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完敗

発表会が終わった。


競合会社へ戻る車内。


営業担当。


技術担当。


企画担当。


三人とも一言も話さなかった。


窓の外には夕暮れの街並みが流れていく。


営業担当が何度も口を開こうとした。


だが、言葉が出てこない。


ようやく絞り出した声は、小さかった。


「……信じられないな。」


技術担当は外を見たまま答える。


「私もです。」


「大学生が。」


「ここまで考えていたとは。」


再び沈黙が訪れる。


企画担当が手元の資料を見つめながら呟いた。


「俺たちは……。」


「何と戦っていたんだ。」


誰も答えられなかった。



本社。


役員会議室。


社長をはじめ、役員全員が集まっていた。


営業部長が立ち上がる。


「それでは、ご報告します。」


会場の様子。


デモ。


記者たちの反応。


そして最後の価格発表。


一週間無料。


月額九千八百円。


報告が終わると、役員たちは顔を見合わせた。


誰もが困惑していた。


「無料ですか。」


「利益が出ませんね。」


別の役員も頷く。


「学生らしい発想です。」


「目先の話題作りでしょう。」


「そのうち資金が尽きます。」


社長は何も言わなかった。


静かに技術担当へ視線を向ける。


「君はどう見た。」


技術担当はゆっくり立ち上がった。


「価格は問題ではありません。」


会議室が静まる。


「問題は。」


「仕組みです。」


役員たちは首を傾げる。


技術担当は続けた。


「我々が作っているのは。」


「ソフトです。」


「ARCが作ったのは。」


少し間を置く。


「サービスです。」


役員の一人が苦笑する。


「言い方が違うだけじゃないか。」


「違います。」


技術担当は首を横に振った。


「ソフトは、お客様のパソコンで動きます。」


「ですがARCは違う。」


「お客様はブラウザを開くだけ。」


「処理も。」


「更新も。」


「データ管理も。」


「すべて向こう側です。」


誰も口を挟まない。


「私は。」


「発表会でずっと考えていました。」


「どうやって実現しているのか。」


「商品データ。」


「注文。」


「会員情報。」


「複数企業のデータをどう分けている。」


「同時アクセスをどう処理している。」


「更新した機能をどう全企業へ反映している。」


「サーバー障害が起きたらどうする。」


「バックアップは。」


「そもそもこの負荷をどう処理している。」


「考えれば考えるほど疑問が増えました。」


技術担当は苦笑した。


「ですが。」


「答えが一つも見つかりません。」


役員たちの表情が少しずつ変わっていく。


営業部長が尋ねた。


「時間をかければ。」


「作れるんじゃないか。」


技術担当は静かに首を振る。


「いいえ。」


「今の我々には作れません。」


「人を増やしても。」


「予算を増やしても。」


「ロジックが分からない。」


「設計思想が分からない。」


「そもそも。」


「何を作れば同じものになるのか。」


「それすら分からないんです。」


会議室が静まり返る。


技術担当は最後に一言だけ付け加えた。


「私が知る限り。」


「この仕組みを設計できる技術者は、いません。」


その言葉の重みが、ゆっくりと役員たちへ伝わっていった。



長い沈黙のあと。


営業担当役員が口を開く。


「社長。」


「でしたら。」


「さらに値下げしましょう。」


「紹介キャンペーンも続けます。」


「こちらには資本力があります。」


「まだ戦えます。」


別の役員も頷く。


「無料体験も始めましょう。」


「月額制も検討すれば。」


「追いつけるかもしれません。」


社長は静かに目を閉じた。


そして小さく首を横へ振る。


「……もう無理だ。」


その一言で、全員が黙った。


社長は営業部長を見る。


「現在の利益率は。」


営業部長は俯いた。


「ほぼありません。」


「七万八千円まで値下げしました。」


「紹介キャンペーンで一件につき二万円。」


「広告費も増額しています。」


「営業も増員しました。」


社長は静かに頷く。


「最初から。」


「その計画だった。」


「赤字でも市場を取る。」


「競合を撤退させる。」


「その後。」


「価格を戻す。」


「保守契約で利益を回収する。」


「長期戦で勝つ。」


役員全員が頷く。


それが、この会社の勝ち筋だった。


社長はゆっくり続ける。


「だが。」


「ARCは。」


「市場そのものを変えた。」


誰も反論できない。


「我々は。」


「商品を売っていた。」


「彼らは。」


「継続して使うサービスを売り始めた。」


「もう。」


「同じ土俵ではない。」


営業担当役員が苦しそうに言う。


「それでも。」


「様子を見るべきでは。」


社長は静かに笑った。


「様子を見る?」


「勝てる見込みのない市場へ。」


「赤字を増やし続けるのか。」


「それは。」


少し間を置く。


「経営ではない。」


「ただの意地だ。」


会議室が静まり返る。


社長は立ち上がり、窓の外を見つめた。


「......撤退しよう。」


重い一言だった。


役員たちが息を呑む。


営業部長が思わず立ち上がる。


「社長!」


「まだ早すぎます!」


「もう少しだけ——」


社長は振り返った。


その表情は驚くほど穏やかだった。


「撤退も。」


「経営判断だ。」


「勝てない戦いを続けることが勇気ではない。」


「社員を守る。」


「会社を守る。」


「そのために退く。」


「それも経営者の仕事だ。」


営業部長は何も言えなかった。


一人、また一人と役員たちが静かに頭を下げる。


誰も納得したわけではない。


だが。


誰も社長の判断が間違っているとは言えなかった。


社長は机の上に置かれた発表会の資料を手に取る。


壇上で笑う神谷悠。


その写真をしばらく見つめる。


そして、小さく笑った。


「見事だった。」


「神谷君。」


「完敗だ。」


その声には悔しさもあった。


だが、それ以上に相手への敬意があった。


競合会社は、その日。


ネットショップ作成ソフト事業からの撤退を決断した。


それは逃げではない。


勝てない現実を受け入れ、会社の未来を選んだ。


一人の経営者の、潔い決断だった。

読んでいただきありがとうございます!

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