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最初の一ページ

ARCBOOKの設計会議から、翌日。


朝。


悠が開発室へ入ると。


そこには、いつも以上に散らかった机と。


空になったコーヒー缶。


積み上がった資料。


そして。


椅子にもたれたまま眠っている九条がいた。


悠は足を止めた。


「寝てる。」


AIが静かに答える。


『二時間前まで開発していました。』


(それは寝てるって言えるのか?)


『休息中です。』


(言い換えただけだろ。)


悠が机の上を覗き込む。


複数の画面には。


見慣れない管理画面。


データベース。


投稿フォーム。


画像一覧。


すでに何かが動いていた。


その時。


九条がゆっくり目を開ける。


そして。


悠を見る。


「できた。」


悠は一瞬。


言葉を失った。


「……何が?」


「試作。」


「ARCBOOK。」


悠は画面と九条を交互に見る。


「昨日の今日だぞ。」


「認証。」


「流用。」


「画像管理。」


「流用。」


「投稿。」


「追加。」


「終わり。」


九条は淡々と答える。


悠は思わず笑った。


「本当に......作ったのか。」


「うん。」


九条は椅子を少し横へずらした。


「見る?」


「もちろん。」


悠は九条の隣へ座る。


画面には。


簡素なログイン画面。


名前。


パスワード。


それだけ。


悠が入力する。


次に表示されたのは。


白い画面。


その中央に。


**タイトル**


**本文**


**画像**


**投稿**


四つの項目だけが並んでいた。


悠は少し黙る。


「……シンプルだな。」


「必要なのはそれだけ。」


悠は試しに文字を入力する。


タイトル。


本文。


画像。


最後に投稿ボタン。


押す。


数秒後。


自分の書いた文章が画面に表示された。


「動いてる。」


「うん。」


「速い。」


「無駄がない。」


九条は少しだけ満足そうだった。


「どう?」


悠は画面を見ながら考える。


確かに。


機能としては成立している。


誰でも文章を書ける。


画像も載せられる。


投稿も簡単。


だが。


何かが違う。


その時。


開発室の扉が開いた。


白石が資料を抱えて入ってくる。


「おはようございます。」


「あ。」


「もう作業を始めてるんですか?」


悠が振り返る。


「九条が。」


「もう試作品を作った。」


「え?」


白石は足早に近付く。


そして。


画面を見る。


数秒。


沈黙。


九条が聞く。


「どう?」


白石はさらに数秒、画面を見つめた。


それから。


静かに言った。


「これ。」


「誰が使いたいと思うの?」


九条の表情が止まる。


「動く。」


「質問に答えて。」


「使える。」


「使いたいとは違う。」


九条は画面を見る。


白石はマウスを動かしながら続けた。


「文字だけ。」


「色もない。」


「どこを押せばいいか分かりにくい。」


「自分のページなのに。」


「自分らしさも出せない。」


「これじゃ。」


「日記じゃなくて。」


「入力画面です。」


九条は少しだけ眉を動かす。


「入力するのは正しい。」


「正しくても楽しくない。」


「楽しいは必要?」


「必要。」


白石は即答した。


「毎日使ってもらうんでしょ?」


「だったら。」


「開きたくなる画面じゃないと駄目。」


「自分の場所だと思えないと。」


「続かない。」


九条は黙った。


悠は二人を見比べる。


(それだ。)


AIはすぐに答えた。


『九条玲司は。』


『機能を作っています。』


『白石美咲は。』


『使いたいという感情を作っています。』


悠は少しだけ目を細める。


『サービスは。』


『動くだけでは普及しません。』


『使いたいと思われる必要があります。』


(だよな。)


悠は九条を見る。


「九条。」


「動くものは作れた。」


「うん。」


次に白石を見る。


「白石。」


「使いたくなるものにできるか。」


白石は笑う。


「できます。」


悠は二人を見た。


「じゃあ。」


「二人で作ってくれ。」


白石が頷く。


「分かりました。」


九条も短く答える。


「分かった。」


だが。


次の瞬間。


白石が画面を指差す。


「まず。」


「全部やり直します。」


九条の顔が固まる。


「全部?」


「全部。」


「動く。」


「動くだけ。」


「無駄。」


「必要。」


「色。」


「必要。」


「余白。」


「必要。」


「丸いボタン。」


「……必要?」


「絶対必要。」


悠は思わず笑った。


AIが静かに告げる。


『共同作業。』


『開始しました。』


(喧嘩にしか見えないけどな。)


『正常です。』


(本当か?)



それから数日。


開発室では。


九条と白石の声が何度もぶつかった。


「重くなる。」


「でも見やすい。」


「処理増える。」


「でも使いやすい。」


「装飾。」


「必要。」


「三種類。」


「少ない。」


そのたびに。


九条が削り。


白石が足し。


白石が広げ。


九条が整えた。


部下のエンジニアたちもデザイナーたちも。


二人のやり取りを見ながら。


少しずつ役割を理解していった。


九条は動くものを作る。


白石は使いたくなるものを作る。


そして。


その二つが重なって。


初めてサービスになる。



一週間後。


再び開発室。


白石が画面を開く。


「できました。」


悠は椅子へ座る。


九条は隣で腕を組んでいた。


画面には。


白を基調とした柔らかなデザイン。


上部には。


**ARCBOOK**


その下に。


自分の名前。


プロフィール画像。


記事一覧。


投稿ボタン。


文字の大きさ。


写真の配置。


背景の種類。


すべて。


直感的に操作できるようになっていた。


悠は画面を見つめる。


「全然違うな。」


白石は笑う。


「これなら。」


「毎日開きたくなると思います。」


悠は九条を見る。


「どうだ。」


九条は少しだけ画面を見る。


そして。


短く言った。


「うん。」


白石が笑う。


「認めた。」


悠も笑った。


「それでいい。」


九条はマウスを悠へ渡す。


「悠。」


「書いて。」


「俺が?」


「最初の利用者。」


悠は画面を見る。


まだ。


誰も使っていない。


記事もない。


コメントもない。


お気に入りもない。


本当に。


何もない場所だった。


(何を書けばいいんだ。)


AIは静かに答えた。


『自由にです。』


(それが一番困るんだよ。)


『日記です。』


『考えたことを。』


『そのまま書いてください。』


悠は少し考える。


そして。


キーボードへ手を置いた。


タイトル。


**今日、新しい挑戦を始めた。**


本文。


**まだ誰も知らない。**


**まだ誰も使っていない。**


**でも。**


**いつか。**


**ここに、たくさんの人生が集まればいいと思う。**


悠は文章を見つめる。


少しだけ恥ずかしかった。


白石が横から覗き込む。


「いいと思います。」


九条も短く言う。


「投稿。」


悠は苦笑した。


「分かったよ。」


マウスを動かす。


**公開する**


クリック。


数秒後。


画面が切り替わる。


ARCBOOK。


神谷悠。


最初の記事。


閲覧数。


**0**


コメント。


**0**


お気に入り。


**0**


悠はその数字を見て。


小さく笑った。


「最初は。」


「こんなものか。」


AIが静かに答える。


『はい。』


『すべての巨大なサービスは。』


『最初の一人から始まります。』


悠は画面を見つめる。


まだ。


誰にも読まれていない。


たった一つの記事。


たった一人の利用者。


それでも。


確かに始まった。


「よし。」


「ここからだ。」


九条が短く答える。


「次。」


白石も笑う。


「次ですね。」


ARCBOOK。


未来。


何千万人もの人生が集まる場所。


その最初の一ページが。


この日。


静かに公開された。

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