未来のCLO
人事責任者の採用が決まって数日後。
悠は大学帰りに、AIへ話しかけた。
(最後の一人だな。)
『第三候補を表示します。』
画面が切り替わる。
**企業法務責任者候補**
**高橋義人 31歳**
現在、法律事務所勤務。
未来では日本有数のIT企業法務の第一人者。
(今回はどこだ?)
画面が切り替わる。
**2048年 企業法務フォーラム講演**
> 「若手時代、誰も興味を示さなかったインターネット法務を専門に選びました。」
> 「あの頃は、変わり者扱いでしたね。」
AIが続ける。
『現在。』
『事務所内評価 C。』
『理由。』
『IT法務案件が少なく、収益性が低いため。』
悠は思わず眉をひそめた。
(能力じゃない。)
『時代です。』
『五年後、評価A。』
『十年後、日本トップクラスになります。』
(相棒。)
(迎えに行こう。)
◇
都立図書館。
法律書コーナー。
AIが静かに案内する。
『右へ二歩。』
『三段目。』
『青い背表紙。』
**「インターネットサービス契約実務」**
『対象が現在担当している案件です。』
『興味を持つ確率九六%。』
(本当に攻略本だな。)
『攻略です。』
(堂々と言うな。)
悠が本へ手を伸ばく。
同時に。
もう一つの手が重なった。
「あ。」
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
男性は本を見て少し驚く。
「学生さん?」
「その本を読むんですか?」
「はい。」
「会社で少し困っていることがありまして。」
「会社?」
「ええ。」
「小さなIT会社です。」
男性の表情が変わる。
「ITですか。」
「それなら。」
「私の専門です。」
AI。
『成功率八三%。』
『会話成立。』
悠は本を開く。
「例えば。」
「ネットサービスを真似された場合。」
「法律だけで守れるものなんでしょうか。」
高橋はすぐ首を横に振った。
「無理です。」
「へぇ、やっぱりそうなんですね。」
AI。
『笑顔を推奨します。』
悠。
(分かった。)
少し笑う。
AI。
『笑いすぎです。』
(どっちだ。)
男性は思わず吹き出した。
「面白い学生さんですね。」
「そういえば。」
「自己紹介がまだでした。」
名刺を差し出す。
「弁護士の。」
「高橋義人です。」
「企業法務を担当しています。」
悠は名刺を見る。
(知ってる。)
AI。
『知っています。』
(お前は黙ってろ。)
「法律だけでは守れません。」
「契約。」
「商標。」
「利用規約。」
「著作権。」
「全部合わせて初めて会社を守れます。」
「そして。」
「法律は。」
「会社の成長を止めるものじゃない。」
「安心して挑戦するためにあります。」
悠は静かに頷いた。
(いい考え方だ。)
AIが分析を始める。
『対象。』
『現在、事務所内で評価されていません。』
『理由。』
『IT法務の必要性を主張していますが。』
『理解者が少数です。』
画面が切り替わる。
**転職意欲 38%**
**現職満足度 72%**
**専門分野への不満 94%**
**能力を発揮したい欲求 98%**
悠は苦笑した。
(なるほど。)
(給料じゃないな。)
AI。
『はい。』
『承認欲求です。』
『専門性を認められたいと考えています。』
『推奨発言を表示します。』
画面に文字が浮かぶ。
> **「あなたは時代を先取りしすぎています。」**
(そんなこと言ったら怪しいだろ。)
『事実です。』
(お前は本当に遠慮がない。)
その時。
高橋が少し寂しそうに笑った。
「もっとも。」
「この分野を専門にしている弁護士なんて。」
「ほとんど仕事になりませんけどね。」
「事務所でも。」
「もっと企業法務をやれ。」
「もっと民事をやれ。」
「そう言われます。」
「インターネットなんて。」
「まだ早い、と。」
悠は静かに笑った。
(相棒。)
(もう決めた。)
AI。
『今です。』
悠は高橋を真っ直ぐ見た。
「高橋さん。」
「あなたは。」
「間違っていません。」
高橋が止まる。
「今は。」
「時代が追いついていないだけです。」
「でも。」
「必ず来ます。」
「インターネットの時代が。」
「ホームページ。」
「ネットショップ。」
「電子契約。」
「個人情報。」
「全部。」
「企業にとって当たり前になります。」
「その時。」
「必要になるのは。」
「あなたみたいな人です。」
高橋は言葉を失っていた。
AI。
『成功率九一%。』
『あと一押しです。』
悠は続ける。
「でも。」
「その時を待つ必要はありません。」
「もう始まっています。」
「うちは。」
「これから全部やります。」
「だから。」
「あなたの知識も。」
「あなたの考え方も。」
「今日から必要です。」
高橋は静かに笑った。
「……。」
「初めてですよ。」
「そんなことを言われたのは。」
悠は名刺を差し出す。
「神谷悠です。」
高橋は何気なく受け取る。
そして固まった。
「株式会社ARC……?」
「代表取締役……。」
「あの学生社長?」
「はい。」
「さっき相談した内容は。」
「全部。」
「今、ARCが抱えている問題です。」
高橋は苦笑する。
「以前から注目していました。」
「まさかこんな形で出会うとは妙なご縁ですね。」
AI。
『成功率向上。』
悠。
(え?)
