雨後の筍
ARCBOOKが登録者百万人を突破してからさらに数週間。
その名前はインターネットの中だけでなく日常の中にも入り始めていた。
電車では若い会社員が昨夜読んだ記事について話している。
学校では生徒たちが人気歌手の日記を話題にする。
昼休み。
会社のパソコンで料理の記事を読む者。
仕事帰り自分の日記へ今日あったことを書く者。
最初は。
芸能人の記事を読むためのサービスだった。
だが今は。
料理。
育児。
旅行。
仕事。
恋愛。
映画。
音楽。
ペット。
何でもない日常。
何者でもない人の言葉。
そこに読者が集まるようになっていた。
ARCBOOKという名前は。
少しずつ。
新しい文化の名前になり始めていた。
そして。
市場が生まれれば当然同じ場所を目指す者も現れる。
◇
ARC本社。
西園寺が分厚い資料を悠の机へ置いた。
「社長。」
「増えました。」
悠は資料を見上げる。
「利用者?」
「敵です。」
「……敵?」
資料を開く。
**ブログ事業参入予定企業。**
その下には十社を超える企業名が並んでいた。
悠は思わず笑う。
「随分来たな。」
西園寺はあまり笑っていなかった。
「笑ってる場合ですか?」
「市場ができたってことだろ。」
「そうですけど。」
西園寺は資料をめくる。
「中小企業だけでなく大手もいます。」
「資金も。」
「知名度も。」
「人員もある。」
悠はもう一度企業名を見る。
(相棒。)
『想定範囲内です。』
(まあ。)
(来るよな。)
『はい。』
『成功した市場へ。』
『競合が参入するのは自然です。』
悠は資料を閉じた。
「とりあえず。」
「見てみよう。」
◇
最初に公開された競合サービスは。
とにかく多機能だった。
ニュース。
天気。
占い。
ゲーム。
ポイント。
カレンダー。
株価。
すべてが一つの画面に並んでいる。
白石はしばらく画面を見つめた。
「……日記。」
悠が聞く。
「何?」
「日記を書く場所どこ?」
全員で探す。
数秒。
九条が小さく指差した。
「ここ。」
大量のメニューの間。
小さな文字。
**ブログを書く**
白石。
「埋まってる。」
九条。
「うん。」
悠。
「ブログを埋めるなよ。」
◇
二社目。
基本利用料無料。
ただし。
写真を載せる。
有料。
デザインを変える。
有料。
容量を増やす。
有料。
アクセス解析。
有料。
西園寺が。
利用者アンケートを読み上げた。
「写真もデザインも有料なら。」
少し間。
「ARCBOOKでいい。」
悠。
「結論が早い。」
白石。
「でも正しい。」
◇
三社目。
ARCBOOKよりも多くの芸能人を集めた。
それなりの宣伝。
人気ランキング。
一位から。
十位まで。
すべて芸能人。
白石が画面を眺める。
「普通の人は?」
西園寺。
「下にいます。」
「どれくらい下?」
「かなり。」
悠が一般利用者の記事を開く。
閲覧数。
三。
コメント。
ゼロ。
お気に入り。
ゼロ。
一方。
芸能人の記事。
閲覧数。
数万。
悠は少し苦笑した。
「ファンクラブになったな。」
西園寺。
「ブログ市場へ参入したはずなんですけどね。」
◇
四社目。
ページを開く。
広告。
記事を読む。
広告。
少し下へ進む。
また広告。
白石。
「見づらい。」
九条。
「重い。」
西園寺。
「広告だけは。」
「よく見えます。」
悠。
「日記より目立ってどうする。」
◇
五社目。
画面を開いた瞬間。
突然。
大音量の音楽が流れた。
「うわっ!」
白石が驚く。
派手な文字。
動く画像。
光るボタン。
流れる星。
九条は。
無言で画面を閉じた。
悠。
「早いな。」
九条。
「うるさい。」
白石。
「珍しく意見が合った。」
◇
夏から秋にかけてブログサービスは次々に現れた。
機能を増やしすぎる会社。
収益化を急ぐ会社。
芸能人だけを集める会社。
広告を貼りすぎる会社。
派手さだけを追う会社。
どの企業もARCBOOKを超えようとしていた。
だが。
見ていたものは利用者ではない。
ARCBOOKとの差だった。
機能を足す。
芸能人を足す。
広告を足す。
派手さを足す。
そして。
足せば足すほど。
何のためのサービスなのかが分からなくなっていった。
ARC本社では新しい競合が現れるたび西園寺が報告した。
「今度は。」
「ポイント交換です。」
九条。
「何と交換?」
「家電です。」
白石。
「ブログで?」
西園寺。
「ブログで。」
悠。
「もう好きにさせよう。」
そんなやり取りが。
何度か繰り返された。
そして。
競合の多くは少し話題になり少し利用者を集め、やがて伸びを止めていった。
◇
ある日。
西園寺が新しい資料を持ってきた。
今回は少し笑っていた。
「社長。」
「今のところ。」
「大した相手はいませんね。」
悠も資料を見る。
多くの競合そのほとんどがすでに成長を鈍らせている。
「そうだな。」
悠が答えた。
その時。
AIの声が。
静かに響いた。
『安心するのはまだ早いです。』
悠の表情がわずかに変わる。
(なんだ?。)
『必ず現れます。』
『どの時代も競合は必ず出現します。』
悠は眉を寄せた。
◇
都内。
あるIT企業。
深夜。
会議室。
大型スクリーンには。
ARCBOOKが映っていた。
だが。
ホワイトボードに書かれているのは。
機能の名前ではなかった。
**継続率**
**投稿頻度**
**初投稿率**
**コメント率**
**お気に入り率**
**再訪率**
**一人当たり閲覧数**
一人の男が画面を見つめている。
社員が尋ねた。
「ARCBOOKにある機能を。」
「一覧にしますか?」
男は首を振った。
「必要ない。」
「でも。」
「同じサービスを作るなら。」
「違う。」
男はARCBOOKの記事を。
一つ開く。
次に。
コメント。
お気に入り。
さらに別の記事。
「機能を真似しても。」
「勝てない。」
社員たちが黙る。
男はホワイトボードへ歩いた。
大きく一つの言葉を書く。
**なぜ、戻ってくる?**
「芸能人を見るだけなら。」
「一度でいい。」
「日記を書くだけなら。」
「毎日じゃなくていい。」
「それでも。」
「利用者は戻ってくる。」
男はARCBOOKを見る。
「知りたいのは。」
「何があるかじゃない。」
「利用者に。」
**「何をさせているのかだ。」**
会議室の空気が変わった。
「全部。」
「調べ直せ。」
「機能ではなく。」
「利用者の動きを。」
「最初から。」
「はい。」
男はARCBOOKの画面を見ながら小さく笑った。
「見れば見るほど素晴らしい。」
ARCBOOKを真似しようとした会社は数多くあった。
だが。
ARCBOOKを理解しようとした会社が現れたのはこれが初めてだった。
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