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見つけてもらうために

販売・導入・開発パートナー契約の基本合意から数日後。


都内の料亭。


落ち着いた個室に、両社の主要メンバーが顔をそろえていた。


ARCからは神谷悠、西園寺恒一、九条玲司。


競合会社からは、代表取締役の黒崎誠司、営業部長、技術部長。


正式な契約条件については、すでに担当者同士で話し合いが進んでいる。


この日の目的は、数字や条項を詰めることではなかった。


互いの責任者が直接顔を合わせ。


これから、どのような関係を築いていくのか。


その未来を共有するための会食だった。


料理が運ばれ、店員が順番に飲み物を置いていく。


黒崎と営業部長の前にはビール。


技術部長と西園寺には日本酒。


九条の前には烏龍茶。


そして悠の前には、氷の浮いたコーラが置かれた。


黒崎はグラスを持ち上げかけ、悠の手元を見た。


「神谷社長は、飲まれないのですか。」


悠が答えるより先に、西園寺が笑った。


「飲めません。」


「社長は、まだ未成年ですから。」


競合側の三人が、一瞬そろって固まった。


営業部長が悠の顔を改めて見る。


「……そういえば、まだ大学生でしたね。」


技術部長も小さく呟く。


「完全に忘れていました。」


黒崎は思わず笑った。


「危うく酒を勧めるところだった。」


「失礼しました。」


悠もコーラのグラスを持ち上げる。


「よく忘れられます。」


「私も少し前まで。」


「学生の寄せ集めだと思っていたはずなんだがな。」


黒崎は苦笑した。


「実際に会うと、余計に学生には見えない。」


西園寺が横から口を挟む。


「中身だけなら、私より年上だと思う時があります。」


悠は西園寺を見る。


「それ、どういう意味ですか。」


「褒めています。」


「本当ですか。」


小さな笑いが広がった。


つい先日まで、市場で激しく争っていた会社同士とは思えない。


張り詰めていた空気が、少しずつ和らいでいく。


黒崎がグラスを掲げた。


「それでは。」


「これからの新しい関係に。」


悠もコーラを掲げる。


「よろしくお願いします。」


六つのグラスが、静かに触れ合った。



料理が一通り運ばれた頃。


黒崎は悠へ視線を向けた。


「西園寺さんから。」


「我々を随分と高く評価していると聞きました。」


悠は箸を止める。


「事実を伝えただけです。」


「営業力も。」


「技術力も。」


「撤退の判断も。」


「ARCより上だと?」


「はい。」


悠は迷わず頷いた。


黒崎は苦笑する。


「負けた側を慰めているようにも聞こえます。」


「慰めるためなら。」


「パートナー契約までは提案しません。」


悠は静かに答えた。


「今回は、商品で勝てただけです。」


「もし同じ商品を持っていたら。」


「営業力の差で、ARCが負けていたと思います。」


営業部長の表情が、わずかに変わる。


悠は続けた。


「値下げ。」


「紹介キャンペーン。」


「キャッシュバック。」


「市場を取るために、必要な手を迷わず打った。」


「普通の会社では、あそこまで徹底できません。」


「それだけではありません。」


悠は黒崎を見る。


「勝てないと判断した時。」


「事業から撤退した。」


「投入した資金も。」


「社員の努力も。」


「経営者としての意地もあったはずです。」


「それでも会社全体を守るために退いた。」


「経営者として、一流の判断だと思っています。」


黒崎は、しばらく何も言わなかった。


やがて、少し照れたようにグラスへ口をつける。


「そこまで正面から言われると。」


「少し困るな。」


営業部長が笑う。


「社長が褒められて困っているところを、初めて見ました。」


「余計なことを言うな。」


会食の場に、穏やかな笑いが広がった。


一方。


技術部長は、九条へ視線を向けていた。


「私も。」


「一度、ゆっくり話をしてみたかった。」


九条が料理から顔を上げる。


「何を。」


「例の分散構造です。」


「どうやって複数企業を、同じ仕組みの中で動かしているのか。」


九条は少し考える。


「長くなる。」


「構いません。」


「紙が必要。」


「持ってきています。」


技術部長はすぐに鞄からノートを取り出した。


九条の目が、わずかに輝く。


悠はその様子を見て苦笑した。


今夜は、かなり長くなりそうだった。



しばらく経営や技術について言葉を交わした後。


黒崎が悠へ尋ねた。


「神谷社長。」


「一つ、聞いてもいいですか。」


「はい。」


「ARCは、次に何をするつもりですか。」


西園寺も悠を見る。


九条は技術部長との会話を続けていたが、わずかに耳を傾けていた。


黒崎は続ける。


「販売。」


「導入支援。」


「個別開発。」


「我々が加われば、ARCショップメーカーの導入企業はさらに増えるでしょう。」


「ですが。」


「あなたが、更にその先も見据えている気がするんだ。」


悠は少し笑った。


「よく分かっていますね。」


「負けた相手ですから。」


「少しくらいは直感で分かります。」


黒崎も笑う。


