九条玲司
「落ちた。」
九条の一言で。
開発室から。
音が消えた。
午後九時。
ARCBOOK。
全面停止。
大型モニターには。
直前の数字が残っている。
**累計訪問者 1,083,421**
**登録者 201,483**
**現在接続 187,204**
公開から。
わずか一時間。
百万人以上が訪れ。
二十万人が登録した。
そして。
十八万人以上が。
同時に接続した。
その結果。
ARCBOOKは。
止まった。
悠は。
自分の画面を見る。
**ページを表示できません。**
更新。
同じ。
もう一度。
同じ。
西園寺が呟く。
「……まずい。」
その言葉を合図にしたように。
開発室が騒がしくなった。
「問い合わせ来てます!」
「芸能事務所からも!」
「CM!」
「まだ流れてます!」
「ラジオもです!」
佐伯が即座に立つ。
「運営チーム。」
「問い合わせ対応に入ります。」
「復旧時間は答えない。」
「障害発生中。」
「現在確認中。」
「回答は統一してください。」
「はい!」
高橋も動く。
「公式発表を準備します。」
「文面は私が確認します。」
西園寺は。
すでに電話を取っていた。
「芸能事務所。」
「俺が回ります。」
橘が悠を見る。
「社長。」
「広告。」
「止めますか?」
悠は答えられなかった。
三億円。
テレビ。
ラジオ。
新聞。
雑誌。
交通広告。
今。
日本中で。
ARCBOOKを宣伝している。
だが。
そのARCBOOKは。
開かない。
(相棒。)
『はい。』
(広告は。)
『現時点では。』
『継続を推奨します。』
(本気か?)
『はい。』
『ただし。』
『長期停止となれば。』
『ブランドへの悪影響が急速に拡大します。』
(どれくらいなら。)
『それを判断するには。』
『復旧可能時間の予測が必要です。』
悠は。
九条を見る。
「九条。」
返事はない。
「どれくらいで戻せる。」
九条は。
画面を見たまま答えた。
「分からない。」
開発室が。
一瞬。
静かになった。
悠も。
言葉を失った。
九条が。
分からない。
初めて聞いた。
だが。
九条は続ける。
「原因。」
「まだ。」
「見えてない。」
すぐに。
キーボードを叩き始める。
「DB。」
「接続限界。」
「画像。」
「転送限界。」
「投稿。」
「詰まり。」
「全部。」
「同時。」
新人エンジニアが聞く。
「サーバー追加しますか?」
九条は首を振る。
「今。」
「足しても。」
「間に合わない。」
別の社員。
「DBを再起動します?」
「駄目。」
「また詰まる。」
九条の指が。
止まらない。
だが。
原因が多すぎた。
アクセス。
画像。
登録。
投稿。
コメント。
お気に入り。
ログイン。
すべてが。
同時に膨れ上がっている。
どこから手を付ける。
悠には。
分からない。
開発チームにも。
分からない。
九条ですら。
まだ。
答えに届いていない。
時間だけが。
過ぎていく。
午後九時三分。
ARCBOOK。
停止継続。
問い合わせ。
増加。
広告。
継続。
そして。
今も。
日本中から。
アクセスだけが。
押し寄せ続けている。
悠は。
拳を握った。
(相棒。)
『はい。』
(何かないか。)
(何でもいい。)
(方向だけでも。)
AIは。
すぐには答えなかった。
珍しかった。
一秒。
二秒。
三秒。
悠の視界には。
大量の数字。
ログ。
グラフ。
警告。
そのすべてを。
AIも見ている。
そして。
『相棒。』
(何だ。)
『一つ。』
『気になる点があります。』
悠の目が変わる。
(言ってくれ。)
『現在の障害を。』
『単純な処理能力不足と考えない方がよいかもしれません。』
(どういうことだ。)
『十八万人が接続している。』
『それ自体ではなく。』
少し間。
『十八万人が。』
**『同じ種類の処理を、何度も発生させている可能性があります。』**
悠は眉を寄せた。
(同じ処理?)
