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未来のCHRO

橘慎吾がARCへの入社を決めてから、一週間。


悠は大学の講義を終え、駅へ向かって歩いていた。


『二人目の候補を表示します。』


頭の中へ、AIの声が響く。


(もう次か。)


『会社の成長速度を考慮すると、合理的です。』


画面が切り替わる。


**人事責任者候補。**


佐伯健太 二十九歳。


現在、人材会社勤務。


未来では数万人規模の企業で人事責任者を務める人物。


(居場所は?)


画面がさらに切り替わる。


**Wikipedio(2045年版)**


> 趣味:釣り


その下には未来のインタビュー記事。


> 「休日に一人で釣りをしている時間が、一番頭の整理になります。」


悠は思わず笑った。


(そんなことまで残ってるのか。)


『前世で公開されていた情報をデータベース化しています。』


(便利すぎるだろ。)


『公開情報のみです。』


『違法な情報取得は行っていません。』


(そこは安心した。)



休日。


都内の釣り堀。


悠は人生で二回目の釣りだった。


もちろん初心者である。


『対象を確認しました。』


少し離れた場所で、一人の男性が静かに釣り糸を垂らしていた。


間違いない。


未来の人事責任者だ。


(で?)


(どうする。)


『まず。』


『魚を釣ってください。』


悠は固まった。


(……は?)


『魚を釣ってください。』


(聞こえてる。)


(なんで。)


『対象は釣りが好きです。』


『魚が釣れない人より。』


『釣れる人へ親近感を抱きます。』


悠は苦笑した。


(攻略対象は人だろ。)


『魚です。』


(違う。)


『まず魚です。』


(ゲームか。)


悠は餌を投げる。


……。


反応なし。


五分後。


隣で男性が一匹釣り上げた。


『好感度。』


『低下中。』


(魚で好感度が決まるのかよ。)


『現在、対象は。』


『「初心者かな」と判断しています。』


(合ってる。)


『餌を変更してください。』


(魚の攻略本じゃねぇか。)


言われるまま餌を変える。


数分後。


ピクッ。


竿が大きくしなる。


「うわっ!」


慌てて引き上げると、小さな魚が一匹。


『成功しました。』


『第一段階突破です。』


(段階制なのか。)


隣の男性が笑った。


「おめでとうございます。」


「ありがとうございます。」


「初めてですか?」


「二回目です。」


「それなら十分ですよ。」


自然に会話が始まった。


悠は内心で頷く。


(なるほど。)


(こうやって話しかけるきっかけを作るのか。)


『はい。』


『魚は重要です。』


(お前、今日ずっと魚しか言ってないな。)


十分ほど釣りを楽しんだところで、AIが静かに告げる。


『次です。』


『釣りの話題は終了してください。』


(早くないか。)


『十分です。』


『仕事の話題へ移行します。』


(攻略ゲームみたいだな。)


『採用ゲームです。』


(ゲームにするな。)


悠は笑いながら尋ねた。


「何のお仕事をされてるんですか?」


男性は少し驚いた後、小さく笑った。


「人を見る仕事ですよ。」


「人事をしています。」


その言葉を聞いて。


悠は少し黙った。


(相棒。)


(ここで押すか。)


『推奨します。』


悠は静かに尋ねる。


「一つ聞いてもいいですか。」


「もちろん。」


「人事って。」


「何が一番大事だと思います?」


男性は少し考えた。


「会社によって答えは違います。」


「でも。」


「私なら。」


「人を採ることじゃありません。」


悠が少し驚く。


「違うんですか?」


男性は穏やかに笑った。


「採用なんて。」


「入口です。」


「本当に大切なのは。」


「入社してから。」


「その人が。」


『この会社へ入って良かった。』


「そう思えることです。」


悠は真剣に耳を傾ける。


男性は続けた。


「採用するだけなら。」


「誰でもできます。」


「でも。」


「人を育てる仕組み。」


「人が辞めたくない環境。」


「人が成長できる制度。」


「そこまで作って。」


「初めて人事の仕事だと思っています。」


悠は思わず笑った。


(いい。)


