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雨後の筍

ARCBOOKが登録者百万人を突破してからさらに数週間。


その名前はインターネットの中だけでなく日常の中にも入り始めていた。


電車では若い会社員が昨夜読んだ記事について話している。


学校では生徒たちが人気歌手の日記を話題にする。


昼休み。


会社のパソコンで料理の記事を読む者。


仕事帰り自分の日記へ今日あったことを書く者。


最初は。


芸能人の記事を読むためのサービスだった。


だが今は。


料理。


育児。


旅行。


仕事。


恋愛。


映画。


音楽。


ペット。


何でもない日常。


何者でもない人の言葉。


そこに読者が集まるようになっていた。


ARCBOOKという名前は。


少しずつ。


新しい文化の名前になり始めていた。


そして。


市場が生まれれば当然同じ場所を目指す者も現れる。



ARC本社。


西園寺が分厚い資料を悠の机へ置いた。


「社長。」


「増えました。」


悠は資料を見上げる。


「利用者?」


「敵です。」


「……敵?」


資料を開く。


**ブログ事業参入予定企業。**


その下には十社を超える企業名が並んでいた。


悠は思わず笑う。


「随分来たな。」


西園寺はあまり笑っていなかった。


「笑ってる場合ですか?」


「市場ができたってことだろ。」


「そうですけど。」


西園寺は資料をめくる。


「中小企業だけでなく大手もいます。」


「資金も。」


「知名度も。」


「人員もある。」


悠はもう一度企業名を見る。


(相棒。)


『想定範囲内です。』


(まあ。)


(来るよな。)


『はい。』


『成功した市場へ。』


『競合が参入するのは自然です。』


悠は資料を閉じた。


「とりあえず。」


「見てみよう。」



最初に公開された競合サービスは。


とにかく多機能だった。


ニュース。


天気。


占い。


ゲーム。


ポイント。


カレンダー。


株価。


すべてが一つの画面に並んでいる。


白石はしばらく画面を見つめた。


「……日記。」


悠が聞く。


「何?」


「日記を書く場所どこ?」


全員で探す。


数秒。


九条が小さく指差した。


「ここ。」


大量のメニューの間。


小さな文字。


**ブログを書く**


白石。


「埋まってる。」


九条。


「うん。」


悠。


「ブログを埋めるなよ。」



二社目。


基本利用料無料。


ただし。


写真を載せる。


有料。


デザインを変える。


有料。


容量を増やす。


有料。


アクセス解析。


有料。


西園寺が。


利用者アンケートを読み上げた。


「写真もデザインも有料なら。」


少し間。


「ARCBOOKでいい。」


悠。


「結論が早い。」


白石。


「でも正しい。」



三社目。


ARCBOOKよりも多くの芸能人を集めた。


それなりの宣伝。


人気ランキング。


一位から。


十位まで。


すべて芸能人。


白石が画面を眺める。


「普通の人は?」


西園寺。


「下にいます。」


「どれくらい下?」


「かなり。」


悠が一般利用者の記事を開く。


閲覧数。


三。


コメント。


ゼロ。


お気に入り。


ゼロ。


一方。


芸能人の記事。


閲覧数。


数万。


悠は少し苦笑した。


「ファンクラブになったな。」


西園寺。


「ブログ市場へ参入したはずなんですけどね。」



四社目。


ページを開く。


広告。


記事を読む。


広告。


少し下へ進む。


また広告。


白石。


「見づらい。」


九条。


「重い。」


西園寺。


「広告だけは。」


「よく見えます。」


悠。


「日記より目立ってどうする。」



五社目。


画面を開いた瞬間。


突然。


大音量の音楽が流れた。


「うわっ!」


白石が驚く。


派手な文字。


動く画像。


光るボタン。


流れる星。


九条は。


無言で画面を閉じた。


悠。


「早いな。」


九条。


「うるさい。」


白石。


「珍しく意見が合った。」



夏から秋にかけてブログサービスは次々に現れた。


機能を増やしすぎる会社。


収益化を急ぐ会社。


芸能人だけを集める会社。


広告を貼りすぎる会社。


派手さだけを追う会社。


どの企業もARCBOOKを超えようとしていた。


だが。


見ていたものは利用者ではない。


ARCBOOKとの差だった。


機能を足す。


芸能人を足す。


広告を足す。


派手さを足す。


そして。


足せば足すほど。


何のためのサービスなのかが分からなくなっていった。


ARC本社では新しい競合が現れるたび西園寺が報告した。


「今度は。」


「ポイント交換です。」


九条。


「何と交換?」


「家電です。」


白石。


「ブログで?」


西園寺。


「ブログで。」


悠。


「もう好きにさせよう。」


そんなやり取りが。


何度か繰り返された。


そして。


競合の多くは少し話題になり少し利用者を集め、やがて伸びを止めていった。



ある日。


西園寺が新しい資料を持ってきた。


今回は少し笑っていた。


「社長。」


「今のところ。」


「大した相手はいませんね。」


悠も資料を見る。


多くの競合そのほとんどがすでに成長を鈍らせている。


「そうだな。」


悠が答えた。


その時。


AIの声が。


静かに響いた。


『安心するのはまだ早いです。』


悠の表情がわずかに変わる。


(なんだ?。)


『必ず現れます。』


『どの時代も競合は必ず出現します。』


悠は眉を寄せた。



都内。


あるIT企業。


深夜。


会議室。


大型スクリーンには。


ARCBOOKが映っていた。


だが。


ホワイトボードに書かれているのは。


機能の名前ではなかった。


**継続率**


**投稿頻度**


**初投稿率**


**コメント率**


**お気に入り率**


**再訪率**


**一人当たり閲覧数**


一人の男が画面を見つめている。


社員が尋ねた。


「ARCBOOKにある機能を。」


「一覧にしますか?」


男は首を振った。


「必要ない。」


「でも。」


「同じサービスを作るなら。」


「違う。」


男はARCBOOKの記事を。


一つ開く。


次に。


コメント。


お気に入り。


さらに別の記事。


「機能を真似しても。」


「勝てない。」


社員たちが黙る。


男はホワイトボードへ歩いた。


大きく一つの言葉を書く。


**なぜ、戻ってくる?**


「芸能人を見るだけなら。」


「一度でいい。」


「日記を書くだけなら。」


「毎日じゃなくていい。」


「それでも。」


「利用者は戻ってくる。」


男はARCBOOKを見る。


「知りたいのは。」


「何があるかじゃない。」


「利用者に。」


**「何をさせているのかだ。」**


会議室の空気が変わった。


「全部。」


「調べ直せ。」


「機能ではなく。」


「利用者の動きを。」


「最初から。」


「はい。」


男はARCBOOKの画面を見ながら小さく笑った。


「見れば見るほど素晴らしい。」


ARCBOOKを真似しようとした会社は数多くあった。


だが。


ARCBOOKを理解しようとした会社が現れたのはこれが初めてだった。

読んでいただきありがとうございます!

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