『はい。』
『利用者が一人増えるたび。』
『一回増えるのではなく。』
『ページを開く。』
『記事を読む。』
『コメントを見る。』
『お気に入りを見る。』
『画面を移動する。』
『そのたびに。』
『同じ確認や計算が繰り返されているとすれば。』
悠は。
完全には理解できなかった。
だが。
一つだけ分かった。
サーバーが。
単純に弱いんじゃない。
中で。
無駄なことを。
何度も繰り返している。
可能性。
悠は振り返った。
「九条!」
九条が顔を上げる。
「何。」
「単純に。」
「サーバーが足りないんじゃない。」
九条の目が。
悠を見る。
「十八万人が。」
「同じ処理を。」
「何度も繰り返してる可能性は?」
「……。」
九条の指が。
止まった。
一秒。
二秒。
「同じ。」
悠が頷く。
「一人が。」
「何回も。」
九条が。
画面を見る。
ログ。
DB。
アクセス。
処理時間。
その目が。
高速で動く。
「……。」
突然。
九条が立った。
「そうか。」
悠が見る。
「分かったのか?」
九条は答えない。
キーボードを叩く。
画面を切り替える。
一つ。
二つ。
三つ。
そして。
口元が。
少しだけ。
上がった。
「見えた。」
開発チームが。
一斉に九条を見る。
「一班。」
「DB。」
「繰り返し処理。」
「全部探す。」
「はい!」
「二班。」
「画像。」
「同じ画像。」
「毎回取りに行ってる場所。」
「探す。」
「はい!」
「三班。」
「登録。」
「投稿。」
「コメント。」
「同期処理。」
「全部見る。」
「はい!」
九条の声が。
変わった。
迷いが。
消えた。
「全部。」
「無駄。」
「潰す。」
開発室が。
一斉に動き始めた。
◇
午後九時七分。
「ありました!」
一班。
若いエンジニアが叫ぶ。
「お気に入り数!」
「記事表示のたびに集計してます!」
九条。
「保存。」
「表示。」
「保存値使う。」
「はい!」
別方向。
「ログイン確認!」
「ページ移動のたびにDBへ行ってます!」
九条の目が動く。
「セッション。」
「キャッシュ。」
「DB行かせない。」
「はい!」
「画像!」
「同じ画像へのアクセスが集中!」
「キャッシュ時間。」
「伸ばす。」
「画質?」
白石が反応する。
九条。
「少し落とす。」
「どれくらい?」
「見られる。」
白石は一瞬考える。
「それならいい。」
「やって。」
「うん。」
さらに。
「登録処理!」
「確認メール待ちで止まってます!」
九条。
「分ける。」
「登録先。」
「メール後。」
「はい!」
次々に。
原因が。
見つかる。
一つ一つは。
小さい。
利用者が。
千人なら。
問題にならない。
一万人でも。
耐えられる。
だが。
十八万人。
一人が。
何ページも開く。
何記事も読む。
何度も移動する。
そのたびに。
小さな無駄が。
何十万。
何百万。
何千万。
積み重なる。
それが。
ARCBOOKを。
押し潰していた。
九条は。
次々に。
指示を出す。
迷いがない。
しかも。
自分で全部やらない。
「藤田。」
「お気に入り。」
「任せる。」
「はい!」
「山下。」
「画像。」
「はい!」
「田中。」
「登録。」
「やります!」
九条は。
確認する。
直す。
任せる。
次を見る。
以前なら。
一人でやっていた。
その九条が。
今は。
チームを使っている。
悠は。
その姿を見ていた。
(相棒。)
『はい。』
(すごいな。)
『はい。』
『私は。』
『方向を提示しただけです。』
『そこから。』
『数分で構造上の問題へ到達しました。』
悠は笑う。
(お前が選んだ男だろ。)
『はい。』
少し間。
『優秀です。』
◇
午後九時十五分。
「九条さん!」
「主要修正。」
「全部入りました!」
九条。
「負荷テスト。」
人工的に。
大量アクセスを発生させる。
十万。
十五万。
十八万。
二十万。
サーバー。
正常。
DB。
正常。
画像。
正常。
九条は。
画面を見つめる。
二十五万。
正常。
二十八万。
正常。
三十万。
CPU。
上がる。
だが。
耐えている。
開発室。
誰も。
喋らない。
九条は。
数秒。
数字を見る。
そして。
「いける。」
悠が聞く。
「戻せる?」
「うん。」
「今度は?」
九条。
「三十万。」
西園寺が目を見開く。
「さっき十八万で落ちたんですよ?」
「うん。」
「それが。」
「三十万?」
「うん。」
西園寺は。
呆れたように笑った。
「天才って。」
「こういうのを言うんですかね。」
九条は。
聞いていなかった。
◇
午後九時二十四分。
停止から。
二十四分。
九条が。
キーボードへ手を置く。
「戻す。」
