スピード勝負
会議が終わると九条はそのまま開発室へ向かった。
前話で決まったARCBOOKの次の形。
つながり。
更新一覧。
メッセージ。
プロフィールの充実化。
最初に実装するのは。
その四つだけ。
コミュニティは。
次の段階へ回す。
理由は単純だった。
「早く作れる。」
九条が言った。
「競合より先に。」
白石も頷く。
「でも。」
「分かりにくいものは出さない。」
「分かってる。」
「本当に?」
「たぶん。」
「そこは分かってない顔。」
二人はすぐに作業へ入った。
◇
開発は恐ろしい速度で進んだ。
九条が全体の構造を作る。
開発チームが機能ごとに分かれる。
白石たちは画面を整える。
つながり申請。
承認。
拒否。
ブロック。
つながった人の記事を表示する更新一覧。
ARCBOOK内で送れる短いメッセージ。
公開範囲の設定。
必要なものだけを一気に形にした。
数日後。
社内限定版が完成。
百人。
三百人。
五百人。
利用人数を段階的に増やしていった。
すると数字が明らかに変わった。
記事投稿数増加。
コメント数増加。
一日あたりの訪問回数大幅増加。
西園寺が集計結果を見つめる。
「何も書かない人まで何度も開いてます。」
白石。
「友達の記事を見に来てるんだ。」
佐伯も社員への聞き取り結果を見る。
「日記を書くためではなく誰かの更新を確認するために開く人が増えています。」
悠は数字を見ながら小さく頷いた。
(相棒。)
『狙いどおりです。』
『ただし。』
悠の表情が止まる。
(何だ。)
『交流機能の追加後は。」
「ページ表示回数。』
『メッセージ処理。』
『更新確認。』
『利用者同士の接触量が大幅に増加します。』
悠は開発室を見る。
九条はすでに同じ問題へ気付いていた。
◇
翌日。
財務部。
橘慎吾の机へ九条が一枚の資料を置いた。
「予算。」
橘は書類から顔を上げる。
「何の予算ですか?」
「設備。」
「またですか。」
九条。
「うん。」
橘は資料を開いた。
追加サーバー。
データベース専用機。
ストレージ。
通信設備。
負荷分散装置。
監視設備。
予備機。
バックアップ環境。
回線増強。
最後に総額。
**九千八百万円。**
橘の手が止まった。
「九条君。」
「はい。」
「これは。」
「見積もりですか?」
「うん。」
「希望ではなく?」
「必要。」
橘はもう一度総額を見る。
「九千八百万円ですよ。」
「うん。」
「少し。」
「抑えられませんか?」
九条。
「無理。」
即答だった。
橘の眉が動く。
「まだ何も検討していませんよね?」
「した。」
「いつ?」
「昨日。」
「一人で?」
「チームで。」
橘は静かに息を吐いた。
「九条君。」
「技術的に必要なのは理解しています。」
「ですが。」
「ARCBOOKにはすでに相当な資金を投じています。」
九条。
「知ってる。」
「本当に分かっていますか?」
「たぶん。」
橘は額を押さえた。
その時。
財務部の前を悠が通りかかった。
「何してるんだ?」
橘がすぐに顔を上げる。
「社長。」
「ちょうどよかったです。」
九条が資料を悠へ差し出した。
「設備。」
「足りない。」
悠は受け取る。
総額。
九千八百万円。
「結構するな。」
九条。
「いる。」
橘がすぐに口を挟む。
「社長。」
「簡単に通さないでください。」
「まだ何も言ってないだろ。」
「社長の顔を見れば。」
「分かります。」
悠。
「どんな顔だよ。」
「通す顔です。」
九条。
「通して。」
橘。
「九条君は少し黙っていてください。」
九条。
「分かった。」
本当に黙った。
橘は悠へ別の資料を渡す。
ARCBOOK事業。
累計投資額。
開発費。
人件費。
初期広告費三億円。
芸能人との契約。
運営体制。
これまでの設備増強。
そして。
今回の九千八百万円。
橘が数字を指差す。
「これを通せば。」
「ARCBOOKへの累計投資額は。」
**「七億円を超えます。」**
悠の表情が少し変わった。
橘は続ける。
