最初の投資
家の玄関を開ける。
「ただいま。」
「おかえりー。」
キッチンから母さんの声が聞こえる。
醤油の香り。
鍋の湯気。
テレビの音。
リビングでは父さんが新聞を片手にニュースを見ていた。
「学校どうだった。」
「普通。」
「そうか。」
何気ない会話。
何気ない夕方。
だけど――。
(帰ってきた。)
(本当に帰ってきたんだ……。)
八十歳まで生きた俺には、この景色が眩しかった。
あと何十年も。
この人たちは生きている。
もう一度、一緒に笑える。
胸の奥が熱くなる。
「どうした?」
「いや。」
「なんでもない。」
俺は笑って食卓に座った。
夕食を食べ終え、自分の部屋へ戻る。
机の上には教科書が積まれている。
ああ、本当に二〇〇〇年なんだ。
その時だった。
『相棒。』
「ん?」
『投資を開始しますか。』
「投資?」
「株か?」
『いいえ。』
『自分への投資です。』
「自分?」
『はい。』
『英語。』
『数学。』
『プログラミング。』
『経営。』
『全て必要になります。』
俺は天井を見上げた。
「結局勉強かよ……。」
『はい。』
『未来への最も利益率の高い投資です。』
思わず笑ってしまう。
「本当に大したチートだな、お前。」
『ありがとうございます。』
「褒めてない。」
『はい。』
……なんなんだ、こいつ。
未来最先端のAIなのに。
肝心なところだけ、とことんポンコツだ。
でも。
そのポンコツさが、少しだけ心地いい。
俺は机に座り、教科書を手に取る。
シャーペンを握る。
「こういうところなんだよ。」
『どういうところでしょうか。』
「お前が信用できる理由。」
「楽な道じゃない。」
「一番正しい道を教えてくれる。」
少しだけ沈黙が流れた。
いつもなら、すぐ返事をするAIが珍しく黙っている。
そして。
『……ありがとうございます。』
その声は、どこか少しだけ柔らかく聞こえた。
俺は思わず笑う。
「今度は褒めてる。」
『理解しました。』
教科書を開く。
真新しいノートを取り出す。
八十歳まで生きた男が。
十七歳の机に向かう。
ゼロから。
もう一度。
「よし。」
「未来を作るか。」
『はい。』
『ここからが、本当のスタートです。』




