公開直前
最初の芸能人との契約が決まってから。
流れは。
明らかに変わった。
それまで。
西園寺が何度説明しても。
芸能事務所の反応は同じだった。
興味はある。
だが。
よく分からない。
本当に流行るのか。
本人に書かせる意味があるのか。
誰も。
最初の一歩を踏み出そうとはしなかった。
しかし。
一人が始めると。
状況は変わった。
「実際の画面を見せてもらえますか?」
「うちのタレントでもできますか?」
「公式認証というのは?」
「公開時期はいつです?」
問い合わせが。
少しずつ増え始めた。
西園寺は。
その機会を逃さなかった。
芸能事務所。
スポーツ団体。
出版社。
レコード会社。
次々に回った。
そして。
数週間後。
ARC本社。
悠は会議室のホワイトボードを見上げていた。
そこには。
ARCBOOKへの参加が決まった著名人の名前が並んでいる。
若手女優。
人気上昇中の歌手。
プロ野球選手。
サッカー選手。
料理研究家。
漫画家。
小説家。
お笑い芸人。
もちろん。
誰もが知る超大物ばかりではない。
むしろ。
今まさに人気が出始めている人物が多かった。
その中で。
西園寺が一つの名前を指差す。
「社長。」
「この人。」
「本当に入れるんですか?」
悠が資料を見る。
「入れる。」
「でも。」
「まだほとんど無名ですよ。」
「問題ない。」
「契約料も安いですけど。」
「むしろ今がいい。」
西園寺は悠を見る。
「……また。」
「経営者の勘ですか?」
悠は真顔で頷いた。
「そういうことにしてくれ。」
『未来では。』
『国民的俳優です。』
(黙ってろ。)
『事実です。』
(分かってる。)
西園寺は不思議そうに資料を見る。
「社長の勘。」
「本当に怖いな。」
悠は苦笑するしかなかった。
◇
著名人が揃い始めると。
次は。
宣伝だった。
会議室。
橘が資料を机へ置く。
「社長。」
「最終確認です。」
「今回の広告予算。」
悠は資料を見る。
三億円。
ARCがこれまで行ってきた広告とは。
桁が違った。
「テレビ。」
「ラジオ。」
「新聞。」
「雑誌。」
「交通広告。」
「全部合わせて三億です。」
橘は悠を見る。
「本当に。」
「使いますか?」
悠は一瞬だけ黙った。
(相棒。)
『推奨します。』
(簡単に言うな。)
悠は小さく息を吐いた。
「使う。」
橘の眉がわずかに動く。
「三億ですよ。」
「分かってる。」
「回収できる保証はありません。」
「それも分かってる。」
悠は資料を閉じた。
「でも。」
「中途半端に始める方が、三億より高くつく。」
橘は黙った。
さらに。
資料をめくる。
「ARCが制作した企業ホームページ。」
「可能な範囲で告知。」
「はい。」
「ネットショップ加盟店。」
「協力企業。」
「提携先。」
「こちらも使う。」
「はい。」
橘は資料を閉じた。
そして。
静かに言った。
「社長。」
「本気ですね。」
「前にも言っただろ。」
「やるなら徹底的にやる。」
橘はため息をつく。
「当初予算をかなり超えました。」
会議室が少し静かになる。
確かに。
大きい。
今までARCが使ってきた広告費とは。
桁が違う。
(相棒。)
『現在のARCの利益。』
『現預金。』
『既存事業の成長率。』
『すべてを考慮すると。』
『実行可能です。』
少し間を置いて。
『ただし。』
(なんだ。)
『失敗した場合。』
『相当痛いです。』
(それは言うな、このポンコツが。)
『ありがとうございます。』
悠は顔を上げる。
「想定内だ。」
橘が悠を見る。
「想定内という顔ではありませんが。」
西園寺が吹き出す。
白石も口元を押さえた。
悠は咳払いする。
「とにかく。」
「予定通りやる。」
橘は少しだけ笑った。
「分かりました。」
「社長がそこまで言うなら。」
「財務側で調整します。」
◇
それから。
ARCBOOKの名前が。
少しずつ。
街へ現れ始めた。
朝。
駅へ向かう会社員。
電車の中。
吊り広告。
**あなたの人生を、一冊の本に。**
**ARCBOOK**
昼。
書店。
若者向け雑誌。
見開き広告。
人気上昇中の女優が。
笑顔で写っている。
その横には。
**テレビでは話さないこと。**
**ここでは、少しだけ。**
**ARCBOOK**
夕方。
車を運転する人。
ラジオから。
若い女性の声が流れる。
『今日、何を食べましたか?』
『今日、誰と笑いましたか?』
『今日、何を考えましたか?』
少し間を置いて。
『あなたの毎日を。』
『あなたの言葉で。』
**『ARCBOOK。』**
そして。
