12 再会
「大奥様、お待たせしました」
「ステーシー。紹介するわ、私の孫のカイルよ」
――えっ…………カイル…………?
アナスタシアは紹介された相手を見て、目を見開いて固まった。
本人を見たことがあるからよくわかる。変装のためか、目立つ金髪は色を塗って地味な茶色に変えているが、三年前と変わらない少し垂れ目な温和で優しげな顔立ち。変わらぬ美貌に三年前より色気が加わってさらに男らしさが増している。
アナスタシアの全身がぞくりと粟立つ。
今アナスタシアの目の前にいるのは、間違いなくこの国の皇帝カイルだ。
「カイル、私の侍女のステーシーよ」
紹介されたカイルもアナスタシア以上に目を見開いて、アナスタシアを凝視していた。
「ステーシー…………?」
聞き覚えのない名前に違和感があったのだろう。
「ん? カイル? ステーシーがどうかした?」
夫人が二人を見て不思議そうな顔をした。
「あ、いえ……。お祖母様、彼女は……?」
「ええ! なんでも没落貴族のお嬢さんで、野盗に襲われているところをイーサンが助けたことで縁ができて、うちで侍女として働いてもらうことにしたの」
「野盗に襲われた?」
カイルが眉根を寄せて聞き返した。
「ええ、危ないところだったわ。少しの切り傷だけで無事に助けることができて良かったわ」
「この近辺で?」
「うちの領地の北の道よ」
「野盗ね……、治安が悪いのも国の責任ですね。なんとかするようにしましょう」
「カイルはね、帝国の中枢に関わる仕事をしているのよ。野盗の件、お願いね」
夫人はアナスタシアに抽象的な説明をし、カイルに野盗の件を頼んだ。
「それで、彼女が侍女に?」
「そう、ステーシーったらすごいのよ! 四ヶ国語を使いこなせて、近隣の国の知識も豊富なの。だから、私の好きな外国書物の翻訳係として侍女をしてもらうことにしたの」
「なるほど……」
「ステーシー。頼んでいた読み聞かせをカイルにしてあげて!」
ここでアナスタシアはようやくハッとした。
「大奥様! すみません。私、御令孫はてっきり小さな子どもだと思い込んでおり、絵本を用意してきてしまって……」
「絵本でいいよ。ステーシー、君が読む絵本を聞いてみたい」
優しく微笑まれて、アナスタシアの心臓はドキンと強く跳ねた。
「では……一冊だけ……」
アナスタシアは王子が悪者を倒してお姫様を救う絵本を選んで外国語で読み聞かせをした。
「それでは、私は失礼します」
「あっ、待って、ステーシー! 今夜、カイルと一緒に食事をするからリュカも連れてきて一緒に食事をしたいの」
リュカという言葉にアナスタシアの心臓はバクバクと音を立てた。
カイルとリュカと一緒に食事? とんでもない。
そんなの絶対にだめだ。
「大奥様、申し訳ございません。今夜はイーサン様から食事に誘われておりますので」
「まあ! タイミングの悪い子。仕方ないわ。そっちを優先してちょうだい」
夫人もイーサンがアナスタシアに気があることを知っているが、あくまでアナスタシアの気持ちを第一に考え、無理矢理くっつけようなどということはしない。
だが、やはり息子の恋を応援したい気持ちはあるようで、イーサンの誘いを断るようには言われなかった。
「叔父上に……?」
カイルの眉がピクリと動く。
とりあえず、リュカという名よりもイーサンの名前が気になったようだ。
もうこの場にはいたくない。
アナスタシアは「私はこれで」と失礼にならない程度に急いで退室をした。
それからすぐにイーサンに今夜の食事の了承を伝え、定刻になったので子爵家を出た。
まだ心臓がドキドキうるさく鳴っている。
足早にリュカの待つナーサリーへ向かうが、子爵家を出てすぐ名前を呼ばれて振り返る。
「アナスタシア!!」
ここでその名を呼ぶのは一人しかいない。アナスタシアの背中に寒気が走る。
絶対に振り向いてはいけなかったのに、振り向いてしまった。
「あ……」
カイルが慌てたように追いかけてきていた。
「こんなところに何故、フラベリオス王国の王女がいる」
「何故って……」
逆に聞きたい。
何故こんな田舎にリュートリム帝国の皇帝がいるのか。
リュートリムの皇帝の母親はファラース子爵家の娘であるという話は聞いたことがない。トッド伯爵家の令嬢がリュートリム皇家に嫁いだと聞いている。
ファラース子爵家でも一度も皇帝の話など出たことがない。だから、ファラース子爵家とリュートリム皇帝に繋がりがあるなど考えたことがなかった。
「カイル様ー!! 夫人がお呼びですよー」
カイルを呼ぶ声が聞こえ、声のする方を見ると、見覚えのあるカイルの護衛騎士。アンドリューだった。
カイルはそれを無視してアナスタシアに話しかける。
「アナスタシア! ずっと探していたんだ! 私の下へ戻ってこい。君に毒を盛って、君を宮殿から追い出したディアナは捕らえて処罰した。だから、安心して戻っておいで」
誰が誰を追い出した? 戻っておいで?
