広がる景色
発表会の翌朝。
都内のコンビニ。
駅の売店。
会社の休憩室。
一枚の新聞が、多くの人の目を引いていた。
**『東大生ベンチャー、ソフト販売の常識を覆す』**
**『ネットショップを一週間無料で提供 月額9,800円の新サービス開始』**
**『価格競争からサービス競争へ――業界に衝撃』**
記事には発表会の写真も掲載されていた。
壇上で説明する神谷悠。
その後ろには、デモ画面を操作する九条。
少し離れた場所で笑顔を見せる白石。
三人の姿が、大きく紙面を飾っていた。
◇
IT専門誌編集部。
編集長は刷り上がった雑誌を手に取り、満足そうに頷いた。
表紙には大きく書かれている。
**『学生が変えたソフトウェアの常識』**
若い記者が笑う。
「編集長。」
「ここまで反響があるとは思いませんでした。」
編集長も笑った。
「私もだ。」
「久しぶりに。」
「取材していて鳥肌が立った。」
「まだ学生だ。」
「それなのに、業界の常識を変えてしまった。」
「こういう会社を追いかけるのが、記者の仕事だ。」
◇
その頃。
国内最大級の匿名掲示板でも、一つのスレッドが急速に伸び始めていた。
**【速報】東大生がネットショップ業界をひっくり返した件【ARC】**
書き込みは数分で百件を超える。
> 1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。
> また学生ベンチャーかよw
> どうせすぐ潰れる。
すぐに別の書き込み。
> 東大ブランド使ってるだけじゃね?
> 宣伝乙w
さらに。
> 月額9800円www
> 利益出るわけねーだろ。
> 糸冬了。
スレッドは半ば祭り状態だった。
だが、一人が発表会のレポートを投稿する。
> 発表会行ってきた。
> ガチだった。
すると空気が少し変わる。
> ソースは?
> うp希望。
数分後。
新聞記事。
会場写真。
雑誌サイトの速報。
次々と貼られていく。
> マジじゃねーか…。
> ネタじゃなかったのか。
さらに発表会を見た別の参加者も書き込む。
> ブラウザだけで動いてた。
> 更新も一瞬。
> 正直ビビった。
疑っていた住人たちも、少しずつ黙り始める。
> いや…。
> これ結構すごくね?
> 9800円なら試すわ。
> うちの会社にも勧めたい。
そして最後に、一人が短く書き込んだ。
> 東大生とか関係ない。
> **普通に実力だった。**
その書き込みに、多くの住人が反応する。
> 激しく同意。
> 禿同。
> これは久々にwktkした。
> 次のアップデートが楽しみだな。
スレッドの空気は、いつの間にか嘲笑から期待へ変わっていた。
◇
東大キャンパス。
昼休み。
学生食堂。
一人の学生が新聞を机へ広げた。
「おい。」
「これ見ろ。」
周囲の学生が集まる。
「神谷じゃん。」
「代表取締役?」
「マジかよ。」
別の学生も新聞を覗き込む。
「最近キャンパスで見ないと思ったら。」
「こんなことやってたのか。」
「会社経営だけでもすごいのに。」
「成功までしてる。」
「チートだろ。」
近くの女子学生たちも記事を読んでいた。
「神谷君ってこんな人だったんだ。」
「写真だと普通だけど。」
「実物見たことある?」
「一回だけ。」
「思ったより落ち着いた人だったよ。」
「彼女いるのかな。」
「こういう人ってモテそう。」
「一度話してみたいな。」
少し離れたテーブルでは、工学部の学生たちが記事を囲んでいた。
「九条って……。」
「いつもパソコンばっかり触ってた奴だよな。」
「そう。」
「授業中も休み時間も。」
「ずっとパソコン。」
一人が苦笑する。
「お前。」
「前に"ただの変人"って言ってたよな。」
言われた学生は頭をかいた。
新聞には九条の紹介が載っている。
**『分散システムを設計した開発責任者』**
しばらく黙って記事を見つめた後、小さく笑った。
「……俺が間違ってた。」
「変人じゃなかった。」
「天才だった。」
別の女子学生が紙面を指差す。
「白石さんも載ってる。」
「この子、同じ学部じゃない?」
「うん。」
