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広がる景色

発表会の翌朝。


都内のコンビニ。


駅の売店。


会社の休憩室。


一枚の新聞が、多くの人の目を引いていた。


**『東大生ベンチャー、ソフト販売の常識を覆す』**


**『ネットショップを一週間無料で提供 月額9,800円の新サービス開始』**


**『価格競争からサービス競争へ――業界に衝撃』**


記事には発表会の写真も掲載されていた。


壇上で説明する神谷悠。


その後ろには、デモ画面を操作する九条。


少し離れた場所で笑顔を見せる白石。


三人の姿が、大きく紙面を飾っていた。



IT専門誌編集部。


編集長は刷り上がった雑誌を手に取り、満足そうに頷いた。


表紙には大きく書かれている。


**『学生が変えたソフトウェアの常識』**


若い記者が笑う。


「編集長。」


「ここまで反響があるとは思いませんでした。」


編集長も笑った。


「私もだ。」


「久しぶりに。」


「取材していて鳥肌が立った。」


「まだ学生だ。」


「それなのに、業界の常識を変えてしまった。」


「こういう会社を追いかけるのが、記者の仕事だ。」



その頃。


国内最大級の匿名掲示板でも、一つのスレッドが急速に伸び始めていた。


**【速報】東大生がネットショップ業界をひっくり返した件【ARC】**


書き込みは数分で百件を超える。


> 1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。


> また学生ベンチャーかよw


> どうせすぐ潰れる。


すぐに別の書き込み。


> 東大ブランド使ってるだけじゃね?


> 宣伝乙w


さらに。


> 月額9800円www


> 利益出るわけねーだろ。


> 糸冬了。


スレッドは半ば祭り状態だった。


だが、一人が発表会のレポートを投稿する。


> 発表会行ってきた。


> ガチだった。


すると空気が少し変わる。


> ソースは?


> うp希望。


数分後。


新聞記事。


会場写真。


雑誌サイトの速報。


次々と貼られていく。


> マジじゃねーか…。


> ネタじゃなかったのか。


さらに発表会を見た別の参加者も書き込む。


> ブラウザだけで動いてた。


> 更新も一瞬。


> 正直ビビった。


疑っていた住人たちも、少しずつ黙り始める。


> いや…。


> これ結構すごくね?


