静かな開発
競合会社、本社会議室。
営業部長が最新の販売データをスクリーンへ映し出した。
「紹介キャンペーン開始から一か月。」
「契約数は二十八%増加。」
「新規契約数も順調に伸びています。」
社長は満足そうに頷く。
「ARCは。」
営業部長が資料をめくる。
「依然として販売は好調です。」
「ですが、紹介キャンペーン開始以降、伸び率はこちらが上回っています。」
役員の一人が笑う。
「やはり価格ですね。」
「どんなに良い商品でも。」
「最後は価格に勝てません。」
営業部長も続ける。
「営業現場からも同様の報告が上がっています。」
「ARCを高く評価する企業は多い。」
「ですが。」
「最終的には七万八千円と紹介キャンペーンが決め手になっています。」
社長はゆっくり椅子にもたれた。
「想定通りだ。」
「商品で負けることはある。」
「だが。」
「会社同士の戦いは体力勝負でもある。」
「資本力の差は簡単には埋まらない。」
役員たちも笑顔で頷く。
「学生相手に少し警戒しすぎましたね。」
「確かに商品は良かった。」
「しかし。」
「会社を経営するというのは、そんなに甘くありません。」
社長も小さく笑う。
「もう少しだ。」
「このまま市場を押さえれば。」
「ARCも力つきる。」
「そこで終わりだ。」
誰も、その言葉を疑わなかった。
◇
一方、ARC。
朝早くから事務所の前が騒がしかった。
大きなトラックが一台、ゆっくりと横付けされる。
運転手が荷台を開けると、大きな箱が次々と運び出された。
白石が目を丸くする。
「えっ……。」
「こんなに?」
サーバー。
ネットワーク機器。
開発用ワークステーション。
新品の機材が次々と事務所へ運び込まれていく。
九条は入口で立ち尽くしたまま動かなかった。
悠が笑う。
「どうした。」
九条は箱を見つめたまま、小さく呟く。
「全部……新品。」
「当たり前だ。」
「会社なんだから。」
悠は箱を軽く叩いた。
「今日からこいつらは、お前の相棒だ。」
九条は恐る恐る箱へ手を伸ばす。
新品の筐体に触れた瞬間、小さく息を飲んだ。
「好きに使っていい?」
悠は思わず笑う。
「そのために買ったんだ。でも変なことはするなよ。」
白石も笑う。
「九条、完全に子どもみたい。」
九条は照れたように目を逸らす。
「違う。」
「いや、今のは完全に子どもだった。」
西園寺まで笑い始める。
事務所に久しぶりの明るい空気が流れた。
◇
その日の午後。
事務所の一角は、小さなサーバールームへと姿を変えていた。
機材が並び、ケーブルが一本ずつ丁寧につながれていく。
九条は一切無駄な動きをしない。
一本。
また一本。
静かに配線を終えていく。
悠が後ろから尋ねる。
「順調か。」
九条は短く答える。
「楽しい。」
その一言だけだった。
だが、それだけで十分だった。
今まで自宅で中古部品を組み合わせながら続けてきた研究。
東大でも自由には試せなかった構成。
ようやく誰にも遠慮せず、本気で挑戦できる。
それだけで、九条にとっては最高の環境だった。
◇
開発は想像以上に難航した。
「同時アクセス。」
「注文処理。」
「画像表示。」
「全部問題なし。」
「でも。」
九条が眉をひそめる。
「会員情報だけ遅い。」
悠も画面を覗き込む。
「原因は?」
「同期。」
AIが静かに分析する。
『会員データへの同時アクセスが集中しています。』
『ここも処理分離を推奨します。』
九条はすぐに図を書き直した。
「会員だけ別。」
「認証も別。」
数時間後。
もう一度テスト。
「速い。」
九条が小さく頷く。
白石も画面を見る。
「今度は私の番。」
ブラウザを開く。
「文字位置。」
「問題なし。」
「色。」
「問題なし。」
「画像。」
「問題なし。」
西園寺も営業担当の視点で確認する。
「初めて使う人でも。」
「迷わない。」
「いい。」
悠は静かに笑った。
「完成が見えてきたな。」
◇
三週間後。
夕方。
九条がゆっくり立ち上がる。
「できた。」
その一言で、全員が席を立つ。
悠がブラウザを開く。
ログイン画面。
IDとパスワードを入力する。
画面が切り替わる。
管理画面。
商品登録。
注文一覧。
テンプレート変更。
カード決済設定。
すべてが、インターネットを通じて動いている。
悠は何も言わず、一つの商品を登録する。
保存。
数秒後。
公開ページへ反映された。
白石が息を呑む。
「本当に……できたんだ。」
西園寺も思わず笑う。
「CDがいらない。」
「インストールもない。」
「ログインするだけ……。」
九条は静かに画面を見つめる。
「まだ。」
「完成じゃない。」
悠が笑う。
「ああ。」
「これは始まりだ。」
画面の向こうには、新しい時代への入口が静かに開いていた。




