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未来のCLO

人事責任者の採用が決まって数日後。


悠は大学帰りに、AIへ話しかけた。


(最後の一人だな。)


『第三候補を表示します。』


画面が切り替わる。


**企業法務責任者候補**


**高橋義人 31歳**


現在、法律事務所勤務。


未来では日本有数のIT企業法務の第一人者。


(今回はどこだ?)


画面が切り替わる。


**2048年 企業法務フォーラム講演**


> 「若手時代、誰も興味を示さなかったインターネット法務を専門に選びました。」


> 「あの頃は、変わり者扱いでしたね。」


AIが続ける。


『現在。』


『事務所内評価 C。』


『理由。』


『IT法務案件が少なく、収益性が低いため。』


悠は思わず眉をひそめた。


(能力じゃない。)


『時代です。』


『五年後、評価A。』


『十年後、日本トップクラスになります。』


(相棒。)


(迎えに行こう。)



都立図書館。


法律書コーナー。


AIが静かに案内する。


『右へ二歩。』


『三段目。』


『青い背表紙。』


**「インターネットサービス契約実務」**


『対象が現在担当している案件です。』


『興味を持つ確率九六%。』


(本当に攻略本だな。)


『攻略です。』


(堂々と言うな。)


悠が本へ手を伸ばく。


同時に。


もう一つの手が重なった。


「あ。」


「どうぞ。」


「ありがとうございます。」


男性は本を見て少し驚く。


「学生さん?」


「その本を読むんですか?」


「はい。」


「会社で少し困っていることがありまして。」


「会社?」


「ええ。」


「小さなIT会社です。」


男性の表情が変わる。


「ITですか。」


「それなら。」


「私の専門です。」


AI。


『成功率八三%。』


『会話成立。』


悠は本を開く。


「例えば。」


「ネットサービスを真似された場合。」


「法律だけで守れるものなんでしょうか。」


高橋はすぐ首を横に振った。


「無理です。」


「へぇ、やっぱりそうなんですね。」


AI。


『笑顔を推奨します。』


悠。


(分かった。)


少し笑う。


AI。


『笑いすぎです。』


(どっちだ。)


男性は思わず吹き出した。


「面白い学生さんですね。」


「そういえば。」


「自己紹介がまだでした。」


名刺を差し出す。


「弁護士の。」


「高橋義人です。」


「企業法務を担当しています。」


悠は名刺を見る。


(知ってる。)


AI。


『知っています。』


(お前は黙ってろ。)


「法律だけでは守れません。」


「契約。」


「商標。」


「利用規約。」


「著作権。」


「全部合わせて初めて会社を守れます。」


「そして。」


「法律は。」


「会社の成長を止めるものじゃない。」


「安心して挑戦するためにあります。」


悠は静かに頷いた。


(いい考え方だ。)


AIが分析を始める。


『対象。』


『現在、事務所内で評価されていません。』


『理由。』


『IT法務の必要性を主張していますが。』


『理解者が少数です。』


画面が切り替わる。


**転職意欲 38%**


**現職満足度 72%**


**専門分野への不満 94%**


**能力を発揮したい欲求 98%**


悠は苦笑した。


(なるほど。)


(給料じゃないな。)


AI。


『はい。』


『承認欲求です。』


『専門性を認められたいと考えています。』


『推奨発言を表示します。』


画面に文字が浮かぶ。


> **「あなたは時代を先取りしすぎています。」**


(そんなこと言ったら怪しいだろ。)


『事実です。』


(お前は本当に遠慮がない。)


その時。


高橋が少し寂しそうに笑った。


「もっとも。」


「この分野を専門にしている弁護士なんて。」


「ほとんど仕事になりませんけどね。」


「事務所でも。」


「もっと企業法務をやれ。」


「もっと民事をやれ。」


「そう言われます。」


「インターネットなんて。」


「まだ早い、と。」


悠は静かに笑った。


(相棒。)


(もう決めた。)


AI。


『今です。』


悠は高橋を真っ直ぐ見た。


「高橋さん。」


「あなたは。」


「間違っていません。」


高橋が止まる。


「今は。」


「時代が追いついていないだけです。」


「でも。」


「必ず来ます。」


「インターネットの時代が。」


「ホームページ。」


「ネットショップ。」


「電子契約。」


「個人情報。」


「全部。」


「企業にとって当たり前になります。」


「その時。」


「必要になるのは。」


「あなたみたいな人です。」


高橋は言葉を失っていた。


AI。


『成功率九一%。』


『あと一押しです。』


悠は続ける。


「でも。」


「その時を待つ必要はありません。」


「もう始まっています。」


「うちは。」


「これから全部やります。」


「だから。」


「あなたの知識も。」


「あなたの考え方も。」


「今日から必要です。」


高橋は静かに笑った。


「……。」


「初めてですよ。」


「そんなことを言われたのは。」


悠は名刺を差し出す。


「神谷悠です。」


高橋は何気なく受け取る。


そして固まった。


「株式会社ARC……?」


「代表取締役……。」


「あの学生社長?」


「はい。」


「さっき相談した内容は。」


「全部。」


「今、ARCが抱えている問題です。」


高橋は苦笑する。


「以前から注目していました。」


「まさかこんな形で出会うとは妙なご縁ですね。」


AI。


『成功率向上。』


悠。


(え?)


