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使い続ける理由

ARCBOOKの試作品が完成してから、三日後。


ARC本社。


全社員へ、一通の社内メールが送られた。


件名。


**ARCBOOK社内モニター実施のお知らせ**


内容は単純だった。


全社員。


ARCBOOKへ登録。


一日一回以上。


何かを投稿すること。


期間。


一週間。


そして。


使っていて気付いた問題。


分かりにくいところ。


欲しい機能。


すべて報告する。


悠は送信されたメールを眺めながら、少しだけ眉を寄せた。


「これ。」


「完全に業務命令だな。」


佐伯が笑う。


「モニターですから。」


「最初はそれでいいと思います。」


「ただ。」


「一日一回は少し嫌がられるかもしれませんね。」


「だよな。」


その時。


AIが静かに告げる。


『問題ありません。』


(そうか?)


『目的は。』


『使いたい人を調べることではありません。』


『使いたくない人でも。』


『使い続けられるかを確認することです。』


悠は少し考えた。


(なるほど。)


好きな人だけに使わせても。


本当に使いやすいのかは分からない。


パソコンが好きな人。


文章を書くのが好きな人。


新しいサービスが好きな人。


そんな人たちだけで試しても意味がない。


ARCBOOKが狙っているのは。


普通の人だった。


「よし。」


「始めよう。」



初日。


午前九時。


社員たちは一斉にARCBOOKへ登録した。


そして。


早速。


問題が起きた。


「プロフィール画像って、どうやって変えるんですか?」


「写真が大きすぎます!」


「投稿した文章、修正できます?」


「戻る押したら書いてた文章消えたんですけど!」


「背景変えたいです!」


「パスワード忘れました!」


開始。


わずか三十分。


開発室には。


大量の報告が届いていた。


白石はその一覧を見つめる。


「……すごい。」


九条も隣で画面を見る。


「多い。」


「想像以上ですね。」


白石は苦笑した。


九条は一つ目の報告を開く。


**投稿ボタンの場所が分かりません。**


九条が首を傾げる。


「ある。」


白石が見る。


「あるね。」


「右上。」


「うん。」


「押せる。」


「小さいから分かりにくいんだね。」


白石が九条を見る。


「何十人も同じ場所で迷ったら。」


「使う人が悪いと思う?」


九条は黙った。


「……。」


白石は笑う。


「作った側が悪いの。」


九条は数秒。


画面を見つめる。


「大きくする。」


「うん。」


「色を変える。」


「そうしよう。」


九条はすぐに修正を始めた。


悠は少し離れたところから。


そのやり取りを見ていた。


(随分変わったな。)


『はい。』


『以前なら。』


『利用者へ操作方法を説明していました。』


悠は思わず笑う。


(だろうな。)


『現在はシステム側を修正しています。』


(成長したってことか。)


『白石美咲の影響が大きいと分析します。』


悠は二人を見る。


「写真が重いから圧縮する。」


「でも画質落としすぎないで。」


「処理増える。」


「お願い。」


「……分かった。」


悠は小さく笑った。


いい組み合わせだった。



二日目。


別の問題が起きた。


高橋が悠のところへ来た。


「社長。」


「少しいいですか。」


「どうした?」


高橋は一枚の紙を置く。


そこには。


社員が投稿した写真が印刷されていた。


昼休み。


会社近くの飲食店。


料理。


そして。


後ろの席に座っている。


まったく知らない客。


悠は写真を見る。


「普通の昼飯だな。」


「問題は。」


「ここです。」


高橋が後ろの客を指差した。


「あ。」


「本人の許可なく。」


「顔が写っています。」


悠は少し黙った。


「確かに。」


「それだけではありません。」


高橋は別の資料を置く。


「雑誌の記事を、そのまま載せている社員。」


「テレビ画面を撮影して掲載している社員。」


「他人が撮った写真を使っている社員。」


さらに。


一枚。


「あと。」


「上司への愚痴。」


悠は読んだ。


数秒。


「……これは。」


「結構具体的だな。」


高橋が頷く。


「社内だから笑えます。」


「ですが。」


「一般公開されたら。」


「笑えません。」


悠の表情が変わった。


高橋は淡々と続ける。


「著作権。」


「肖像権。」


「誹謗中傷。」


「個人情報。」


「削除要請。」


「利用者が増えれば。」


「必ず問題になります。」


(相棒。)


