15 皇帝とピクニック
「ままー! きょうはピクニックだよー」
カイルの脅威がさってひと月が過ぎた。
アナスタシアは今日は仕事の休みの日で、お弁当のおかずを詰めながら窓の外を見る。
「晴れて良かったわねー」
「ローラちゃんのおうちでかったパン、わしゅれないでねー」
「リュカ、ママの作ったおかずも食べてね」
「えー、いややよう!」
長い平民生活の間に料理もかなり覚えたのだが、リュカはアナスタシアの手料理は美味しくないと食べたがらない。
「ママのちゅくるたこしゃんウィンナー、あんよよんこしかないんだもーん」
「ぶぶー! 今日のタコさんは六本足なんだから!」
「ママ、たこしゃんのあんよは、はっこだよ!」
「どうせ食べちゃうんだから何本だって良いのよ」
弁当の用意をしながら、リュカと話をしているとアナスタシアの部屋の扉がノックされた。
「ママー、だれかきたよぉー!」
「あっ、昨日ミレーさんにピクニックに行くって話をしたから、おかずを持ってきてくれたのかも! ごめん、リュカ、出てちょうだい!」
お弁当の用意に必死なアナスタシアは手が離せず、リュカにミレーの対応を頼んだ。
「あーい!」
リュカがパタパタと玄関へ向かって扉を開けた。
「ミレーさーん! ごめんなさーい! 今、手が離せなくてー!!」
アナスタシアが少し声を大きくしてそう言うと、リュカがパタパタと戻ってきた。
「ママー、ミレーちゃんじゃなかった」
「えっ?」
「あのね、あのね! おーじしゃまだったよ!」
「へっ? 王子様?」
どういうことかと思い、慌ててコンロの火を消してリュカと一緒に玄関へ向かった。
「おはよう、アナスタシア」
扉の開いた玄関先に立っていたのはカイルだった。
「なんで……あなたが……」
アナスタシアは手に持っていた、トングを落としてしまう。
「ねぇねぇ! おーじしゃまはままのことむかえにきたの? まま、おひめしゃま?」
リュカは大きなくりくりとした瞳をキラキラさせてカイルに話しかけている。
「ひっ……!」
――リュカ、やめてぇ! その人は王子様なんかじゃない!!
カイルはしゃがみ込んで、リュカと目線を合わせて話し始める。
「そうだよ。ママだけじゃなく君も王子様になるんだ。だから私と一緒に城へ行こう」
そう言ってカイルはリュカの手を取った。
アナスタシアは顔を青くした。
――リュカを……皇帝の血を引くリュカを、連れて行くつもりだ……
「ダ──」
「だめ! きょうはママとピクニックしゅるんだから!」
ダメ、と大声を上げようとしたが、アナスタシアより早くリュカがだめと言って、カイルの手を振り払った。
そんなことをされるとは思っていなかったようで、カイルが目を丸くしている。
そして、すぐにクツクツと笑い出した。いつもの黒い笑顔で。
アナスタシアはぞくりと寒気を感じて、リュカを隠すようにリュカの前に立った。
「そういうことなので、お帰りください」
毅然として対応する。
「ねえ、リュカ、私も一緒にピクニックに行っても良いかい?」
皇帝がピクニック!? アナスタシアはギョッとしてカイルの顔を見た。
「え? おーじしゃまもピクニックちたかったの?」
アナスタシアの足の陰からリュカがひょっこり顔を出す。
「ああ、君とお友達になりたかったんだ」
カイルは優しい表情をしてリュカを見ていた。
「ママー! ぼく、おーじしゃまといっちょにピクニックちたーい」
「だっ──」
「じゃあ、決まりだ。行こうか!」
だめと言おうとしたが、カイルはリュカの手を引いて行ってしまった。
仕方なくアナスタシアは作りかけだった弁当とパンを持って追いかけた。
「ママー、あやくあやくー」
リュカはカイルの用意した馬車に乗り込んでいた。
アナスタシアは歩きで近くの公園へ行くだけのつもりだったのにと思いながら馬車に乗り込んだ。
「まさか……このまま帝都に向かったりしないわよね……」
「向かって欲しかった?」
カイルがニヤリと笑う。
「いやよ! 降ろして!!」
「ははっ、そんなことしないよ。近くに小動物がたくさんいる森があるんだ。きっとリュカは楽しいんじゃないかな」
「えっ! どうぶちゅ?」
動物と聞いてリュカは目を輝かせた。
連れてきてもらったのは綺麗な花が咲く森だった。
「リュカ! あの鳥を見てごらん」
「あかいとりしゃん!」
「鳥は虫や穀物を食べるが、あの鳥だけは花を食べる鳥なんだ」
「おはな?」
「ああ! この緑色の花だ」
カイルが、花をいくつか摘んで一つをリュカに渡す。
「はっぱちあう?」
「緑色だけど葉っぱではなく花なんだ。こうして」
カイルが残りの花をくしゃっと潰してばらばらにしたものを空に投げると、一斉に赤い鳥がやってくる。
「わぁー! しゅごい、しゅごい!」
青い空に赤い鳥がよく映える。
「この鳥は咲いてる花より、バラバラになった花の方が好みらしい」
リュカが真似をして花をばらばらにして散りばめる。
カイルが子どもの心を掴むのが上手い。アナスタシアはカイルは物知りなんだなと感心した。
◇
「これは、なんだ?」
カイルがアナスタシアの作ったタコさんウィンナーをフォークに刺しながら首を傾げた。
六本あると自信満々に言っていたタコの足は、弁当箱の中でガサガサとウィンナー同士がぶつかって千切れて、四本になっている。
「……タコさんウィンナーよ」
アナスタシアは顔を真っ赤にして答えた。
「ママ、またタコさんのあんよ、よんこになっちゃったねー」
カイルがタコさんウィンナーを口に入れてもぐもぐと咀嚼する。
「おーじしゃま! こっちのおやさいもたべて!」
リュカが野菜の入った弁当箱を差し出して、カイルはそれもフォークで刺して口に入れる。
カイルは「うん」と言い無表情で食べており、味に関してはノーコメントだ。
アナスタシアの作った弁当をカイルにすすめたリュカはローラの店のパンを食べている。
「パンおいちぃ!」
カイルが一通り食べ終えてから、口を開く。
「うん。君の料理はなんというか……」
無理矢理コメントしようとしているのがよくわかる。
「別に良いこと言ってくれなくても良いわよ。私が料理下手なのはよくわかっているし」
そっぽを向いてそう言うと、カイルがアナスタシアのガサガサになった手を取った。
「苦労をしてきたんだな……」
三年前はもっと滑らかな手をしていた。
「平民ならみんなしていることだわ」
アナスタシアがカイルの手を振り払う。
「そうか」
そして、カイルが立ち上がる。
「リュカ、あっちにリスがいたぞ。探しに行こう」
「りしゅ!?」
カイルがリュカの手を引いて森の中を進んでいった。
リュカの嬉しそうな顔を見て、アナスタシアも頬が緩む。
――父親がいるってこういう感じかな……?