> 9800円なら試すわ。


> うちの会社にも勧めたい。


そして最後に、一人が短く書き込んだ。


> 東大生とか関係ない。


> **普通に実力だった。**


その書き込みに、多くの住人が反応する。


> 激しく同意。


> 禿同。


> これは久々にwktkした。


> 次のアップデートが楽しみだな。


スレッドの空気は、いつの間にか嘲笑から期待へ変わっていた。



東大キャンパス。


昼休み。


学生食堂。


一人の学生が新聞を机へ広げた。


「おい。」


「これ見ろ。」


周囲の学生が集まる。


「神谷じゃん。」


「代表取締役?」


「マジかよ。」


別の学生も新聞を覗き込む。


「最近キャンパスで見ないと思ったら。」


「こんなことやってたのか。」


「会社経営だけでもすごいのに。」


「成功までしてる。」


「チートだろ。」


近くの女子学生たちも記事を読んでいた。


「神谷君ってこんな人だったんだ。」


「写真だと普通だけど。」


「実物見たことある?」


「一回だけ。」


「思ったより落ち着いた人だったよ。」


「彼女いるのかな。」


「こういう人ってモテそう。」


「一度話してみたいな。」


少し離れたテーブルでは、工学部の学生たちが記事を囲んでいた。


「九条って……。」


「いつもパソコンばっかり触ってた奴だよな。」


「そう。」


「授業中も休み時間も。」


「ずっとパソコン。」


一人が苦笑する。


「お前。」


「前に"ただの変人"って言ってたよな。」


言われた学生は頭をかいた。


新聞には九条の紹介が載っている。


**『分散システムを設計した開発責任者』**


しばらく黙って記事を見つめた後、小さく笑った。


「……俺が間違ってた。」


「変人じゃなかった。」


「天才だった。」


別の女子学生が紙面を指差す。


「白石さんも載ってる。」


「この子、同じ学部じゃない?」


「うん。」


「でも正直……。」


「あんまり目立ってなかったよね。」


「静かな子って印象だった。」


記事にはこう書かれていた。


**『初心者でも数分でネットショップを作れるテンプレートデザインを考案』**


女子学生たちは顔を見合わせる。


「この子が?」


「すごい……。」


「デザインって絵を描くだけじゃないんだ。」


「裏でこんな仕事してたんだね。」


少し離れた場所では教授同士が新聞を読んでいた。


「神谷だけじゃない。」


「九条。」


「白石。」


「良い仲間を集めたな。」


もう一人の教授は静かに頷く。


「優秀な経営者というのは。」


「優秀な人材を集める者なのかもしれんな。」



その頃。


ARC事務所。


朝から電話が鳴り止まない。


「はい、株式会社ARCです。」


「ありがとうございます。」


「はい、一週間無料でご利用いただけます。」


西園寺は電話を切る暇もない。


白石はメール対応を続けている。


「また申し込み!」


「えっ、また?」


「今日だけで何件目?」


九条はサーバーの監視画面を見つめる。


「アクセス。」


「昨日の四倍。」


悠が後ろから覗き込む。


「大丈夫か。」


「余裕。」


九条は短く答える。


「まだいける。」


AIも静かに報告する。


『登録企業数、想定を上回っています。』


『現在も増加中です。』


西園寺が営業資料を抱えたまま笑う。


「社長。」


「昨日一日だけで。」


「先月一か月分を超えました。」


白石も嬉しそうに笑う。


「発表会、大成功だったね。」


悠は静かに頷いた。


「みんなのおかげだ。」


事務所には笑顔が溢れていた。


価格競争。


値下げ。


競合との激戦。


すべてを乗り越えて掴んだ結果だった。


その時。


悠の携帯電話が鳴った。


画面には一文字。


**実家**


悠は少しだけ表情を柔らかくした。


「もしもし。」


電話の向こうから、母の明るい声が聞こえてきた。


「悠!」


「新聞見たよ!」


「テレビでも少し映ってたでしょう!」


悠は照れくさそうに笑う。


「見たんだ。」


「もちろんよ!」


「でもね。」


母は少し声の調子を変えた。


「ちゃんと寝てる?」


悠は思わず笑ってしまう。


「そこ?」


「そこよ!」


「最近大学にもあまり行ってないって書いてあったじゃない。」


「ご飯は?」


「ちゃんと食べてる?」


「無理してない?」


「体だけは壊しちゃ駄目よ。」


「お金なんて後からでも稼げるんだから。」


「授業にはしっかり出なさいよね!」


悠は苦笑しながら答える。


「大丈夫。」


「分かってる。」


「本当?」


「本当。」


母は安心したように息を吐いた。


「ならいいけど。」


「本当に無理だけはしないでね。」


「分かった。」


少し向こうで声がする。


「あなた。」


「お父さん。」


「代わって。」


電話の向こうから父の声が聞こえた。


「悠。」


「うん。」


父は少し黙った。


そして、ゆっくり口を開く。


「新聞を読んだ。」


「記事も全部読んだ。」


「大学へ行って。」


「会社も経営して。」


「父さんには想像もできない毎日だったと思う。」


悠は静かに聞いていた。


父は少し笑う。


「昔から。」


「お前は何を考えているか分からない奴だった。」


「でも。」


「今は胸を張って言える。」


少し間が空く。


「悠。」


「本当に頑張ったな。」


「父さんは。」


「お前を誇りに思う。」


その一言が。


今日一日で聞いたどんな賞賛よりも。


悠の胸に深く響いた。


AIが静かに話しかける。


『心拍数が上昇しています。』


(……今は黙ってろ。)


『承知しました。』


悠は少しだけ笑った。


そして、小さく答える。


「ありがとう。」


電話の向こうで父も笑った。


「これからも頑張れ。」


「でも。」


「無理だけはするな。」


「うん。」


電話が切れる。


悠はしばらく携帯電話を見つめていた。


白石が不思議そうに尋ねる。


「社長?」


悠は少し照れくさそうに笑う。


「親父に。」


「褒められた。」


その笑顔は。


発表会が成功した時よりも。


どこか嬉しそうだった。

読んでいただきありがとうございます!

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