『高橋の指摘は正しいです。』


『未来でも。』


『非常に大きな問題になります。』


悠は高橋を見る。


「必要なものは?」


高橋はすでに準備していた。


「利用規約。」


「投稿ガイドライン。」


「削除基準。」


「通報制度。」


「権利者からの問い合わせ窓口。」


「それと。」


「芸能人を扱うなら。」


「本人確認制度も必要です。」


悠は思わず笑った。


「仕事が早いな。」


高橋も少し笑う。


「そのために。」


「呼んでいただいたと思っています。」


「頼む。」


「はい。」


高橋は資料を持って立ち上がる。


悠はその背中を見送った。


もし。


高橋がいなかったら。


問題が起きてから。


初めて考えていただろう。


だが。


今は違う。


問題が起きる前に。


守る人間がいる。


ARCは。


確実に組織になっていた。



三日目。


少しずつ。


変化が起き始めた。


最初。


社員たちの投稿は。


明らかに。


仕事だった。


**今日も頑張ります。**


**本日の業務を開始しました。**


**今日の目標は三件契約です。**


読んでいて。


まったく面白くない。


悠は画面を見ながら苦笑した。


「社内報みたいだな。」


AI。


『業務命令ですので。』


「まあ。」


「そうなるよな。」


だが。


昼頃。


一つの記事が投稿された。


営業部の若手社員。


タイトル。


**会社の近くでラーメン屋見つけました。**


写真。


大盛りのラーメン。


本文。


**量を間違えました。**


**午後の営業、終わったかもしれません。**


悠は思わず笑った。


数分後。


コメントが付いた。


**開発部**


> そこ美味しいですよ。


さらに。


**デザイン部**


> 私も行きたい。


そして。


**営業部**


> 午後の営業行け。


記事を書いた本人が返信する。


> 無理です。


さらにコメント。


> 行け。


> 行け。


> 行け。


悠は吹き出した。


「何やってるんだ。」


その日の午後。


ラーメンの記事は。


社内ランキング一位になった。



四日目。


投稿の雰囲気が。


明らかに変わった。


**うちの猫です。**


**昨日見た映画。**


**最近買ったCD。**


**彼女に振られました。**


**誰か美味しい居酒屋知りませんか。**


仕事とは。


まったく関係ない。


でも。


コメントが付く。


お気に入りが増える。


そして。


また書く。


昼休み。


廊下で。


普段ほとんど話したことのない。


営業部と開発部の社員が話していた。


「昨日の猫。」


「めちゃくちゃ可愛かったです。」


「あ。」


「見てくれたんですか?」


「見ました。」


「名前なんていうんです?」


悠は足を止めた。


その様子を。


佐伯も見ていた。


「社長。」


「面白いですね。」


「何が?」


佐伯は二人を見ながら言う。


「この二人。」


「今まで。」


「ほとんど話したことがありません。」


悠が少し驚く。


「そうなのか。」


「部署も違いますから。」


「仕事上の接点もない。」


「でも。」


「ARCBOOKの記事をきっかけに。」


「話しています。」


悠は二人を見る。


(相棒。)


AIが答える。


『偶発的な交流です。』


(交流?)


『はい。』


『ただし。』


『現段階では。』


『これで十分です。』


悠は第二章での会話を思い出した。


コメント。


お気に入り。


それは。


交流そのものではない。


反応だ。


だが。


反応が積み重なれば。


自然に。


人と人が近付くこともある。


(友達機能とか。)


(まだいらないか。)


『不要です。』


『今は。』


『書く。』


『読む。』


『反応する。』


『その循環を完成させてください。』


悠は小さく頷いた。


(焦らない。)