そんなことを思ってしまい、アナスタシアはブンブンと首を振る。
父親なんていなくてもリュカと二人で幸せに暮らしてきた。これからもずっと二人で幸せに暮らすのだ。
◇
帰りの馬車。
乗り込むと侍従が軽食を用意してくれていて、アナスタシアは馬車の中でそれをつまむ。
「あなたって皇帝なのに護衛を側につけないの?」
アナスタシアは素朴な疑問を口にした。
「私の護衛はアンドリューだが、あいつは剣よりも弓が得意だから、遠くから弓を持たせて護衛をさせている」
「私がこの場であなたを切りつけるとは考えないの?」
アナスタシアが護身用に持っている短剣を取り出した。
「そしたら、私はこの窓を開けるだけだ。開けた途端に矢が飛んでくる。あいつの弓の腕はすごいぞ。馬に乗っていても確実に狙ったところを仕留めてくる」
「……冗談よ」
アナスタシアはすぐに短剣を仕舞った。
乗り込んですぐにリュカはカイルの腕の中ですぅすぅと寝息を立てて眠ってしまう。
このピクニックで二人はすっかり仲良くなって、リュカはカイルにベッタリだった。
「おーじしゃま」と呼んでいたリュカだが、帰る頃には「カイリュ、カイリュ!」と、カイルに肩車をしてもらい、キャッキャしていた。
カイルはリュカの寝顔をまじまじと眺めている。
「アナスタシア、ずっと気になっていたんだが……リュカの父親って……」
アナスタシアの心臓の動きが急激に早くなる。
リュカはカイルによく似ている。
やっぱり気付いていたか。
アナスタシアは目をグッと瞑って、カイルの言葉を待った。
「リュカの父親って……天使か何かか?」
「…………はっ?」
天使?
「アナスタシア、君は結婚なんてしていなかったんだろう?」
バレていたか。夫人にでも聞いたのだろう。
「てっきり、誰かに襲われて無理矢理妊娠させられたのだろうと思っていたのだが、リュカの顔立ちは綺麗すぎるし、笑うと天使みたいじゃないか! 君は天使に抱かれたのか!?」
この男は何を言っている。
襲われたのは間違いないが、アナスタシアを抱いたのは天使ではなく悪魔だ。
今、目の前にいる悪魔で鬼畜な皇帝だ。
「リュカの父親のことは、言いたくない」
「そうか……つらいことを思い出させて悪かった」
てっきりカイルはリュカが自分の子であると気付いて、リュカを引き取りに来たのかと思っていたが違うようだ。
じゃあ、一体何しに来たのだろうか。
カイルは馬車でアナスタシアとリュカを子爵家の寮の前まで送ってくれた。
「もう、来ないで」
「いやだ。私は君とリュカを帝都に連れて帰りたい」
「はっ?」
また昔のようにアナスタシアを愛玩奴隷のように扱いたいのだろうか。でもリュカも一緒に?
「本当は今日、帰りの馬車で無理矢理にでも帝都に連れて行くつもりだった」
「えっ……」
そう言うが、カイルはちゃんとアナスタシアとリュカを寮の部屋まで送り届けてくれた。
「リュカに言われたんだ。ママが好きなら嫌がることはしちゃダメだって」
ローラのことが好きなリュカに、好きなら嫌がることはしてはいけないと言ったことがある。
――ん? カイルは私のことが好きなの?
カイルはアナスタシアの部屋の前までリュカを抱いてくれた。
赤ちゃんの頃と違いかなり大きくなってきたので、寝ているリュカを起こすことなく抱いて運んでくれたのは助かった。
「ありがとう……カイル」
部屋の前でリュカを受け取ろうとするが、カイルはリュカを離さない。
「重いしベッドまで運ぶよ」
「助かる」
アナスタシアはカイルを部屋に入れて、寝室まで運んでもらった。
カイルはリュカをベッドにそっと寝かせた。
こうして少し絆されて油断してしまったのがいけなかった。




