新しい常識
「これは始まりだ。」
悠の一言で、部屋は静かになった。
誰もが目の前の画面を見つめている。
ブラウザだけで動くネットショップ。
商品登録。
注文管理。
テンプレート変更。
カード決済設定。
すべてがインターネットを通してリアルタイムに反映されている。
白石がゆっくりと椅子へ座った。
「……なんか。」
「まだ信じられない。」
「インストールしないで、本当に動いちゃった。」
九条は画面を見たまま答える。
「動く。」
「ちゃんと作った。」
「それは見れば分かるよ。」
白石が苦笑すると、事務所に小さな笑いが広がった。
悠は画面を閉じ、全員を見回した。
「ここからが本番だ。」
西園寺が営業資料を手に取る。
「社長。」
「売り方も変えるんですよね。」
「ああ。」
悠はホワイトボードへ向かう。
左側に大きく書く。
**今まで**
・ソフト購入 298,000円
・インストール
・設定
・操作説明
・運用開始
続いて右側へ書く。
**これから**
・一週間無料体験
・気に入れば月額9,800円
・ブラウザを開くだけ
・常に最新版
西園寺は腕を組みながら何度も見比べる。
そして、小さく笑った。
「なるほど……。」
悠が振り返る。
「どう思う?」
「営業が変わります。」
西園寺は迷いなく答えた。
「今までは、二十九万八千円という金額を最初に納得していただく必要がありました。」
「だから、お客様も慎重になります。」
「ですが今回は違います。」
営業資料を閉じ、笑顔で続ける。
「まず一週間だけ使ってください。」
「気に入ったら月額九千八百円です。」
「この一言で済みます。」
「お客様の不安が、一気になくなります。」
悠は満足そうに頷いた。
「その通りだ。」
「高い商品ほど、お客様が一番怖いのは失敗することだ。」
「だから最初に体験してもらう。」
「価値は、その後で判断していただけばいい。」
白石も口を開く。
「一週間あれば十分だね。」
「テンプレートも全部触れるし。」
「デザインも変えられる。」
「更新も体験できる。」
「カード決済も試せる。」
「そう。」
悠は笑った。
「便利さは説明するものじゃない。」
「体験してもらうものだ。」
AIが静かに分析する。
『一週間で主要機能の価値は十分に伝達可能です。』
『継続利用率は高いと予測します。』
西園寺は興奮したように立ち上がった。
「社長。」
「これは価格競争じゃありません。」
「体験競争ですね。」
悠は笑う。
「やっと気付いたか。」
「戦う場所を変える。」
「あの言葉の意味はこれだ。」
事務所が静まり返る。
誰もが、その言葉の重みを噛みしめていた。
悠はホワイトボードの前へ立つ。
「九条。」
「最後に確認したい。」
九条は頷く。
「何。」
「一週間、百社が同時に体験版を使っても耐えられるか。」
九条は少し考え、画面を操作する。
サーバーの状態。
負荷。
通信速度。
すべてを確認する。
そして静かに答えた。
「百社なら余裕。」
「三百社でもいける。」
「千社は?」
「まだ無理。」
「でも。」
「増やせる。」
悠は満足そうに笑う。
「十分だ。」
「最初から完璧を目指す必要はない。」
「これからどんどん増やせばいい。」
九条も頷いた。
「最初から。」
「増やせるように作った。」
その言葉に、AIが静かに続ける。
『拡張性を考慮した設計を確認。』
『将来的な機能追加にも対応可能です。』
悠は全員を見回した。
「よし。」
「準備は整った。」
西園寺を見る。
「発表会の会場を押さえてくれ。」
「新聞社やIT雑誌の記者にも案内を出します。」
「任せてください。」
「白石。」
「デモ画面は、お客様が一目で驚くものに仕上げよう。」
「うん!」
「九条。」
「最後まで品質だけは妥協するな。」
九条は静かに頷く。
「了解。」
悠は窓の外へ目を向けた。
夕焼けに染まる街並みの向こうには、まだ誰も知らない未来が待っている。
「次は。」
「俺たちが市場を驚かせる番だ。」
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