外から、再び弓に矢を番えながら説明した。
真正面からやってきたカイルには、一緒にいるはずの護衛のアンドリューがついていなかった。
アナスタシアは、しっかりとピクニックの帰りの会話を覚えており、窓の外でアンドリューが矢を射る準備をしていることを察した。
リュカが敵の手から離れた様子を合図に、カイルはジークに斬りかかる。
少しカンカンと打ち合うが、狭い小屋では十分に動けず、ジークはすぐに壁際に追い込まれ、喉元に剣を突きつけられる。
窓の向こうではアンドリューも弓を構えて狙っている。
「終わりだな」
騎士たちがコーデルハルトとジークを拘束した。
「ママー、カイリュ、しゅごかったねぇ?」
「……ええ、そうね」
アナスタシアはカイルを呆然と見つめた。
アナスタシアとリュカの視線に気がついたカイルはアナスタシアの前で跪く。
「迎えにきたよ、お姫様」
アナスタシアの拘束を解き、手の甲に口づけを落とす。
顔が良いのはずるい。こんな仕草はさまになる。
アナスタシアは自分の意思に反して顔を赤くしてし、リュカは目をキラキラと輝かせた。
「わぁ! しゅごい! カイリュほんもののおーじしゃまみたい!! ねぇ! ねぇ! ママとカイリュはけっこんちて、おちろにしゅむの?」
「ああ、そうだよ。リュカも本物の王子様になるのだから、一緒にお城に住むんだよ。さぁ、一緒に帰ろう」
「えっ……本物の王子様……?」
「ぼくもおーじしゃま? しゅごいしゅごい!」
リュカはワチャワチャと喜んでいるが、アナスタシアは意味を考え、顔を赤くしたり青くしたりと忙しく、自分の感情がわからなくなる。
「ほら、いくよ。アナスタシア」
カイルがアナスタシアの手を引くが、アナスタシアはグッと反対に手を引き、その場から動かない。
「ねぇ、アナスタシア。君は私に迎えにきて欲しくて、あの花を撒いたんだろう?」
「だって……本当にくるなんて……」
アナスタシアはカイルに痺れ薬を盛った後、逃走するときに、リュカとカイルとピクニックに行った森で見かけた、赤い鳥と緑の花を見つけていた。
そして、緑の花を摘んで、走りながらパラパラと撒いてきた。
鮮やかな色の花びらを残してきたのなら、コーデルハルトやジークにも気づかれてしまったかもしれないが、森の中では分かりづらい緑色の花だったため、彼らに知られることなく跡を残すことができた。
カイルはアナスタシアに痺れ薬を盛られて倒れていた。だから跡を残すことができても意味はない。
そもそも、カイルから逃げるためにサイオスへ行こうとしていたのに、彼に助けてもらおうなど都合が良すぎる。
それでも、アナスタシアに愛していると言ったカイルのその言葉に、一縷の望みを託したかった。
どうかリュカを……あなたと私の子どもを助けて、と願って────




