未来への投資
翌朝。
ARC会議室。
昨夜描いた図をホワイトボードへ写す。
「これが昨日考えた新しい仕組みだ。」
CD販売ではない。
インターネットを通じて、お客様が直接利用する仕組み。
九条は無言で図を見つめる。
やがて一言。
「面白い。」
その一言で、会議が始まった。
◇
「でも、一番難しいのはソフトじゃない。」
九条はホワイトボードに大きく丸を書く。
「同時。」
白石が首を傾げる。
「同時?」
「今は一社につき一つのソフト。」
「でも、これからは百社千社。」
「全員が同じ時間に使う。」
一本の線を書く。
その上へ大きく×を書く。
「一台だと止まる。」
悠は頷く。
「だから分散。」
九条は四つの四角を書く。
「画像。」
「商品。」
「注文。」
「会員。」
「仕事を分ける。」
「一人で全部やらない。」
「会社と同じ。」
西園寺が笑う。
「営業だけじゃ会社は回りませんからね。」
九条も頷く。
「システムも同じ。」
◇
「次。」
「もっと怖い。」
「データ。」
白石が少し不安そうに聞く。
「壊れたら?」
九条は迷わず答える。
「全部終わる。」
会議室が静かになる。
「だから。」
同じ図をもう一つ描く。
「常にコピー。」
白石が口を挟む。
「バックアップ?」
九条は首を横に振る。
「違う。」
「バックアップは戻す。」
「これは止めない。」
「片方が壊れても。」
「もう片方が動く。」
AIが静かに補足する。
『サービスを停止させない構造です。』
『信頼性が大きく向上します。』
西園寺が感心する。
「ネットショップは二十四時間営業です。」
「止まらないこと自体が価値になりますね。」
九条は短く答えた。
「そう。」
◇
今度は白石が手を挙げた。
「デザインも全部変わるよ。」
「ブラウザによって表示も違うし。」
「文字がずれたら?」
九条は少し考える。
「全部試す。」
白石は苦笑する。
「それ結局、私の仕事じゃない。」
悠が笑う。
「頼んだ。」
「……はい。」
◇
西園寺も営業の視点から口を開いた。
「社長。」
「営業はかなり変わります。」
「どう変わる?」
「今までは。」
「まずソフトを売る。」
「届くまで待つ。」
「インストール。」
「設定。」
「操作説明。」
「全部終わってようやくスタートでした。」
「でも今回は違います。」
西園寺は少し興奮気味に続ける。
「契約したその日から使えます。」
「試してもらうまでの壁が、一気になくなります。」
悠は頷いた。
「それが一番大きい。」
AIも静かに分析する。
『導入障壁が大幅に低下します。』
『契約率の向上も期待できます。』
会議室の空気が少しずつ変わっていく。
全員が、この仕組みの可能性を感じ始めていた。
◇
悠は九条を見る。
「必要なものを書いてくれ。」
九条は首を傾げる。
「何を。」
「全部。」
「サーバー。」
「ネットワーク。」
「開発機材。」
「必要だと思うものを全部だ。」
九条は少し困ったように笑う。
「高い。」
「知ってる。」
「だから書け。」
数分後。
九条は遠慮がちに紙を差し出した。
悠は一目見て笑う。
「少ないな。」
九条は目を逸らした。
「遠慮した。」
悠は紙を返す。
「東大にも設備はある。」
「でも自由には使えないだろ。」
九条は静かに頷く。
「研究室の設備は使える。」
「でも。」
「共同。」
「勝手に構成を変えられない。」
「止めたら怒られる。」
「新しい実験も許可がいる。」
少し間を置いて続ける。
「先生にも相談した。」
「でも。」
『一台で十分だ。』
『余計なことを考えるな。』
会議室が静まり返る。
「だから。」
「自分で四台買った。」
「あの研究は。」
「自分でやるしかなかった。」
悠はゆっくり紙を九条へ返した。
「じゃあ今度は。」
「会社でやろう。」
九条が顔を上げる。
「社長の仕事は節約じゃない。」
「未来へ投資することだ。」
「必要なら買う。」
「だから。」
「最高の環境を書き直せ。」
「妥協するな。」
九条はしばらく黙っていた。
新品の設備が欲しかった。
何度も思った。
でも、高すぎて諦めるしかなかった。
だから中古を探し、壊れた部品を交換し、自分で工夫して研究を続けてきた。
そんな九条の気持ちを知っているかのように、悠は笑う。
「遠慮するな。」
「もう一人で戦う必要はない。」
その一言で、九条の肩から力が抜けた。
「……分かった。」
それは、九条が初めて見せた、心から安心した笑顔だった。
会議室の窓から差し込む午後の日差しが、未来へ向かう新しい一歩を静かに照らしていた。
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