14 カイルの想い
ずっと探していたアナスタシアが思わぬ場所で見つかった。
髪も短くなってシンプルな服を着ていたが、三年前より垢抜けて大人っぽく見えた。
三年前。
暴れ馬に乗ってアナスタシアがカイルの許へとやってくる。いきなりナイフで首を狙われ驚いた。顔を傷つけられたのは初めてだった。
絶体絶命な状況で、女性であるにも関わらず、カイルの視線に怯まず首を狙ってくる勇ましさが気に入った。
彼女に興味が湧き、戦場の天幕で食事の世話をしてやれば、彼女は臆せず無言で食事をぱくぱくと食べる。物怖じしないしない肝の据わった態度も好ましかった。
彼女は今まで出会ったどんな女性とも違った。強く勇ましい。
精神力だけじゃない。肌が白く儚げに見える彼女は毒すら効かないという。肉体的にも強く、カイルの本能がくすぐられる。
皇帝としての種族保存本能だろうか。精神的にも肉体的にも強い彼女に惹かれていく。宮殿で数日一緒に過ごしただけだが、彼女の知的さや強かさにも魅了され、カイルはどんどん彼女の虜になっていった。
抵抗されればされるほど、彼女が欲しくなる。自分に従うだけの女性などつまらない。カイルに噛みつき睨み上げる視線にはゾクゾクとした嗜虐心を覚えた。
アナスタシアが欲しい。彼女を手に入れたいと心から思った。
アナスタシアが宮殿からいなくなって、カイルはすぐに捜索を行った。
当時、妾妃だったディアナがアナスタシアに毒を盛り、宮殿から追い出したことがわかるとすぐに処罰をし、他の妾妃たちも実家へ返す。
アナスタシアがフラベリオスへ戻ったことを知ると、先の戦の賠償にフラベリオス王国第六王女をリュートリム帝国の皇妃にと求めた。
だが、アナスタシアは帝都にはやって来ることはなく、しばらく経ってからアナスタシアが廃嫡し国外追放されたと知る。
すぐにアナスタシアを捜索したが、フラベリオスからはどこの国へ追放したのか教えてもらえず、自ら外交の傍ら、近隣の国々を訪ねて、見つけたら報告して欲しいとお願いしてきたが、三年間ずっと見つからなかった。
ファラース領近辺の捜索は意図的に行なっていなかった。
あの近辺を捜索することで、父と母が隠したかった母の生家がファラース子爵家であるという余計なことまで明るみになることは避けたかったのだ。
とはいえ、母の生家を無下にするということはしたくなくて、年に一回は髪の色を変えて変装しファラース子爵家に顔を出していた。
昨年は忙しく顔を出すことができなかったので、今回は二年ぶりの訪問だった。
そこでアナスタシアと驚愕の再会を果たした。
再び出会うことができたなら、また宮殿に連れて帰ろうと思っていた。
今度こそ、彼女を皇妃に迎えてまた愛し合う生活を送りたいと思っていた。
「あなたみたいな鬼畜でドSな皇帝はまっぴらなのよ!」
衝撃だった。
だが、強く睨まれてますます彼女が欲しくなった。カイルに屈服しないアナスタシアが欲しい。
だからアナスタシアを気に入っている祖母には申し訳ないが、侍女の仕事は辞めさせて、無理矢理にでも宮殿に連れて帰ろうかと思っていた。
「リュカってね、ステーシーの子どものことよ」
思わぬ言葉に打ちひしがれ、しばらく言葉が出なかった。
アナスタシアがすでに結婚しているかもしれないという思いに至らなかった自分にも腹が立ったし、別の男のものであると思うと、なぜもっと早く見つけ出せなかったものかと苛立ちが募る。
あの白い肌を、あの柔らかい身体を、あの甘い唇を、自分以外の男が知っていると思うと頭に血が昇りそうになる。
「誰と結婚して、誰と食事に行こうが、あなたには関係ないでしょ」
本当にその通りだった。結婚前ならともかくすでに結婚して子どもまでいるアナスタシアを強引に連れて帰るわけにはいかない。
ようやく見つけたアナスタシアを諦めなければならないのか。
帝都へ帰る馬車の中でカイルは傍目にもわかるくらい気落ちしており、護衛のアンドリューが声をかけてきた。
「どうしたんですか、陛下?」
「アナスタシアが……結婚していた……」
「んん? それって誰が言っていたんですか?」
アンドリューがおかしいなという顔をした。
「アナスタシアに直接確認した。それに子どももいるって……」
カイルの声は沈んでいた。
「アナスタシア姫は子爵家ではステーシーって名で通していましたよね。ステーシーさんにお子さんがいるって話はありましたが、結婚しているとは聞きませんでしたよ。ファラース子爵はステーシーさんを娶りたくてアタックしているところなんだって、夫人が楽しそうにお話していましたから」
「えっ、結婚していないのか?」
カイルは俯いていた顔をパッと上げた。
「ちゃんと確認してみた方が良いですよ」
希望の光が見えてきた。
カイルは帝都に戻ってから、祖母に手紙を出しアナスタシアの結婚について確認した。
やはりアンドリューの言う通り、アナスタシアは結婚などしていなかった。
だが祖母の手紙には不穏なことが書かれていた。
アナスタシアについてはしっかりと調べる必要がある。
カイルはアナスタシアがファラース子爵家に行くまでの足取りを調べた。
アナスタシアはローランの街で出産をしていたことがわかった。
では一体どこで出会った誰の子を出産したのだろうか。
そこで気になるのが祖母からの手紙の内容だ。
アナスタシアは多くは語ってくれなかったが、野盗に襲われ不当な扱いをされそうになり、イーサンに助けられた時、今度は無事で良かったと言ったらしい。
今度は無事ということは、過去にも誰かに襲われており、その時は無事でなかったということか。
――誰だ……私のアナスタシアを穢したやつは……!
絶対に許さない。必ず処刑してやる。
そして、アナスタシアを襲ったという野盗も許しておくわけにはいかない。一人はイーサンが捕えてくれたが、ファラース子爵領の北の道へは騎士隊を派遣して、野盗の巣を見つけ出し壊滅させた。
アナスタシアを妊娠させた誰だか知らない男に腹を立てる一方カイルは自分自身にも腹を立てていた。
アナスタシアは帝都を出てからどれだけの苦労をしたのだろうか。
自分が付いていればしなくても良い苦労だったはず。
あの艶やかな髪だって切らずに守ってやることができたはず。
せめてファラース子爵領近辺を捜索の対象としていれば、野盗に襲われることもなかったかもしれないし、一人で出産するなど心細い思いもさせずに済んだかもしれない。
彼女の辛かった時期に一緒にいてやれなかったことを激しく悔しく思った。
今からでも良い。
アナスタシアの産んだ子は父親が誰かはわからないが、彼女の産んだ子であれば可愛がってやれる。
――アナスタシアとその子どもは私が守る。
やはりアナスタシアと彼女の子どもと二人とも強引に宮殿に連れてこよう。
そう決意して、カイルはひと月後に再びファラース子爵領に行けるように日程調整を行なった。




