16 部屋で
「ありがとう。助かったわ」
リュカを寝台に置くと二人で寝室からリビングに出た。
「男を部屋に入れるなんて、迂闊だな。私以外の男は絶対に入れるなよ」
「えっ……?」
カイルはアナスタシアをソファにドンと押し倒して、片手で両手首をまとめて掴んで、唇を奪う。
「んっ……」
逃げたいのに強く掴まれ逃げられない。
長い口づけにアナスタシアは呼吸が苦しい。アナスタシアはカイルを強く睨むが、カイルは涼しい顔をしている。
抵抗しようと腕に力を入れれば余計に息苦しくなり、長い口づけがようやく終わってカイルの顔が離れていく。
「はぁ……はぁ……」
アナスタシアは必死に息を整えた。
「はははっ、鼻で息をすればいいのに」
カイルの言う通り、鼻で息をすれば苦しくないはずだが、突然の口づけにそこまで考えが至らずアナスタシアは顔を赤くしてカイルをきつく睨み上げる。
アナスタシアのそんな表情を見てカイルはにんまりと笑った。
「かわいいなぁ、アナスタシアは。やっぱり連れて帰りたい」
カイルはアナスタシアの両手首を片手で押さえた状態のまま、反対の手でアナスタシアの身体に触れる。
「やだっ、やめて!」
「あんまり大きな声を出すとリュカが起きちゃうよ」
「くっ……」
この状況でリュカが起きるのは色々とまずい。アナスタシアはぐっと堪えて歯を食いしばる。
掴まれた腕をぐいぐいと動かすが、やはり鍛えられた男のカイルの力には敵わない。だが、カイルに好き勝手されるのは気に入らない。
――好きなら嫌がることはしちゃダメって言ってたくせに……思いっきり嫌がることしてくるじゃない……!
「やめてよねっ」
アナスタシアは小さく声を発しながら、足でカイルを蹴り上げると、今日はしっかりカイルの腹に直撃し、カイルは苦しそうに腹を押さえた。
「うぐっ……! 相変わらず威勢がいいな」
思いっきりアナスタシアの蹴りを喰らっているのになぜかカイルは嬉しそうである。
「なにするつもりよ!」
アナスタシアはカイルが離れた隙に立ち上がり、護身用の短剣を取り出しカイルに向けて振り抜いた。カイルは咄嗟に顔を引くが前髪に少し刃が当たって切れる。
「何って久しぶりに愛し合おうかと思ったんだが?」
「あっ……!」
すぐにカイルがアナスタシアの短剣を持っていた腕を捻り上げるので、カランと短剣を落としてしまう。カイルは飄々とした態度で言ってのけ、アナスタシアの顔がカッと赤くなった。
「変なこと言わないでよ!」
「変なことなど言ってない。最愛の女性を抱きたいと思うのは普通だろう。君は私の唯一だ……」
真剣な眼差しで言われ、アナスタシアの胸が切なくキュッと締めつけられる。
だが、甘い言葉に流されてはいけないとハッとする。
「そんなこと軽々しく口にしないで!」
アナスタシアは隠し持っていた二本目の短剣を反対の手で取り出すが、またすぐに避けられた。
「短剣、何本出しても同じだよ」
カイルが余裕の笑みで近づいてくる。
カイルは力もあって素早さもある。アナスタシアより何枚も上手なカイルの悠然とした態度に苛ついた。アナスタシアは意表を突いてやりたいと思って、カイルに向けた短剣を自分の首に突き付ける。
「じゃあ、こうするのはどうかしら?」
「お、おいっ……!」
サーッとカイルの顔が青くなる。そう、それでいい。そういう顔が見たいのだ。
「ふふっ」
「正気か!? 君が死んだらリュカが悲しむだろう!」
カイルの焦った表情を見ることができてほんの少しだけ溜飲が下がる。アナスタシアは満足そうに口の端を吊り上げ、短剣の先端を頬の位置まで上げた。
「リュカを残して死んだりなんてしないわ。顔を傷つけるだけよ。あなただってさすがに顔に傷のある女は抱きたくないでしょう?」
「あー……やめてくれ。君の顔に傷があっても気持ちは変わらないが、私のせいで君に傷がつくのは耐えられない。すまない……私が悪かった」
カイルは降参だという態度で両手を上げた。これでいい。だが、カイルは「でも……」と話を続ける。
「別に軽々しくなど言っていないから……責任だって取るつもりはある。リュカみたいな可愛い私の子を産んでもらうのも良いなと思っている」
「っ! もう、帰ってよ!」
ドキリとするようなことを言うのはやめてほしい。
アナスタシアが自分の顔に短剣を突き付けながら、反対の手でカイルの身体を玄関の方まで押していけばカイルは両手を上げたまま玄関先まで進んでいく。
「責任なんて取ってもらわなくていい! 妊娠するようなことしなきゃいいのよ」
アナスタシアはそう言ってカイルの身体をドンと押して玄関の向こう側へと追い出した。
「妊娠が嫌なら避妊薬だってある。君のことを愛しているんだ。だから君と愛し合いたい」
「っ……!」
正妃がいるくせになんて自分勝手な言い分だのだろうか。なのに甘い言葉に心の奥底では喜びを感じている。彼に求められて胸を熱くする自分に嫌悪した。
とにかく彼の言い分を否定したい。アナスタシアは玄関扉を掴んで「私は避妊薬が効かないのよっ!」と吐き捨てるように言ってバタンと強く扉を閉めて鍵をした。
扉の向こうで「はっ?」と驚くような声がしたが、アナスタシアはドンドンと強く扉を叩かれても無視をした。
「愛してるって何よ……」
アナスタシアは短剣を持った手を下し、ドキドキと高鳴る胸を反対の手で押さえて玄関扉を背にへなへなとへたり込んだ。