(すごくいい。)


AIが静かに告げる。


『心拍数上昇。』


『相棒。』


『惚れましたね。』


(うるさい。)


悠はさらに尋ねた。


「でも。」


「現実は難しいですよね。」


男性は苦笑する。


「ええ。」


「理想通りにはいきません。」


「現実は。」


「今年は何人採用。」


「来年は何人採用。」


「数字ばかりです。」


「採用した後は現場任せ。」


「辞めても。」


「また採ればいい。」


「そんな考え方も少なくありません。」


少しだけ寂しそうに笑う。


「本当は。」


「人が辞めない会社を作りたいんですけどね。」


悠は静かに頷いた。


(やっぱり。)


(この人だ。)


AIの画面が切り替わる。


---


**佐伯健太**


**人材育成への関心 99%**


**現在の悩み**


・採用人数ばかり評価される


・教育制度に関われない


・人材育成を実現できない


---


『対象分析完了。』


『最大欲求。』


『人材育成です。』


悠は小さく笑った。


(攻略本だな。)


『事実です。』


男性がこちらを見た。


「釣り。」


「あまり集中できてませんね。」


悠が顔を上げる。


「え?」


「さっきから。」


「魚より。」


「私の話を聞く方が楽しそうです。」


悠の手が止まる。


(バレた。)


『対象。』


『観察力が非常に高いです。』


『表情管理を推奨します。』


(もっと早く言え。)


男性は笑った。


「仕事柄なんです。」


「人を見る癖がありまして。」


「何か相談でもありますか?」


悠は苦笑する。


「そんなに分かりやすかったですか。」


「ええ。」


「かなり。」


二人は思わず笑った。


悠は静かに釣り糸を見つめる。


(相棒。)


(決めた。)


『はい。』


『推奨します。』


悠はゆっくり頷いた。


(この人を。)


(ARCへ迎えよう。)


湖面を渡る風が、静かに二人の間を吹き抜けた。


悠は少し迷ったあと、内ポケットから一枚の名刺を取り出した。


「実は。」


「少し、お話ししたいことがありまして。」


佐伯は何気なく受け取る。


会社名を見る。


「株式会社ARC……?」


その瞬間。


表情が変わった。


「え?」


「あの急成長しているARCですか?」


さらに役職を見る。


**代表取締役 神谷悠**


「学生社長って……。」


「あなたですか?」


「一応。」


佐伯は名刺と悠の顔を何度も見比べた。


「新聞では拝見したことがあります。」


「でも。」


「実際に会うと。」


「もっと落ち着いた方ですね。」


悠は苦笑した。


「よく言われます。」


佐伯は名刺を大切そうにしまう。


「それで。」


「何のお話でしょう?」


悠は真っ直ぐ佐伯を見た。


「佐伯さん。」


「さっき。」


「採用は入口だと言いましたよね。」


「はい。」


「本当に大切なのは。」


「入社してからです。」


悠は頷いた。


「その言葉を聞いて。」


「ぜひ。」


「あなたにARCへ来ていただきたいと思いました。」


佐伯は少し驚いたように笑う。


「いきなりですね。」


「まだ。」


「私の名前も知らないでしょう?」


悠は少しだけ言葉に詰まる。


(相棒。)


(どう返す。)


AIが静かに表示する。


---


**推奨回答**


『経営者の勘です。』


成功率 68%


---


(低いな。)


『別案を表示します。』


新しい文章が浮かぶ。


> **「話を聞いて確信しました。」**


> **成功率 94.8%**


(最初からそれを出せ。)


