偏差値40.2
学校から帰ると、俺は制服のまま自分の部屋へ入った。
六畳ほどの小さな部屋。
少し色あせたカーテン。
壁際の勉強机。
読みかけの参考書。
六十三年ぶりに見る、自分の部屋だった。
「……今更だが、本当に戻ってきたんだな。」
思わず小さく笑う。
八十歳まで生きた記憶がある。
あの孤独な白い天井。
最期の夜。
『また明日。』
あの声は、今でも耳に残っている。
でも目の前にあるのは、高校三年生の春。
十七歳の俺の部屋だった。
感傷に浸っている場合じゃない。
俺には確認したいことがあった。
机の引き出しを開ける。
教科書。
ノート。
プリント。
奥の方に、一枚の封筒が残っていた。
「……あった。」
高校三年。
四月の全国模試。
ゆっくりと紙を取り出す。
国語 42
数学 37
英語 39
理科 41
社会 43
そして、一番下。
総合偏差値 40.2
「…………。」
部屋の空気が止まる。
「ひどいな。」
『はい。』
「おい。」
『事実です。』
「少しは慰めろ。」
『事実を変更する機能はありません。』
「……このポンコツ。」
『ありがとうございます。』
「褒めてない。」
思わず笑ってしまう。
だが、その笑顔はすぐに消えた。
偏差値四十。
知っていた。
だから探した。
現実から逃げないために。
紙を見つめていると、未来の記憶が静かによみがえる。
高校を卒業した。
浪人した。
それなりに勉強もした。
それでも届かなかった。
「もう一年頑張れ。」
そう言ってくれた人もいた。
でも、俺は逃げた。
大学進学を諦めた。
「……あそこからだったな。」
人生が少しずつ狂い始めたのは。
学歴が全てじゃない。
そんなことは分かっている。
社会に出れば、実力の方が大切な場面も多い。
実際、就職、転職、独立もした。
小さな成功や金を稼いだこともあった。
それでも。
結局は失敗、後悔だけが残った。
挑戦しなかったこと。
失ってから気付いた家族の大切さ。
親孝行を先延ばしにしたこと。
「まだ大丈夫。」
そう思い続けているうちに、できなくなったこと。
やり直したい。
その思いだけを抱えて、俺は人生を終えた。
だから。
神様なのか。
奇跡なのか。
理由は分からない。
でも俺は、もう一度十七歳の春に立っている。
模試の紙を机へ置く。
偏差値四十。
これが今の俺だ。
「……変われるかな。」
誰に向けた言葉でもない。
自分自身への問いだった。
『変われます。』
静かな声が返ってくる。
「根拠は?」
『私がいます。』
思わず苦笑する。
「便利な言葉だな。」
『事実です。』
俺は椅子にもたれ、大きく息を吐いた。
「今回は大学へ行こう。」
「三流大学でいい。」
「いや……。」
「入れれば、それで十分だ。」
『相棒。』
AIが静かに俺を呼ぶ。
『その判断は推奨できません。』
「……また始まったか。」
俺は天井を見上げ、小さくため息をついた。
AIが次に口にした一言で、俺の人生はもう一度、大きく動き始めることになる。