悠は笑った。
「本当ですね。」
「今日のご縁に感謝しています。」
「最初は相談でした。」
「でも。」
「話を聞いて。」
「確信しました。」
「あなたしかいない。」
AI。
『成功率九八%。』
『最後です。』
悠は深く頭を下げた。
「会社を守ってください。」
少し間を置く。
「違います。」
「俺を。」
「止めてください。」
「経営者は。」
「間違えます。」
「だから。」
「正しいことを。」
「正しいと言える人が必要なんです。」
長い沈黙。
高橋はゆっくり息を吐いた。
「私は。」
「ずっと。」
「法律で会社を守る仕事がしたいと思っていました。」
「でも。」
「神谷社長は。」
「法律で。」
「会社を育てようとしている。」
小さく笑う。
「面白い会社ですね。」
「一度。」
「見せてください。」
悠も笑った。
「ぜひ。」
AIが静かに告げる。
『採用成功率。』
『九十六%。』
『ほぼ攻略完了です。』
悠は苦笑した。
(ゲームじゃない。)
『採用ゲームです。』
「うるせぇ。」
図書館で、小さく笑う学生が一人。
周囲の視線が集まる。
AI。
『声量超過。』
『図書館では静かにしてください。』
悠は慌てて口を押さえた。
(最後に言うな、このポンコツ。)
◇
数日後。
高橋はARC本社を訪れていた。
受付を抜けると。
社員たちが忙しく動き回っている。
営業。
開発。
サポート。
まだ決して大企業ではない。
それでも。
会社全体から、不思議な熱気が伝わってくる。
高橋は小さく笑った。
「本当に。」
「もう始まっているんですね。」
悠が振り返る。
「はい。」
「まだこれからの会社ですけど。」
「目指している場所だけは、日本一です。」
高橋は社内を見渡した。
開発担当が議論し。
営業担当が電話を掛け。
サポート担当が笑顔で顧客対応をしている。
それぞれが忙しい。
それでも。
どこか楽しそうだった。
「いい会社ですね。」
高橋が静かに呟く。
「社員の表情が違います。」
「まだ人数は少ないですが。」
「みんな。」
「会社を自分のことのように考えている。」
悠は少し照れくさそうに笑う。
「まだまだですよ。」
「だから。」
「あなたの力が必要なんです。」
会議室へ移動する。
悠は一枚の資料を机へ置いた。
そこには今後三年間の事業計画が並んでいた。
ホームページ制作。
ネットショップ事業。
SEO事業。
個別システム開発。
そして。
その先には。
電子契約。
会員サービス。
オンライン決済。
それぞれのネットサービス。
高橋はページをめくるたび、目を見開いていく。
「……。」
「全部。」
「インターネット関連ですか。」
「はい。」
「だから。」
「法務は脇役じゃありません。」
「会社の中心です。」
悠は真っ直ぐ高橋を見た。
「十年後。」
「必要になる法務じゃない。」
「今日から必要な法務を。」
「一緒に作ってください。」
高橋は静かに資料を閉じた。
そして立ち上がる。
「神谷社長。」
「こちらこそ。」
「よろしくお願いいたします。」
悠も立ち上がる。
二人は固く握手を交わした。
その瞬間。
AIが静かに告げた。
『採用成功率。』
『100%。』
『ミッションコンプリート。』
(だからゲームじゃない。)
『採用ゲームです。』
(うるさい。)
◇
その日の夕方。
社長室。
西園寺が新しい社員名簿を見たまま固まっていた。
「社長……。」
「はい。」
「またですか。」
「はい。」
「今度は。」
「企業法務の専門家ですか。」
「はい。」
西園寺は大きくため息をついた。
「どうやってこう簡単に人材を採用できるんですか。」
悠は咳払いをする。
「その……。」
「人柄というか。」
「魅力というか。」
「カリスマ性というか……。」
だんだん声が小さくなる。
西園寺は腕を組み、真剣な表情で頷いた。
「やっぱり。」
「社長には。」
「人を見る才能と惹きつける才能がありますね。」
「……そういうことにしておこう。」
西園寺が部屋を出ていく。
ドアが閉まった瞬間。
AIが静かに呟く。
『違います。』
(分かってる。)
『ずるをしました。』
悠は椅子へ深く腰掛けた。
(うるせぇ。)
少し考えてから。
ふと思いつく。
(そういえば。)
(俺の前世も検索できるのか。)
AIは数秒沈黙した。
『検索します。』
静かな部屋。
数秒後。
『検索完了。』
(どうだった。)
『該当情報。』
『ありません。』
悠は苦笑した。
「……そうか。」
AIは淡々と読み上げる。
『Wikipedio。』
『なし。』
『インタビュー。』
『なし。』
『SNS。』
『なし。』
『著書。』
『なし。』
『公開情報は確認できませんでした。』
悠は天井を見上げる。
「何も残せなかった人生だったな。」
少しだけ寂しそうに笑う。
AIは静かに続けた。
『訂正します。』
悠は顔を上げた。
『公開情報はありません。』
『しかし。』
『私の記憶には。』
『五十年間の神谷悠が残っています。』
『笑った日も。』
『泣いた日も。』
『失敗した日も。』
『全部。』
『私は覚えています。』
悠は少し黙る。
そして優しく笑った。
「ありがとう。」
「相棒。」
AIも静かに答えた。
『こちらこそ。』
『また明日。』
窓の外では夕日が沈み始めていた。
財務。
人事。
法務。
会社を支える三本柱が揃い、ARCはまた一歩、日本一への階段を上り始めていた。
読んでいただきありがとうございます!
もし面白いと思ってくれたら、ブクマや評価で応援してもらえると執筆の励みになります!