悠は笑った。


「最初は。」


「人事の仕事をしている方だと聞いていました。」


「でも。」


「さっき話を聞いて。」


「確信しました。」


「この人と一緒に会社を作りたい、と。」


佐伯は少し驚いた表情を見せる。


「……会社を作る?」


悠は力強く頷いた。


「はい。」


「人事担当をお願いしたいんじゃありません。」


佐伯の眉が少し動く。


「ARCも。」


「ここ一年で社員が一気に増えました。」


「でも。」


「今、一番困っているのは採用じゃない。」


「人を育てる仕組みです。」


「教育制度。」


「評価制度。」


「キャリアプラン。」


「新人が安心して成長できる環境。」


「全部。」


「これから作らなければいけません。」


AIが静かに告げる。


『対象分析。』


『成功率九一・三%。』


『継続してください。』


悠は続けた。


「会社を大きくするのは。」


「商品でも。」


「技術でもありません。」


「最後は、人です。」


「だから。」


「人を採る人じゃない。」


「人を守る人が必要なんです。」


佐伯の表情が変わった。


悠はさらに言葉を重ねる。


「社員が。」


『この会社へ入って良かった。』


「五年後も。」


「十年後も。」


「そう思える会社を作りたい。」


「その会社を。」


「一緒に作ってください。」


長い沈黙が流れた。


やがて佐伯が静かに口を開く。


「神谷社長。」


「実は。」


「最近。」


「少し悩んでいました。」


悠は黙って耳を傾ける。


「今年は何人採用。」


「来年は何人採用。」


「評価されるのは。」


「いつも数字だけです。」


「入社した後は現場任せ。」


「辞めても。」


「また採ればいい。」


「私は。」


「そんな人事にはなりたくありませんでした。」


AIが静かに表示する。


---


**最大欲求**


『人を育てたい』


一致率 九十九%


---


『今です。』


悠はゆっくり頷いた。


「その違和感。」


「ARCで終わらせましょう。」


「採用して終わりじゃない。」


「採用してから始まる会社を。」


「一緒に作ってください。」


佐伯は思わず笑った。


「神谷社長。」


「さっき私は言いました。」


「一緒に働きたいと思えるか。」


「最後はそこです、と。」


「はい。」


「今日。」


「それを決めたのは。」


「私じゃありません。」


悠は少し驚く。


佐伯は立ち上がった。


「神谷社長。」


「あなたです。」


「私が。」


「本当にやりたかった人事を。」


「初めて理解してくれました。」


「ぜひ。」


「一度会社を見せて頂けませんか。」


悠も立ち上がる。


二人は固く握手を交わした。



数日後。


佐伯はARC本社を訪れた。


社内では営業が電話をかけ。


開発チームが仕様書を広げ。


サポート担当が顧客対応をしている。


まだ決して大企業ではない。


それでも。


社員一人ひとりの目は輝いていた。


「いい会社ですね。」


佐伯が静かに呟く。


「まだ制度は未完成です。」


「でも。」


「皆さん。」


「会社を自分のことのように考えている。」


悠は笑った。


「だから。」


「その気持ちを守ってください。」


「会社が大きくなっても。」


「変わらないように。」


佐伯は力強く頷く。


「お任せください。」


「採用だけじゃない。」


「人が成長し続けられる会社を作ります。」


こうして。


佐伯健太はARCへの入社を決めた。



その日の夕方。


社長室。


西園寺が新しい組織図を見つめたまま固まっていた。


「社長……。」


「はい。」


「また見つけたんですか?」


「はい。」


「今度は人事ですか。」


「はい。」


西園寺は呆れたように笑う。


「人材って。」


「そんな簡単に見つかるものなんですか。」


悠は咳払いをする。


「まあ。」


「その……。」


「人柄というか。」


「なるほど。」


西園寺は真剣な表情で頷いた。


「やっぱり。」


「社長はすごいですね。」


悠は苦笑した。


「……そういうことにしておこう。」


西園寺が部屋を出ていく。


静かになった社長室。


AIが一言だけ呟いた。


『違います。』


(分かってる。)


『公開情報の分析です。』


『ずるをしました。』


悠は椅子にもたれた。


(うるせぇ。)


未来。


数万人の社員を支え、日本一の企業の人材を守る男。


その男は今。


まだ誰にも知られない一人の人事担当として、ARCの仲間になった。

読んでいただきありがとうございます!

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