カイルの言う言葉の意味がわからない。
「なんの話?」
「だから……君はディアナに宮殿を追い出されて、自国に戻って、自国からも追い出されてしまったのだろう?」
「何言っているの? 確かにあの宮殿にいたとき食事に毒を盛られていたけど、私は追い出されたわけではないわ。私が望んであの宮殿から出て行ったのよ」
カイルが驚愕に満ちた顔をする。
「アナスタシアが……望んで出て行った……?」
「当たり前でしょ? あなた私に何したか覚えてないの?」
「何したって……? 私と君は両想いだっただろう? 毎晩愛し合っていたじゃないか」
愛し合っていた? この男は何を言っている。
アナスタシアは思わず声を荒げた。
「あれのどこが愛し合っていたって言うのよ! あなたみたいな鬼畜でドSな皇帝はまっぴらなのよ!」
「!?」
カイルは強いショックを受けているようだった。目を見開いて、唇も開いたまま硬直し、呆然とアナスタシアの顔を見ていた。
「もう、私には関わらないで!」
そう言ってカイルを強く睨んで突き放すように言い切るが、呆然としていたカイルは次の瞬間には笑っていた。
優しい笑みなんかではない。昔見たことのある凶悪な笑顔。
「ひっ……」
アナスタシアは小さく悲鳴を上げる。
「君は相変わらずだな。ますます欲しくなる」
カイルは目を細めて呟いた。
アナスタシアは恐怖を感じて自分の身を抱えようとしたが、カイルの動きは早かった。
カイルはアナスタシアの腕をグイッと引っ張り、抱き寄せられた。
アナスタシアは咄嗟に反対の手でカイルを叩こうとしたが、反対の手もカイルに取られてしまう。
そしてカイルはアナスタシアの唇に自身の唇を重ねた。
「んっ…………」
取られた腕ごと頭を押さえつけられて逃げ出せない。
口づけながらもカイルは目を開いてアナスタシアのことを観察するように見ていた。
だから、アナスタシアも一層強くカイルのことを睨んだ。
するとカイルは面白そうに目だけで笑う。
「カイル様ってばー! お呼びですよー!」
再びアンドリューがカイルを呼ぶ声が聞こえた。
一瞬力が緩んだ隙にカイルを突き飛ばす。
「やめてよ!!」
アナスタシアは駆け足でナーサリーのある町へ向かった。
今度は追いかけてこなかった。
「アナスタシア、君がどんなに嫌がっても、絶対に捕まえてやる」
カイルが町へ向かうアナスタシアの背中を見つめて呟いていたことには気づかなかった。
◇
「リュカ!! お待たせー」
「ままー! ぼく、きょうはいぢわるちなかったよー」
「そうー、偉かったわね」
アナスタシアはリュカを抱き上げ頭を撫でる。
「えへへー」
リュカも嬉しそうにしている。
「リュカ、今日はイーサン様が食事に誘ってくれたから、お家に帰って食事に行くお支度をしましょう」
「イーシャンしゃまとごはん? やったー!」
◇
「リュカ、フォークの持ち方が違うわ」
アナスタシアはリュカの手を取ってフォークを正しく持ち直させた。
「こう?」
「そうよ。上手」
「じょーじゅ? ねぇ、イーシャンしゃま、ぼくじょーじゅ?」
「ああ! 上手だよ、リュカ。美味しいかい?」
「とってもおいちい! イーシャンしゃま、ありがとう!」
アナスタシアとイーサンはリュカが喜ぶ姿を見てクスクスと笑った。
「あの……イーサン様、カイル様はいつまでこちらにいるのですか?」
「えっ、カイル? カイルが来るといつも女性の使用人たちがキャッキャするんだけど、ステーシーもカイルが気になるかい?」
「い、いえ! 違います。あの方は……なにか、怖くて……」
イーサンが軽く笑う。
「その反応は正しいかもね! カイルは見た目だけで優しそうってみんな騙されるけど、決して優しい男なんかじゃない。カイルは忙しいから明日には帰ると思うよ」
明日には帰る。
それなら明日、カイルが帰るまでリュカの存在を隠し通そう。