悠が頷く。
「頼む。」
九条が。
キーを押した。
ARCBOOK。
復旧。
最初。
千。
一万。
五万。
待っていた利用者が。
一気に戻ってくる。
「現在接続!」
「八万!」
「十万!」
「十二万!」
悠は。
大型画面を見る。
十五万。
十七万。
そして。
十八万。
さっき。
落ちた数字。
開発室が。
静かになる。
**187,204**
超えた。
十九万。
二十万。
正常。
二十二万。
正常。
二十五万。
正常。
誰かが。
呟いた。
「耐えてる……。」
二十七万。
九条は。
画面を見る。
「大丈夫。」
二十八万。
正常。
その瞬間。
開発室から。
大歓声が上がった。
「よっしゃあ!」
「戻った!」
「動いてる!」
「二十八万!」
白石が。
九条の肩を叩く。
「やった!」
九条。
「痛い。」
「今くらいいいでしょ!」
佐伯も。
すぐに動く。
「復旧案内!」
「全窓口へ!」
高橋。
「文面確認します!」
橘は時計を見る。
「停止時間。」
「二十四分。」
西園寺が。
大きく息を吐いた。
「二十四分……。」
そして。
悠を見る。
「いや。」
「社長も。」
「すごいじゃないですか。」
悠。
「俺?」
「だって。」
「全員分からなかったんですよ。」
「九条ですら。」
「そこに。」
「いきなり原因の方向を当てた。」
白石も頷く。
「私も思いました。」
「悠君。」
「何で分かったの?」
「え。」
「同じ処理を繰り返してるって。」
「普通。」
「思いつかないよ。」
西園寺が笑う。
「また。」
「経営者の勘ですか?」
悠は。
少しだけ困った。
(相棒。)
『……。』
(何か言え。)
『経営者の勘でよいのでは。』
(適当だな。)
悠は。
肩をすくめた。
「まあ。」
「たまたまだ。」
白石。
「たまたまで。」
「こんなの当てる?」
西園寺。
「絶対何かありますよね。」
「ないない。」
悠は。
軽く手を振る。
そして。
九条を見る。
「それに。」
「俺は。」
「方向を言っただけだ。」
九条が顔を上げる。
「原因を見つけたのも。」
「直し方を考えたのも。」
「二十四分で復旧させたのも。」
悠は。
開発チームを見る。
「九条と。」
「みんなだ。」
若いエンジニアたちが。
顔を見合わせる。
「だから。」
「これは。」
「九条たちの手柄だ。」
九条は。
しばらく。
悠を見ていた。
そして。
短く言った。
「社長。」
「何だ?」
「ヒント。」
「助かった。」
悠は。
少しだけ止まった。
そして。
笑った。
(だってよ。)
(相棒。)
AIは。
静かに答えた。
『はい。』
『ですが。』
『解いたのは。』
『九条玲司です。』
悠は。
大型モニターを見る。
現在接続。
**284,821**
まだ。
増えている。
(そうだな。)
悠は。
小さく笑った。
◇
午後九時三十分。
ARCBOOKには。
再び。
大量の記事が投稿され始めていた。
**やっと入れた!**
**落ちてた?**
**人多すぎ(笑)**
**復活した!**
**ARCBOOKすごいことになってる。**
登録者も。
再び。
増え始める。
しかも。
障害前より。
速い。
(相棒。)
『新規登録速度。』
『障害発生前を上回っています。』
悠が驚く。
(なんでだ。)
『話題になっています。』
(落ちたことが?)
『はい。』
『それほど人が集まっている。』
『その事実そのものが。』
『新しい利用者を呼んでいます。』
悠は。
思わず笑った。
(皮肉だな。)
『人は。』
『人が集まる場所へ。』
『さらに集まります。』
大型モニター。
現在接続。
**291,204**
**294,881**
**298,402**
九条が。
それを見る。
「来る。」
悠。
「何が?」
九条。
「三十万。」
西園寺が。
嫌そうな顔をする。
「大丈夫なんでしょうね?」
九条は。
短く答える。
「大丈夫。」
**299,104**
**299,782**
そして。
**300,021**
三十万人。
サーバー。
正常。
DB。
正常。
画像。
正常。
九条は。
画面を確認する。
そして。
ほんの少しだけ。
笑った。
「次は。」
「落とさない。」
その夜。
ARCBOOKは。
再び。
走り始めた。
百万人が訪れ。
サーバーが落ち。
そして。
二十四分で復活した。
公開初日。
まだ。
一時間半。
日本中で。
一つの名前が。
急速に広がり始めていた。
**ARCBOOK。**
その勢いは。
もう。
誰にも。
止められなかった。
読んでいただきありがとうございます!
もし面白いと思ってくれたら、ブクマや評価で応援してもらえると執筆の励みになります!