『はい。』


『時代より。』


『半歩前で十分です。』



五日目。


佐伯から。


別の報告が上がった。


「問い合わせがかなり増えています。」


「どれくらい?」


「社員百人程度で。」


「一日十数件。」


悠は顔をしかめる。


「多いな。」


「はい。」


「パスワード。」


「画像。」


「削除。」


「使い方。」


「今は社内だから。」


「直接聞けば終わります。」


佐伯は少し間を置く。


「でも。」


「十万人になったら?」


悠は黙った。


橘が横から答える。


「単純計算でも。」


「対応できません。」


「人件費も膨らみます。」


佐伯が頷く。


「だから。」


「今から運営チームを作ります。」


「よくある質問。」


「操作ガイド。」


「問い合わせ分類。」


「対応マニュアル。」


「それと。」


「問い合わせ内容を。」


「開発へ戻す仕組みも作りたい。」


悠は感心した。


「問い合わせを。」


「改善に使うのか。」


「はい。」


「同じ質問が百回来たら。」


「百人が分かっていないということです。」


白石が少し離れたところから声を上げる。


「それ。」


「全部私にもください。」


九条も。


「俺も。」


佐伯が笑う。


「もちろん。」


悠はその光景を見る。


開発。


デザイン。


人事。


法務。


財務。


少しずつ。


一つのサービスを中心に。


全部署が繋がり始めていた。



六日目。


西園寺が悠のところへ来た。


「社長。」


「ちょっと面白いもの見つけました。」


「何だ?」


西園寺が画面を見せる。


社内ランキング。


一位。


営業部のラーメン。


二位。


デザイン部の猫。


三位。


開発部の。


**九条さんが三日連続同じ服を着ている件について。**


悠は固まった。


「……。」


西園寺が笑いを堪えている。


「これ。」


「コメント七十二件あります。」


悠は開く。


> 今日も同じでした。


> 昨日もです。


> 洗ってるんですか?


> 誰か本人に聞いてください。


そして。


一番下。


九条本人。


> 同じ服。


> 五着ある。


悠は机を叩いて笑った。


「そういうことかよ!」


西園寺も笑う。


「社長。」


「これ。」


「芸能人がやったら。」


悠の笑いが止まる。


西園寺は画面を指差した。


「相当強いですよ。」


「普段テレビでしか見ない人が。」


「何食べた。」


「何買った。」


「どこ行った。」


「そんなこと書くだけで。」


「ファンは毎日見に来る。」


悠は頷いた。


第二章で考えた仮説。


それが。


わずか百人程度の社内で。


小さく証明され始めている。


「西園寺。」


「そろそろ。」


「準備してくれ。」


西園寺が笑う。


「芸能人。」


「ですね。」


「ああ。」


「任せてください。」



七日目。


社内モニター最終日。


この一週間。


問題は。


山ほど出た。


バグ。


操作性。


デザイン。


法務。


運営。


サーバー。


だが。


そのたびに。


修正された。


改善された。


磨かれた。


一週間前とは。


もう。


別のサービスになっていた。


夕方。


悠は全社員へ告げた。


「今日で。」


「ARCBOOKの社内モニターを終了します。」


社員たちが顔を上げる。


「この一週間、協力ありがとうございました。」


「明日から一日一回の投稿義務はありません。」


「書かなくて大丈夫です。」


何人かの社員が笑った。


これでいい。


十分なデータは取れた。



翌朝。


悠は出社すると。


何となく。


ARCBOOKを開いた。


そして。


止まった。


新着記事。


**昨日の晩飯。**


**朝から電車遅延。**


**うちの猫、その二。**


**昨日のラーメン屋、今度は普通盛り。**


**九条さん、本当に今日も同じ服。**


悠は画面を見つめた。


「……。」


(相棒。)


『はい。』


「昨日。」


「終わったって言ったよな。」


『はい。』


「投稿。」


「増えてないか?」


『増加しています。』


悠は思わず笑った。


「なんでだよ。」


AIは静かに答えた。


『利用者は。』


『もう。』


『仕事として使っていません。』


悠の表情が変わる。


画面には。


次々と。


新しい記事が追加されていく。


朝食。


電車。


音楽。


映画。


恋愛。


猫。


ラーメン。


何でもない。


普通の日常。


『習慣になり始めています。』


悠は。


しばらく画面を見つめた。


そして。


小さく笑った。


「なるほど。」


書きやすい。


読まれる。


反応がある。


だからまた書く。


何度も考えた循環。


それが初めて。


現実になった。


「これなら。」


「いける。」


誰かに命令されたからではない。


お金をもらえるからでもない。


ただ。


書きたいから。


書く。


ARCBOOKは。


この日。


初めて。


仕事ではなくなった。

読んでいただきありがとうございます!

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