悠はコーラのグラスを机へ置いた。


「次に新しいものを作る前に。」


「今あるものを、どう成功させるかを考えています。」


「今あるもの?」


「ネットショップです。」


悠は全員を見回す。


「現在、契約企業は急速に増えています。」


「御社が販売へ加われば。」


「その速度は、さらに上がる。」


営業部長が頷いた。


「全国の営業先へ提案する準備を進めています。」


「この価格と機能なら。」


「かなりの数を取れるはずです。」


「ええ。」


悠も頷く。


「ショップは、これから一気に増えます。」


「でも。」


「増えた先に、次の問題が起きる。」


黒崎の表情が真剣になる。


「どのような問題ですか。」


悠は、ゆっくりと言った。


「見つけてもらえなくなります。」


「……見つけてもらえない?」


「はい。」


「ネットショップを作れば。」


「自動的にお客様が来るわけではありません。」


「店が十軒しかないなら。」


「一軒ごとの存在は目立ちます。」


「でも。」


「百軒。」


「千軒。」


「一万軒と増えれば。」


「ただ作っただけの店は、埋もれていく。」


営業部長が腕を組む。


「確かに。」


「最近すでに。」


「ショップを作ったがアクセスがない、という相談が出てきています。」


西園寺も頷く。


「ARCにも来ています。」


「何を売るかではなく。」


「どうすれば見てもらえるのか、と。」


黒崎が尋ねた。


「広告ですか。」


「広告も一つです。」


「ですが。」


「これから、もっと重要になるものがあります。」


悠は一度、言葉を切った。


「検索です。」


技術部長が顔を上げる。


「Yohoo!やCoogleですか。」


「はい。」


「インターネットを使う人が増えるほど。」


「欲しいものを探す時、検索を使う人も増える。」


「その時。」


「同じ商品を売っている店が二つあれば。」


「検索結果の上に出る店と。」


「何ページも後ろに出る店では。」


「アクセス数が大きく変わります。」


黒崎が考え込む。


「検索結果の順位を。」


「意図的に上げるということですか。」


「正確には。」


「検索側から評価されやすいサイトを作る。」


悠は答えた。


「ページのタイトル。」


「商品の説明文。」


「サイトの構造。」


「情報量。」


「関連するサイトからのリンク。」


「検索される言葉を意識したページ作り。」


「そうしたものを整えることで。」


「見つけてもらえる可能性を上げます。」


技術部長が静かに呟いた。


「検索エンジン最適化……。」


悠は頷く。


「SEOです。」


まだ一般的とは言えない言葉だった。


だが。


悠の説明を聞けば、その必要性はすぐに理解できた。


黒崎が尋ねる。


「ARCで、その機能を作るのですか。」


「いいえ。」


悠は首を横へ振る。


「検索エンジン自体は、すでにYohoo!やCoogleがあります。」


「今からARCが作る意味は薄い。」


「莫大な費用も時間もかかります。」


「それより。」


「今ある検索を、どう活用するかを考えるべきです。」


黒崎はゆっくり頷いた。


「合理的だ。」


悠は黒崎たちへ向き直る。


「実は。」


「御社には、販売や導入支援。」


「個別開発以外にも。」


「もっと重要な仕事をお願いしたいと思っています。」


会食の空気が変わる。


「それが。」


悠ははっきり告げた。


「SEOです。」


黒崎の目が細くなる。


「我々に?」


「はい。」


「ARCは今後。」


「より先の技術開発へ進まなければなりません。」


「全契約企業へ共通する基盤。」


「サービスの安定性。」


「新しいサービス開発。」


「その開発へ集中する必要があります。」


「一方。」


「SEOは一社ごとに扱う商品も。」


「狙うお客様も。」


「必要な言葉も違う。」


「現場を知る人間が。」


「お客様と一緒に作っていく仕事です。」


悠は営業部長を見る。


「御社には営業力がある。」


次に技術部長を見る。


「サイトを分析し。」


「修正できる技術力もある。」


最後に黒崎を見る。


「そして。」


「顧客の事業を理解して。」


「必要な投資を決められる経営力がある。」


「この仕事は。」


「ARCより御社の方が向いています。」


技術部長が真剣な表情で尋ねた。


「具体的には。」


「何をする想定ですか。」


「まずは、お客様の商品と市場を調べる。」


「どのような言葉で検索されるのかを考える。」


「その言葉を意識して、商品ページや説明文を修正する。」


「サイトの構造も見直す。」


「必要なら関連サイトへ働きかける。」


「一度対策して終わりではありません。」


「検索順位。」


「アクセス数。」


「売上。」


「それらを見ながら、改善を続ける。」


営業部長が驚いたように言う。


「商品を売って終わりではなく。」


「売上が伸びるまで支援するのか。」


「はい。」


「ARCショップメーカーを導入した企業が成功しなければ。」


「いずれ解約されます。」


「ショップの数だけ増えても意味がない。」


「一社でも多く。」