「まだARCBOOKは本格的な収益化をしていません。」
「既存事業の利益をずっと注ぎ続けています。」
「財務としてはこれ以上簡単には認められません。」
悠は資料を見る。
七億円。
大きい。
会社が順調に成長しているとはいえ。
何度でも気軽に出せる金額ではない。
(相棒。)
『九条玲司の要求は妥当です。』
(全部か。)
『はい。』
『交流機能導入後の利用増加を考慮すると現在の設備では安全性が不足します。』
悠は九条を見る。
「九条。」
「九千八百万あれば足りるか?」
「足りる。」
「削ったら?」
「保証できない。」
九条はそれだけ答えた。
悠は数秒資料を見つめる。
そして橘へ返した。
「通してくれ。」
橘。
「社長!」
財務部に橘の声が響いた。
「今七億円を超えると言ったばかりです!」
「ああ。」
「分かってる。」
「本当に分かっていますか?」
「分かってるよ。」
橘は椅子から立ち上がる。
「何か一つ想定外の問題が起きれば会社全体の資金繰りに影響が出ます。」
「既存事業への投資も抑えなければならない。」
「今度こそ本当に余裕がなくなります!」
悠は橘を見る。
その言葉は正しい。
CFOとして当然の反応だった。
だからこそ悠も軽くは答えなかった。
「橘さん。」
「ここまで何度も無理を通してきた。」
「分かっています。」
「今回も頼みたい。」
「だから困っているんです!」
悠は少しだけ笑った。
そして真剣な表情へ戻る。
「あと少しだ。」
橘が黙る。
「ARCBOOKは人を集める段階を終えた。」
「これから。」
「初めて人が人を呼ぶサービスになる。」
「ここを越えれば事業そのものが次の段階へ進む。」
橘。
「ですが......。」
「ここで設備を削って公開した瞬間に落ちたら。」
悠は。
資料を指差す。
「今までの七億が全部無駄になる。」
橘は何も言えなかった。
悠は静かに続けた。
「あと少しだ。」
「ここは......。」
**「耐えてくれ。」**
財務部が静まり返る。
橘は九千八百万円の見積書を見る。
長く息を吐いた。
「……本当に。」
「これで最後ですか?」
悠。
「最後とは言えない。」
橘が勢いよく顔を上げる。
「社長!」
「でも。」
悠は。
少し笑った。
「次は稼ぐ段階へ進む。」
橘は悠を見つめる。
そして。
諦めたように椅子へ座った。
「分かりました。」
「九千八百万円。」
「財務で用意します。」
悠。
「頼む。」
九条。
「助かる。」
橘は。
九条を見る。
「九条君。」
「あなたは毎回必要の一言で済むから羨ましいですよ。」
九条。
「必要だから。」
橘。
「そういうところです。」
悠は思わず笑った。
◇
設備はすぐに発注された。
同時に。
開発。
画面調整。
セキュリティ確認。
規約改定。
運営体制の準備が。
一気に進められた。
九条が開発。
白石が画面。
高橋が利用規約とメッセージ機能のルールを整える。
佐伯が問い合わせ対応と運営人員を組み直す。
橘が資金を支える。
西園寺が公開告知の準備を進める。
それぞれが自分の役割を果たした。
数週間後。
最終会議。
九条。
「開発問題なし。」
白石。
「画面問題なし。」
高橋。
「規約と運営基準は確認済みです。」
佐伯。
「対応人員も準備できています。」
橘。
「予算は全て出しました。」
少しだけ不満そうだった。
西園寺。
「告知いつでも始められます。」
全員が悠を見る。
(相棒。)
『問題ありません。』
悠は頷いた。
「じゃあ、公開しよう。」
西園寺。
「いつです?」
悠は開発と設備増強、告知準備の日程を確認する。
「1週間後。」
「土曜日の午後八時だ。」
西園寺がすぐに手帳へ書き込む。
「分かりました。」
ARCBOOK。
交流機能の正式公開日が。
決まった。
ご覧いただきありがとうございます!
「面白かった」「続きが気になる!」と思っていただけたら、ページ下部の【★★★★★】評価やブックマーク登録をしていただけると、執筆の大きな励みになります!




