最初の有名人
社内モニターが終了した翌日。
ARC本社。
会議室の机には、芸能事務所やスポーツ団体の資料が大量に並べられていた。
西園寺がその一番上の資料を悠へ差し出す。
「社長。」
「候補を絞りました。」
悠は資料を受け取る。
「早いな。」
西園寺は苦笑した。
「社長が。」
「利益を全部使う。」
「足りなければ融資まで考える。」
「そこまで言ったので。」
「営業も。」
「本気で使い道を考えました。」
「俺のせいみたいに言うな。」
「社長のせいです。」
悠は笑いながら資料をめくった。
若手女性タレント。
歌手。
スポーツ選手。
料理研究家。
漫画家。
それぞれ。
異なるファン層を持つ人物が選ばれている。
「大物に絞らないのか。」
西園寺は頷く。
「一人の人気に依存するのは危険です。」
「違う分野から。」
「複数の入口を作ります。」
悠は感心したように笑った。
「さすがだな。」
西園寺は胸を張る。
「でしょう。」
「でも。」
少しだけ表情が曇った。
「問題もあります。」
「何だ?」
「誰も。」
「ブログを理解していません。」
◇
数日後。
芸能事務所。
西園寺はARCBOOKの資料を机へ並べていた。
向かいには。
事務所の営業責任者。
マネージャー。
宣伝担当。
三人が座っている。
西園寺は画面を指差した。
「本人が。」
「日記を書く。」
「写真を載せる。」
「ファンは。」
「無料で読むことができます。」
宣伝担当が首を傾げる。
「それは。」
「ホームページと何が違うんですか?」
「更新が簡単です。」
「本人でもできます。」
マネージャーが眉を寄せる。
「本人に書かせるんですか?」
「そんな時間。」
「ありませんよ。」
「一日数行でも構いません。」
「テレビ収録の裏側。」
「今日食べたもの。」
「仕事の感想。」
「それだけで。」
「ファンにとっては価値があります。」
営業責任者が腕を組む。
「でも。」
「それで何が宣伝になるんです?」
西園寺は笑う。
「毎日。」
「違う本人を見せられます。」
三人の表情が少し変わった。
だが。
すぐに別の質問が飛ぶ。
「偽物は?」
「誹謗中傷は?」
「勝手に写真を使われたら?」
西園寺は用意していた資料を開く。
「公式認証。」
「コメント監視。」
「通報機能。」
「権利侵害への削除対応。」
「すべて用意します。」
高橋が作った契約書と。
運営基準。
法務資料も添えられていた。
相手は資料を読む。
興味はある。
しかし。
最後まで。
首を縦には振らなかった。
◇
その後も。
西園寺は何社も回った。
説明する。
興味を持たれる。
質問される。
だが。
契約には届かない。
ARC本社。
夜。
西園寺は会議室の椅子へ深く座っていた。
「難しいな。」
悠が缶コーヒーを渡す。
「珍しく弱気だな。」
西園寺は受け取る。
「説明はできます。」
「メリットも伝えられます。」
「でも。」
「相手に未来を見せるところまで届かない。」
悠は少し考えた。
(相棒。)
AIが静かに答える。
『相手は。』
『宣伝媒体として見ています。』
『その理解では。』
『価値を十分に認識できません。』
(なら。)
『ARCBOOKは。』
『宣伝ではありません。』
『関係を作る場所です。』
悠は小さく頷いた。
「次は俺も行く。」
西園寺が悠を見る。
「いいんですか?」
「商談は西園寺さんが作る。」
「条件も西園寺さんが説明する。」
「最後だけ俺に話させてくれ。」
西園寺は笑った。
「任せました。」
◇
翌週。
別の芸能事務所。
商談相手は。
今まさに売れ始めている若手女性タレントを抱える事務所だった。
西園寺が一通り説明を終える。
契約条件。
運営体制。
権利保護。
公式認証。
相手の社長は資料を閉じた。
「面白い。」
「でも。」
「結局。」
「これは宣伝になるんですか?」
悠が静かに答えた。
「違います。」
相手の社長が顔を上げる。
「テレビや雑誌は。」
「作られた姿を見せる場所です。」
「ARCBOOKは。」
「本人の日常を届ける場所です。」
「日常に。」
「価値がありますか?」
「あります。」
悠は即答した。
「ファンが知りたいのは。」
「完成された姿だけじゃない。」
「何を食べた。」
「何に悩んだ。」
「何を考えた。」
「何に笑った。」
「そこに。」
「その人らしさがあります。」
相手の社長は黙って聞いている。
悠は続けた。
「広告を出すんじゃない。」
「ファンが。」
「毎日会いに来る場所を作るんです。」
会議室が静かになる。
西園寺は。
何も言わなかった。
ここは。
悠の言葉に任せた。
しばらくして。
相手の社長が小さく笑う。
「神谷社長。」
「あなた。」
「本当に大学生ですか?」
悠も笑った。
「一応。」
「そういうことになっています。」
空気が少し和らぐ。
相手の社長は契約書をもう一度開いた。
「本人にも。」
「見せてみましょう。」
◇
数日後。
ARC本社。
試作版ARCBOOKの画面を。
一人の若い女性タレントが見つめていた。
「これ。」
「本当に。」
「私でも書けるんですか?」
白石が隣で笑う。
「はい。」
「文章を書いて。」
「写真を選んで。」
「投稿するだけです。」
女性タレントは少し操作する。
タイトル。
本文。
写真。
投稿。
画面に記事が表示される。
本人は驚いたように笑った。
「簡単。」
「これなら。」
「私にも続けられそう。」
少し離れたところで。
九条が短く言う。
「当然。」
白石が九条を見る。
「何で九条君が得意そうなの。」
「動く。」
「使いやすい。」
「両方。」
「はいはい。」
悠は二人のやり取りを見て。
小さく笑った。
◇
その日の夕方。
西園寺が一枚の契約書を机へ置いた。
「第一号。」
「取ってきました。」
悠は契約書を見る。
若手女性タレント。
ARCBOOK公式利用契約。
「お疲れ。」
西園寺は椅子へ座る。
「まだ一人です。」
「最初は。」
「一人でいい。」
悠は契約書を閉じる。
AIが静かに告げる。
『最初の有名人。』
『獲得成功。』
悠は少し笑った。
(この前は最初の一ページ。)
(今日は最初の有名人か。)
『はい。』
『流れが。』
『始まります。』
その頃。
ARCBOOKでは。
女性タレントが最初の記事を書いていた。
タイトル。
**はじめまして。**
本文。
**今日から。**
**ここで少しだけ。**
**本当の私を書いてみようと思います。**
まだ。
一般公開前。
読者は。
ARCの社員だけ。
それでも。
記事が公開された瞬間。
社内モニターの社員たちが集まり始める。
閲覧数。
十。
二十。
五十。
コメントも付いた。
西園寺は画面を見ながら笑う。
「社長。」
「これ。」
「公開したら。」
「来ますよ。」
悠も静かに頷いた。
「ああ。」
「人が。」
「動き始める。」
ARCBOOKに。
最初の有名人が加わった。
一般公開まで。
あと少し。
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