「実際に売れる店を作る必要があります。」


技術部長が口を開く。


「社長。」


「これは面白いと思います。」


「現在の技術者を。」


「ただ個別開発へ回すだけではない。」


「検索順位やアクセス数を分析し。」


「改善する仕事なら。」


「これまでの開発経験も生かせます。」


営業部長も頷く。


「営業としても。」


「商品を売って終わりではなくなります。」


「お客様の売上が伸びれば。」


「次の紹介にもつながる。」


「継続的な支援契約にもできるでしょう。」


黒崎は二人の意見を聞きながら、しばらく黙っていた。


SEO。


販売手数料だけではない。


導入後も継続して顧客を支援し、その対価を得られる。


うまく育てれば。


撤退したネットショップ事業に代わる、新たな収益の柱になり得る。


黒崎は悠を見つめた。


「神谷社長。」


「一つ、聞いてもいいですか。」


「はい。」


「今の話は。」


「我々にとって、かなり条件がいい。」


「販売だけではなく。」


「個別開発。」


「導入支援。」


「さらにSEOという新しい事業まで任せてもらえる。」


悠は黙って続きを待った。


「これをARCでやれば。」


「あなた方の売上になるのではありませんか。」


「すでに顧客もいる。」


「技術もある。」


「自分たちでSEO支援まで提供すれば。」


「さらに利益を伸ばせるはずです。」


営業部長と技術部長も悠を見る。


それは当然の疑問だった。


成長が見込める新事業を。


なぜ、わざわざ別の会社へ渡すのか。


悠は少しだけ笑った。


「確かに。」


「ARCでやれば、売上は増えると思います。」


「では、なぜ。」


悠はコーラのグラスを静かに机へ置いた。


「自分たちだけが強くなっても。」


「意味がないからです。」


黒崎の目がわずかに細くなる。


「意味がない?」


「はい。」


「パートナーというのは。」


「片方だけが利益を得る関係ではありません。」


「ARCだけが成長し。」


「御社には商品を売ってもらうだけ。」


「それでは、下請けと変わりません。」


会食の場が静かになる。


悠は続けた。


「御社には営業力があります。」


「技術力もある。」


「顧客との信頼もある。」


「その力を使って。」


「ARCの商品を広げていただく。」


「その代わり。」


「ARCは、御社が次に成長できる事業を渡す。」


「販売。」


「導入支援。」


「個別開発。」


「SEO。」


「御社自身にも、新しい利益と技術が残る形にしたい。」


黒崎は何も言わず、悠を見つめていた。


「御社が強くなれば、対応できるお客様が増えます。」


「成功するショップも増える。」


「結果としてARCショップメーカーの価値も上がる。」


「御社の成長は最終的には、ARCの成長にもつながります。」


悠は穏やかに笑った。


「だから。」


「一緒に成長できる会社でなければ、パートナーになる意味がないと思っています。」


長い沈黙が流れた。


営業部長も。


技術部長も。


すぐには言葉を発せなかった。


黒崎はやがて、小さく息を吐く。


そして、ゆっくり笑った。


「商品だけではなかったか。」


悠が首を傾げる。


「何がですか。」


「我々が負けた理由だ。」


黒崎は苦笑した。


「君は、勝った後のことまで考えている。」


「自分の会社だけではなく、組んだ相手が、どう成長するかまで。」


グラスを持ち上げる。


「本当に。」


「大した経営者だ。」


悠は少し照れたように笑った。


「まだまだですよ。」


黒崎は悠のコーラを見る。


「それを言われると、さらに恐ろしくなるな。」


会食の場に、再び穏やかな笑いが広がった。


黒崎はグラスを掲げる。


「分かりました。」


「販売。」


「導入。」


「個別開発。」


「そしてSEO。」


「すべて含めて。」


「お客様を成功させる仕組みを一緒に作りましょう。」


悠もコーラを掲げる。


「よろしくお願いします。」


六つのグラスが、再び触れ合った。


今度の乾杯は。


契約のためではない。


互いの会社が。


共に成長していくための乾杯だった。



会食を終えた帰り道。


悠は夜風を受けながら、大きく息を吐いた。


「思った以上に、うまくいったな。」


『パートナー契約締結成功率。』


AIが静かに答える。


『九七・八%です。』


「まだ二・二%残ってるのか。」


『正式な契約書への押印前ですので。』


「なるほど。」


悠が笑いながら歩いていると。


AIが続けた。


『なお。』


『パートナー企業の社員を追加稼働させた場合。』


『ARC全体の業務効率は二百五・七%向上します。』


「へえ。」


『さらに。』


『一日平均二時間の追加労働を実施した場合ーー』


「働かせるな!」


悠は思わず声を上げた。


「このポンコツ。」


AIは数秒沈黙する。


『……労働基準法を考慮していませんでした。』


「そこだけじゃない!」


誰もいない夜道に。


悠の声が響いた。

読んでいただきありがとうございます!

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