大学生だった
「……そういえば。」
昼休み。
ARCの事務所で昼食を食べていた白石が、ふと思い出したように口を開いた。
「もうすぐ後期試験だけど。」
部屋の空気が止まる。
悠と九条が同時に顔を上げた。
「……。」
「……。」
「どうしたの?」
白石が首を傾げる。
悠がゆっくり口を開く。
「忘れてた。」
九条も頷く。
「俺も。」
白石は額へ手を当てた。
「社長と開発責任者が、それで大丈夫なの?」
その時だった。
『相棒。』
AIが静かに告げる。
『現在の履修状況を確認しました。』
「嫌な予感しかしない。」
『試験につきましては問題ありません。』
悠はほっと息を吐く。
「よかった。」
『しかし。』
「嫌な予感しかしないな。」
『出席回数不足により、一部講義で単位取得が困難と予測されます。』
「……。」
悠は静かに天井を見上げた。
「先に言えよ。」
『会社経営を優先しているものと判断しました。』
「大学も優先しろ。」
「このポンコツ。」
『申し訳ありません。』
九条がぼそりと呟く。
「留年。」
「嫌。」
「お前が言うな。」
白石は苦笑した。
「とにかく。」
「今日は大学へ行こう。」
◇
久しぶりの東大キャンパス。
「あれ?」
「神谷じゃない?」
「本当にいた。」
「最近全然見なかったよね。」
「新聞の人だ。」
キャンパス内は、思っていた以上にざわついていた。
悠は苦笑する。
「少し有名になりすぎたかな。」
白石が笑う。
「ARCの社長なんだから当然でしょ。」
九条だけは何も気にせず歩いている。
「腹減った、まず学食行く?」
「お前、本当にマイペースだな。」
◇
午後。
三人は担当教授の研究室を訪れていた。
教授は新聞記事を机へ置きながら笑う。
「神谷君。」
「最近は新聞で見ることの方が多いね。」
「ご無沙汰しております。」
「会社経営。」
「順調らしいじゃないか。」
「おかげさまで。」
教授は少し真面目な表情になる。
「だが。」
「会社で成功したことと。」
「学生としての責任は別だ。」
「はい。」
悠は素直に頷いた。
「出席不足は事実です。」
「特別扱いはしません。」
「ありがとうございます。」
教授は一瞬、驚いたような表情を見せた。
「文句を言わないんだね。」
「ルールですから。」
教授は満足そうに頷いた。
「その代わり。」
「一つ提案がある。」
悠は顔を上げる。
「君が今。」
「会社で実践している経営。」
「それは、この講義内容を現実で試しているとも言える。」
教授はゆっくり続ける。
「会社経営を研究テーマとしたレポートを提出しなさい。」
「講義で学んだ理論を。」
「実際にどう活用したのか。」
「あるいは。」
「理論と現実の違いは何だったのか。」
「それをまとめること。」
「内容が十分であれば。」
「出席不足分の代替課題として評価しよう。」
悠は思わず笑顔になった。
「ありがとうございます。」
教授も笑う。
「これは特別扱いではない。」
「実社会で学んだことも。」
「立派な学びだからね。」
「期待しているよ。」
◇
それぞれの研究室を出ると。
白石が小さく息を吐いた。
「助かったね。」
「いや。」
九条は首を横へ振る。
「宿題が増えた。」
「確かに。」
白石が笑う。
九条が一言。
「レポート。」
「嫌い。」
悠は肩をすくめた。
「俺も。」
『安心してください。』
AIが静かに告げる。
『レポート構成案を三十二パターン作成しました。』
悠が立ち止まる。
「早いな。」
『さらに。』
『徹夜で執筆した場合。』
『最短七時間四十三分で完成します。』
悠は苦笑した。
「徹夜させるな。」
『睡眠時間を四時間まで短縮すると——』
「このポンコツ。」
『……。』
『睡眠時間を六時間へ修正します。』
「そういう問題じゃない。」
久しぶりに。
三人は会社ではなく。
大学生らしい時間を過ごしていた。
その日の夕方。
ARC事務所へ戻ると、一通のメールが届いていた。
差出人は――黒崎誠司。
**『販売・導入・開発パートナー契約について**
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