危機感
競合会社、本社会議室。
重苦しい空気が流れていた。
営業部長が資料を机へ置く。
「ARCの最新データです。」
社長は腕を組んだまま資料を受け取る。
そこには販売推移のグラフが並んでいた。
一度大きく落ち込んだ販売数。
だが。
新バージョン公開を境に、一気に右肩上がりへ変わっている。
社長の眉がわずかに動く。
「こんなに値上げしたのか......。」
営業部長は首を横に振る。
「はい。」
「二十九万八千円です。」
会議室が静まり返る。
役員の一人が思わず声を上げた。
「値上げしてなお売れている?」
営業部長は頷く。
「紹介契約も増えています。」
「営業一件から二件、三件と広がっています。」
社長は静かに資料を閉じた。
「分析結果は。」
技術部長が立ち上がる。
「新バージョンを解析しました。」
スクリーンへ画面が映る。
「まずテンプレート機能。」
業種一覧が表示される。
日用雑貨。
家具。
美容室。
花屋。
飲食店。
アパレル。
二十種類。
役員の一人が鼻で笑う。
「二十種類もあるのか。」
技術部長は静かに頷く。
「そして問題は数ではありません。」
画面が切り替わる。
「同じテンプレートでも。」
ブラウン。
ホワイト。
ブルー。
ブラック。
ナチュラル。
一瞬で印象が変わる。
「配色変更機能。」
「組み合わせは百通り以上になります。」
役員たちが黙る。
技術部長はさらに続けた。
「そして。」
「テンプレートそのものがよく考えられています。」
「見た目だけではありません。」
「商品配置。」
「カテゴリ。」
「おすすめ商品の位置。」
「予約ボタン。」
「業種ごとに売れる構成が最初から組み込まれています。」
営業部長も資料を見ながら呟く。
「営業現場でも。」
「そこを評価する声が一番多いそうです。」
社長は短く言った。
「真似しろ。」
技術部長は沈黙した。
「どうした。」
「……簡単ではありません。」
会議室の空気が変わる。
「テンプレート機能だけなら真似できます。」
「ですが。」
「業種ごとのノウハウはありません。」
「実際の店舗を調査し。」
「何が売れるか。」
「どこへボタンを置くか。」
「どの商品を最初に見せるか。」
「それを一つ一つ検証する必要があります。」
「数週間では終わりません。」
社長は低い声で尋ねる。
「どれくらいだ。」
「最低でも三か月。」
誰も声を出さなかった。
社長は机を指で軽く叩く。
「決済機能は。」
営業部長が答える。
「カード会社とはすぐにでも契約できます。」
「導入サポートも強化しています。」
資料を一枚めくる。
「価格ではなく。」
「時間削減。」
「教育コスト削減。」
「売上向上。」
「その三点を中心に提案しています。」
社長は小さく息を吐いた。
「なるほど。」
「商品ではなく。」
「経営を売っているのか。」
技術部長が頷く。
「正直に申し上げます。」
「よく考えられています。」
「学生が作ったとは思えません。」
その言葉で。
社長の表情が初めて変わった。
「学生か。」
社長はゆっくり立ち上がる。
「学生だから潰せると思った。」
「学生だから経験がないと思った。」
「学生だから価格だけで勝てると思った。」
会議室を見回す。
「違った。」
「奴らは。」
「将来、必ず脅威になる。」
誰も反論しない。
社長は営業部長を見る。
「営業。」
「はい。」
「価格を更に下げろ。」
営業部長が確認する。
「九万八千円からですか。」
社長は静かに答えた。
「七万八千円。」
営業部長の表情が固まる。
「利益が……。」
「構わん。」
社長は言い切った。
「利益は後から取り返せる。」
「だが。」
「市場は一度失えば戻らない。」
役員が恐る恐る口を開く。
「しかし。」
「営業費。」
「サポート費。」
「この価格では。」
社長は鋭く遮った。
「だから今だ。」
「奴らは。」
「今、潰しておかなければならない。」
静かな声だった。
だが。
それまでで一番重かった。
「この会社を。」
「これ以上成長させるな。」
会議室には緊張だけが残った。
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