「でも正直……。」
「あんまり目立ってなかったよね。」
「静かな子って印象だった。」
記事にはこう書かれていた。
**『初心者でも数分でネットショップを作れるテンプレートデザインを考案』**
女子学生たちは顔を見合わせる。
「この子が?」
「すごい……。」
「デザインって絵を描くだけじゃないんだ。」
「裏でこんな仕事してたんだね。」
少し離れた場所では教授同士が新聞を読んでいた。
「神谷だけじゃない。」
「九条。」
「白石。」
「良い仲間を集めたな。」
もう一人の教授は静かに頷く。
「優秀な経営者というのは。」
「優秀な人材を集める者なのかもしれんな。」
◇
その頃。
ARC事務所。
朝から電話が鳴り止まない。
「はい、株式会社ARCです。」
「ありがとうございます。」
「はい、一週間無料でご利用いただけます。」
西園寺は電話を切る暇もない。
白石はメール対応を続けている。
「また申し込み!」
「えっ、また?」
「今日だけで何件目?」
九条はサーバーの監視画面を見つめる。
「アクセス。」
「昨日の四倍。」
悠が後ろから覗き込む。
「大丈夫か。」
「余裕。」
九条は短く答える。
「まだいける。」
AIも静かに報告する。
『登録企業数、想定を上回っています。』
『現在も増加中です。』
西園寺が営業資料を抱えたまま笑う。
「社長。」
「昨日一日だけで。」
「先月一か月分を超えました。」
白石も嬉しそうに笑う。
「発表会、大成功だったね。」
悠は静かに頷いた。
「みんなのおかげだ。」
事務所には笑顔が溢れていた。
価格競争。
値下げ。
競合との激戦。
すべてを乗り越えて掴んだ結果だった。
その時。
悠の携帯電話が鳴った。
画面には一文字。
**実家**
悠は少しだけ表情を柔らかくした。
「もしもし。」
電話の向こうから、母の明るい声が聞こえてきた。
「悠!」
「新聞見たよ!」
「テレビでも少し映ってたでしょう!」
悠は照れくさそうに笑う。
「見たんだ。」
「もちろんよ!」
「でもね。」
母は少し声の調子を変えた。
「ちゃんと寝てる?」
悠は思わず笑ってしまう。
「そこ?」
「そこよ!」
「最近大学にもあまり行ってないって書いてあったじゃない。」
「ご飯は?」
「ちゃんと食べてる?」
「無理してない?」
「体だけは壊しちゃ駄目よ。」
「お金なんて後からでも稼げるんだから。」
「授業にはしっかり出なさいよね!」
悠は苦笑しながら答える。
「大丈夫。」
「分かってる。」
「本当?」
「本当。」
母は安心したように息を吐いた。
「ならいいけど。」
「本当に無理だけはしないでね。」
「分かった。」
少し向こうで声がする。
「あなた。」
「お父さん。」
「代わって。」
電話の向こうから父の声が聞こえた。
「悠。」
「うん。」
父は少し黙った。
そして、ゆっくり口を開く。
「新聞を読んだ。」
「記事も全部読んだ。」
「大学へ行って。」
「会社も経営して。」
「父さんには想像もできない毎日だったと思う。」
悠は静かに聞いていた。
父は少し笑う。
「昔から。」
「お前は何を考えているか分からない奴だった。」
「でも。」
「今は胸を張って言える。」
少し間が空く。
「悠。」
「本当に頑張ったな。」
「父さんは。」
「お前を誇りに思う。」
その一言が。
今日一日で聞いたどんな賞賛よりも。
悠の胸に深く響いた。
AIが静かに話しかける。
『心拍数が上昇しています。』
(……今は黙ってろ。)
『承知しました。』
悠は少しだけ笑った。
そして、小さく答える。
「ありがとう。」
電話の向こうで父も笑った。
「これからも頑張れ。」
「でも。」
「無理だけはするな。」
「うん。」
電話が切れる。
悠はしばらく携帯電話を見つめていた。
白石が不思議そうに尋ねる。
「社長?」
悠は少し照れくさそうに笑う。
「親父に。」
「褒められた。」
その笑顔は。
発表会が成功した時よりも。
どこか嬉しそうだった。
読んでいただきありがとうございます!
もし面白いと思ってくれたら、ブクマや評価で応援してもらえると執筆の励みになります!