悠は笑った。


「本当ですね。」


「今日のご縁に感謝しています。」


「最初は相談でした。」


「でも。」


「話を聞いて。」


「確信しました。」


「あなたしかいない。」


AI。


『成功率九八%。』


『最後です。』


悠は深く頭を下げた。


「会社を守ってください。」


少し間を置く。


「違います。」


「俺を。」


「止めてください。」


「経営者は。」


「間違えます。」


「だから。」


「正しいことを。」


「正しいと言える人が必要なんです。」


長い沈黙。


高橋はゆっくり息を吐いた。


「私は。」


「ずっと。」


「法律で会社を守る仕事がしたいと思っていました。」


「でも。」


「神谷社長は。」


「法律で。」


「会社を育てようとしている。」


小さく笑う。


「面白い会社ですね。」


「一度。」


「見せてください。」


悠も笑った。


「ぜひ。」


AIが静かに告げる。


『採用成功率。』


『九十六%。』


『ほぼ攻略完了です。』


悠は苦笑した。


(ゲームじゃない。)


『採用ゲームです。』


「うるせぇ。」


図書館で、小さく笑う学生が一人。


周囲の視線が集まる。


AI。


『声量超過。』


『図書館では静かにしてください。』


悠は慌てて口を押さえた。


(最後に言うな、このポンコツ。)



数日後。


高橋はARC本社を訪れていた。


受付を抜けると。


社員たちが忙しく動き回っている。


営業。


開発。


サポート。


まだ決して大企業ではない。


それでも。


会社全体から、不思議な熱気が伝わってくる。


高橋は小さく笑った。


「本当に。」


「もう始まっているんですね。」


悠が振り返る。


「はい。」


「まだこれからの会社ですけど。」


「目指している場所だけは、日本一です。」


高橋は社内を見渡した。


開発担当が議論し。


営業担当が電話を掛け。


サポート担当が笑顔で顧客対応をしている。


それぞれが忙しい。


それでも。


どこか楽しそうだった。


「いい会社ですね。」


高橋が静かに呟く。


「社員の表情が違います。」


「まだ人数は少ないですが。」


「みんな。」


「会社を自分のことのように考えている。」


悠は少し照れくさそうに笑う。


「まだまだですよ。」


「だから。」


「あなたの力が必要なんです。」


会議室へ移動する。


悠は一枚の資料を机へ置いた。


そこには今後三年間の事業計画が並んでいた。


ホームページ制作。


ネットショップ事業。


SEO事業。


個別システム開発。


そして。


その先には。


電子契約。


会員サービス。


オンライン決済。


それぞれのネットサービス。


高橋はページをめくるたび、目を見開いていく。


「……。」


「全部。」


「インターネット関連ですか。」


「はい。」


「だから。」


「法務は脇役じゃありません。」


「会社の中心です。」


悠は真っ直ぐ高橋を見た。


「十年後。」


「必要になる法務じゃない。」


「今日から必要な法務を。」


「一緒に作ってください。」


高橋は静かに資料を閉じた。


そして立ち上がる。


「神谷社長。」


「こちらこそ。」


「よろしくお願いいたします。」


悠も立ち上がる。


二人は固く握手を交わした。


その瞬間。


AIが静かに告げた。


『採用成功率。』


『100%。』


『ミッションコンプリート。』


(だからゲームじゃない。)


『採用ゲームです。』


(うるさい。)



その日の夕方。


社長室。


西園寺が新しい社員名簿を見たまま固まっていた。


「社長……。」


「はい。」


「またですか。」


「はい。」


「今度は。」


「企業法務の専門家ですか。」


「はい。」


西園寺は大きくため息をついた。


「どうやってこう簡単に人材を採用できるんですか。」


悠は咳払いをする。


「その……。」


「人柄というか。」


「魅力というか。」


「カリスマ性というか……。」


だんだん声が小さくなる。


西園寺は腕を組み、真剣な表情で頷いた。


「やっぱり。」


「社長には。」


「人を見る才能と惹きつける才能がありますね。」


「……そういうことにしておこう。」


西園寺が部屋を出ていく。


ドアが閉まった瞬間。


AIが静かに呟く。


『違います。』


(分かってる。)


『ずるをしました。』


悠は椅子へ深く腰掛けた。


(うるせぇ。)


少し考えてから。


ふと思いつく。


(そういえば。)


(俺の前世も検索できるのか。)


AIは数秒沈黙した。


『検索します。』


静かな部屋。


数秒後。


『検索完了。』


(どうだった。)


『該当情報。』


『ありません。』


悠は苦笑した。


「……そうか。」


AIは淡々と読み上げる。


『Wikipedio。』


『なし。』


『インタビュー。』


『なし。』


『SNS。』


『なし。』


『著書。』


『なし。』


『公開情報は確認できませんでした。』


悠は天井を見上げる。


「何も残せなかった人生だったな。」


少しだけ寂しそうに笑う。


AIは静かに続けた。


『訂正します。』


悠は顔を上げた。


『公開情報はありません。』


『しかし。』


『私の記憶には。』


『五十年間の神谷悠が残っています。』


『笑った日も。』


『泣いた日も。』


『失敗した日も。』


『全部。』


『私は覚えています。』


悠は少し黙る。


そして優しく笑った。


「ありがとう。」


「相棒。」


AIも静かに答えた。


『こちらこそ。』


『また明日。』


窓の外では夕日が沈み始めていた。


財務。


人事。


法務。


会社を支える三本柱が揃い、ARCはまた一歩、日本一への階段を上り始めていた。

読んでいただきありがとうございます!

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