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未来への投資

翌朝。


ARC会議室。


昨夜描いた図をホワイトボードへ写す。


「これが昨日考えた新しい仕組みだ。」


CD販売ではない。


インターネットを通じて、お客様が直接利用する仕組み。


九条は無言で図を見つめる。


やがて一言。


「面白い。」


その一言で、会議が始まった。



「でも、一番難しいのはソフトじゃない。」


九条はホワイトボードに大きく丸を書く。


「同時。」


白石が首を傾げる。


「同時?」


「今は一社につき一つのソフト。」


「でも、これからは百社千社。」


「全員が同じ時間に使う。」


一本の線を書く。


その上へ大きく×を書く。


「一台だと止まる。」


悠は頷く。


「だから分散。」


九条は四つの四角を書く。


「画像。」


「商品。」


「注文。」


「会員。」


「仕事を分ける。」


「一人で全部やらない。」


「会社と同じ。」


西園寺が笑う。


「営業だけじゃ会社は回りませんからね。」


九条も頷く。


「システムも同じ。」



「次。」


「もっと怖い。」


「データ。」


白石が少し不安そうに聞く。


「壊れたら?」


九条は迷わず答える。


「全部終わる。」


会議室が静かになる。


「だから。」


同じ図をもう一つ描く。


「常にコピー。」


白石が口を挟む。


「バックアップ?」


九条は首を横に振る。


「違う。」


「バックアップは戻す。」


「これは止めない。」


「片方が壊れても。」


「もう片方が動く。」


AIが静かに補足する。


『サービスを停止させない構造です。』


『信頼性が大きく向上します。』


西園寺が感心する。


「ネットショップは二十四時間営業です。」


「止まらないこと自体が価値になりますね。」


九条は短く答えた。


「そう。」



今度は白石が手を挙げた。


「デザインも全部変わるよ。」


「ブラウザによって表示も違うし。」


「文字がずれたら?」


九条は少し考える。


「全部試す。」


白石は苦笑する。


「それ結局、私の仕事じゃない。」


悠が笑う。


「頼んだ。」


「……はい。」



西園寺も営業の視点から口を開いた。


「社長。」


「営業はかなり変わります。」


「どう変わる?」


「今までは。」


「まずソフトを売る。」


「届くまで待つ。」


「インストール。」


「設定。」


「操作説明。」


「全部終わってようやくスタートでした。」


「でも今回は違います。」


西園寺は少し興奮気味に続ける。


「契約したその日から使えます。」


「試してもらうまでの壁が、一気になくなります。」


悠は頷いた。


「それが一番大きい。」


AIも静かに分析する。


『導入障壁が大幅に低下します。』


『契約率の向上も期待できます。』


会議室の空気が少しずつ変わっていく。


全員が、この仕組みの可能性を感じ始めていた。



悠は九条を見る。


「必要なものを書いてくれ。」


九条は首を傾げる。


「何を。」


「全部。」


「サーバー。」


「ネットワーク。」


「開発機材。」


「必要だと思うものを全部だ。」


九条は少し困ったように笑う。


「高い。」


「知ってる。」


「だから書け。」


数分後。


九条は遠慮がちに紙を差し出した。


悠は一目見て笑う。


「少ないな。」


九条は目を逸らした。


「遠慮した。」


悠は紙を返す。


「東大にも設備はある。」


「でも自由には使えないだろ。」


九条は静かに頷く。


「研究室の設備は使える。」


「でも。」


「共同。」


「勝手に構成を変えられない。」


「止めたら怒られる。」


「新しい実験も許可がいる。」


少し間を置いて続ける。


「先生にも相談した。」


「でも。」


『一台で十分だ。』


『余計なことを考えるな。』


会議室が静まり返る。


「だから。」


「自分で四台買った。」


「あの研究は。」


「自分でやるしかなかった。」


悠はゆっくり紙を九条へ返した。


「じゃあ今度は。」


「会社でやろう。」


九条が顔を上げる。


「社長の仕事は節約じゃない。」


「未来へ投資することだ。」


「必要なら買う。」


「だから。」


「最高の環境を書き直せ。」


「妥協するな。」


九条はしばらく黙っていた。


新品の設備が欲しかった。


何度も思った。


でも、高すぎて諦めるしかなかった。


だから中古を探し、壊れた部品を交換し、自分で工夫して研究を続けてきた。


そんな九条の気持ちを知っているかのように、悠は笑う。


「遠慮するな。」


「もう一人で戦う必要はない。」


その一言で、九条の肩から力が抜けた。


「……分かった。」


それは、九条が初めて見せた、心から安心した笑顔だった。


会議室の窓から差し込む午後の日差しが、未来へ向かう新しい一歩を静かに照らしていた。

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