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戦う場所

競合会社が紹介キャンペーンを始めてから、一か月。


市場はさらに熱を帯びていた。


価格重視の企業は競合へ。


使いやすさを重視する企業はARCへ。


どちらも売れている。


しかし、その勢いは少しずつ変わり始めていた。


営業部。


西園寺が新しい契約書を机へ置く。


「今月も目標は達成しました。」


その声に、事務所の空気が少しだけ和らぐ。


だが、西園寺の表情は晴れていなかった。


「ですが……。」


悠が顔を上げる。


「追い上げられてます。」


西園寺は販売推移のグラフを机へ広げた。


「紹介キャンペーンの効果が出始めています。」


「相見積もりになると、価格差とキャッシュバックで持っていかれるケースも増えてきました。」


白石がため息をつく。


「やっぱり資本がある会社は強いね……。」


悠は静かに頷いた。


「ああ。」


「資本の力は恐ろしい。」


その言葉に、誰も反論しなかった。


まだ戦えている。


だが、勝ってるとは言えない。


競合もまた、大企業の資本力を武器に、着実に追い上げてきていた。



その日の夜。


事務所には悠一人だけが残っていた。


窓の外には、深夜になっても消えない都会の灯りが広がっている。


机の上には販売データ。


競合会社のキャンペーン資料。


そして、自分で書き込んだ市場分析。


悠はそれらを静かに見つめ、小さく呟いた。


「戦う場所を変える……か。」


昼間、AIが残した言葉だった。


価格競争。


紹介キャンペーン。


資本力。


どれも今のARCでは真正面から戦えば不利になる。


悠は椅子にもたれ、ゆっくりと目を閉じた。


前世の記憶を辿る。


(そういえば……。)


(昔はソフトって、みんなCDで買ってたよな。)


ワープロソフト。


画像編集ソフト。


会計ソフト。


箱を開けて。


CDを入れて。


インストールする。


それが当たり前だった。


(でも……。)


(いつからだったかな。)


(気付いたら。)


(ネットでログインするだけで使えるようになってた。)


(ほとんどがそうなってた。)


(あれなら。)


(ソフトを売るんじゃなくて。)


(ネットを通して、みんなで同時に使えるようにすれば……。)


悠はそこで言葉を止めた。


(あれ。)


(なんて言うんだっけ。)


AIが静かに答える。


『SaaSですね。』


悠は小さく笑う。


「そうだ。」


「そんな名前だった。」


『Software as a Service。』


『ソフトウェアを販売するのではなく、サービスとして提供する形態です。』


悠は頷いた。


「便利だとは思ってた。」


「でも。」


「仕組みまではよく分かってなかった。」


AIが続ける。


『利用者はソフトを購入しません。』


『毎月利用料を支払います。』


『販売ではなく、継続利用によって利益を得る仕組みです。』


悠は机へ図を書き始める。


CD。



お客様。


そこへ大きく×を書く。


代わりに。


ARC。



インターネット。



全国のお客様。


「なるほど……。」


「ソフトを配るんじゃない。」


「サービスを提供するのか。」


『はい。』


『売り切りではありません。』


『利用される限り、毎月売上が積み重なります。』


悠は笑った。


「これなら。」


「価格競争をする必要がなくなる。」


「ソフトは無料でもいい。」


「毎月利用してもらえればいいんだから。」


AIは静かに肯定する。


『未来では一般的な経営モデルです。』


悠はペンを置いた。


「でも。」


「今の技術で本当にできるのか。」


AIは少しだけ間を置く。


『相棒。』


『九条玲司なら可能です。』


悠は首を傾げる。


「あれか」


『大学へ入学した頃。』


『四台のパソコンを並べて研究していました。』


その瞬間。


悠の脳裏に、あの大学研究室が浮かぶ。


机いっぱいに並んだ四台のパソコン。


配線だらけの床。


「分散。」


あの時は驚いた。


AIが続ける。


『九条玲司は。』


『一台へ処理を集中することを避け、複数のコンピューターへ仕事を分散する研究を続けていました。』


悠は思わず立ち上がった。


「確かに使えそうだな。」


『彼はSaaSという言葉は知りません。』


『ですが。』


『必要になる技術は、すでに研究しています。』


悠は笑みを浮かべる。


「相変わらず。」


「時代を先取りしすぎだ。」



翌朝。


悠は九条の机へ向かった。


「九条。」


九条はキーボードを打つ手を止める。


「何。」


悠は紙を一枚取り出した。


CDの絵を描き、大きく×を付ける。


「ソフトを売るのをやめたい。」


九条が初めて顔を上げた。


「……?」


「無料で配る。」


「は?」


「毎月利用料。」


悠はさらに図を書き足す。


ARC。



サーバー。



インターネット。



全国のお客様。


「お客様は。」


「CDを買わない。」


「ブラウザを開くだけ。」


「更新も全部こっち。」


「開けば、いつでも最新版。」


九条は紙を見つめたまま動かない。


長い沈黙。


やがて、小さく呟いた。


「……処理が追いつかない。」


悠は笑う。


「やっぱりそうか。」


九条は紙を裏返し、新しい図を書き始める。


四つの四角。


「画像。」


「商品。」


「注文。」


「会員。」


一本だった線を四本へ分ける。


「仕事を分ける。」


「負荷も分かれる。」


「アクセスが増えても落ちない。」


悠は思わず笑った。


「分散処理。」


「できるかの......?」


「あの研究をずっと続きをやりたかった。」


「やっとここで使える。」


AIが静かに分析する。


『分散処理構造。』


『将来のクラウドサービスとの親和性を確認。』


『九条玲司。』


『実現可能と判断します。』


悠は九条の肩を軽く叩いた。


「九条。」


「今度はソフトを作るんじゃない。」


「時代を作るぞ。」


九条は少しだけ笑った。


「面白い。」


その一言を残すと、すでに新しい設計図を書き始めていた。


悠はその背中を見つめながら、小さく笑う。


「反撃じゃない。」


「ここからが、本当の勝負だ。」

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