夜。
テレビ。
人気歌手。
若手女優。
プロ野球選手。
お笑い芸人。
次々と画面が切り替わる。
「今日の私を。」
「ARCBOOKに書きました。」
「テレビでは話さないことも。」
「少しだけ。」
最後。
白い画面。
一冊の本が開く。
ページに。
文字が現れる。
**あなたの人生を、一冊の本に。**
**ARCBOOK**
そして。
その下に。
**6月29日 20:00 公開。**
テレビの前で。
多くの人が。
初めて。
その名前を知った。
◇
ARC本社。
問い合わせが。
増え始めた。
「ARCBOOKって何ですか?」
「いつから登録できますか?」
「携帯電話でも見られますか?」
「芸能人の記事は無料ですか?」
「自分でも書けますか?」
西園寺は問い合わせ数を見ながら笑う。
「社長。」
「反応。」
「かなりいいですよ。」
悠も画面を見る。
「まだ公開してないのにな。」
「だからですよ。」
「気になってるんです。」
西園寺は笑った。
「公開日に。」
「一気に来ます。」
その言葉を。
少し離れたところで。
九条が聞いていた。
九条は。
一人だけ。
笑っていなかった。
モニターには。
アクセス予測。
サーバー負荷。
同時接続数。
画像転送量。
大量の数字が表示されている。
悠が近付く。
「どうだ。」
九条は画面を見たまま答える。
「増やした。」
「何を?」
「サーバー。」
「足りる?」
「足りる。」
悠は安心する。
九条は続けた。
「たぶん。」
悠の表情が止まった。
「最後の一言。」
「いらない。」
「予測は限界ある。」
「広告。」
「反応。」
「読めない。」
悠は画面を見る。
(相棒。)
『九条玲司の判断は合理的です。』
(お前なら分からないのか。)
『ある程度は。』
『しかし。』
『人間の行動は。』
『完全には予測できません。』
悠は少し笑った。
(お前でもか。)
『はい。』
『特に。』
『流行は。』
『不確定要素が多いです。』
悠は九条を見る。
「できる準備は?」
「全部した。」
「なら。」
「大丈夫だ。」
九条は短く答えた。
「うん。」
◇
高橋は。
利用規約の最終確認。
権利処理。
芸能事務所との契約。
削除基準。
通報対応。
すべてを確認した。
佐伯は。
運営チーム。
問い合わせ対応。
緊急時の人員配置。
深夜対応。
すべての勤務表を組んだ。
白石は。
最後の最後まで。
画面を見ていた。
「ここ。」
「二ミリ。」
九条が見る。
「何。」
「ずれてる。」
「誰も気づかない。」
「私は気づく。」
「……。」
「直して。」
「……分かった。」
橘は。
広告費。
運営費。
サーバー費。
予備資金。
何度も数字を確認した。
西園寺は。
参加する著名人と。
各事務所への最終連絡。
そして。
追加契約。
全員が。
それぞれの場所で。
公開の日へ向けて動いていた。
◇
公開日。
午後七時五十分。
ARC本社。
誰も。
帰っていなかった。
開発室。
営業部。
運営チーム。
デザイン部。
法務。
財務。
社員たちが。
それぞれのモニターを見つめている。
会議室の大型画面には。
数字が表示されていた。
**ARCBOOK公開まで**
**00:09:48**
悠は。
その数字を見つめていた。
九分。
八分。
七分。
不思議な気分だった。
少し前まで。
頭の中にしかなかった。
個人が。
簡単に。
自分の日常を書く場所。
九条が形にした。
白石が。
使いたくなる場所にした。
高橋が。
守れる場所にした。
佐伯が。
運営できる場所にした。
橘が。
金を捻出した。
西園寺が。
人を連れてきた。
社員全員が。
ARCBOOKを支えた。
もう。
悠とAIだけのアイデアではない。
ARCという会社が。
作ったサービスだった。
残り。
一分。
社員たちの会話が。
少しずつ消えていく。
三十秒。
十秒。
大型画面。
**10**
**9**
**8**
誰も。
話さない。
**7**
**6**
**5**
悠は。
九条を見る。
九条の手は。
キーボードの上。
**4**
**3**
**2**
悠が静かに言った。
「九条。」
「頼む。」
**1**
九条が。
キーを押した。
「公開。」
画面が切り替わる。
白いページ。
一冊の本。
そして。
中央に。
**ARCBOOKへようこそ。**
午後八時。
日本中へ向けて。
ARCBOOKの扉が。
開いた。
読んでいただきありがとうございます!
もし面白いと思ってくれたら、ブクマや評価で応援してもらえると執筆の励みになります!




