価値を売る
新バージョン公開から三日。
ARC営業部。
「社長。」
西園寺が静かに資料を閉じる。
「そろそろ市場の反応を見に行きましょう。」
悠は笑った。
「ああ。」
「反撃開始だ。」
◇
最初の訪問先は、日用雑貨を扱う中堅企業だった。
会議室。
担当者は二人を見るなり苦笑した。
「正直に言います。」
「御社のソフトには興味があります。」
「ですが、一つだけ理解できません。」
資料をめくる。
「値上げしたんですよね。」
「以前は十九万八千円。」
「今は二十九万八千円。」
「競合は九万八千円。」
「三倍近い価格差です。」
「なぜですか。」
悠は何も言わない。
ここは西園寺の仕事だった。
西園寺は穏やかに頷く。
「はい。」
「価格だけなら、私どもの負けです。」
担当者は少し驚く。
否定されると思っていた。
「ですが。」
西園寺は笑った。
「今日はソフトを売りに来たわけではありません。」
「御社の損失を減らす提案に来ました。」
担当者が首を傾げる。
「損失?」
「一つお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「ネットショップは誰が担当されますか。」
「総務です。」
「パソコンは。」
「普通ですね。」
「ホームページ制作経験はありません。」
西園寺は頷いた。
「完成までどれくらいを想定されていますか。」
担当者は少し考えた。
「操作を覚えて。」
「商品を登録して。」
「写真も撮って。」
「二週間くらいでしょうか。」
西園寺はパソコンを開いた。
「では、ご覧ください。」
ARCショップメーカー。
業種一覧。
「日用雑貨。」
担当者がクリックする。
数秒後。
完成されたネットショップが画面いっぱいに表示された。
カテゴリ。
商品一覧。
おすすめ商品。
キャンペーン枠。
すべて配置されている。
担当者が目を丸くした。
「……もう?」
「はい。」
「今日ホームページ担当になった方でも。」
「数分後には商品登録を始められます。」
「社員教育も、ほとんど必要ありません。」
担当者は画面を操作する。
「これは……。」
「誰でも使えますね。」
「それが目的です。」
西園寺は続けた。
「御社は二週間かかるとおっしゃいました。」
「その二週間。」
「担当者は本来の仕事ができません。」
「教育にも時間がかかります。」
「その間。」
「ネットショップは売上を生みません。」
担当者は静かに頷く。
「確かに。」
西園寺は画面を切り替えた。
「春。」
桜を基調としたデザイン。
「夏。」
爽やかな青。
「秋。」
木目を基調とした温かい色。
「冬。」
落ち着いた配色。
「クリスマス。」
「お正月。」
「新生活。」
次々と画面が変わる。
担当者は思わず身を乗り出した。
「全部最初から?」
「はい。」
「ボタン一つです。」
「デザイン会社へ依頼する必要もありません。」
「イベント当日の朝でも変更できます。」
「お客様は、いつ見ても新しいお店だと感じます。」
担当者はゆっくり頷いた。
「更新しやすいですね。」
「更新しやすい店は。」
西園寺は静かに言う。
「売れます。」
「逆に更新されない店は。」
「お客様も来なくなります。」
担当者は苦笑した。
「耳が痛いですね。」
西園寺は最後の画面を開いた。
「さらに。」
「カード決済です。」
担当者は驚いた。
「もう対応したんですか。」
「はい。」
「今は振込が主流です。」
「ですが。」
「振込へ行く前に。」
「買うのをやめるお客様は少なくありません。」
担当者も深く頷く。
「ありますね。」
「カード決済なら。」
「欲しい。」
「買う。」
「支払う。」
「数十秒です。」
「購入率は確実に上がります。」
担当者はしばらく画面を見つめていた。
そして静かに笑う。
「ようやく分かりました。」
「御社は。」
「ソフトを売っているんじゃない。」
「売上を売っているんですね。」
西園寺も笑った。
「ありがとうございます。」
担当者は契約書を手に取った。
「お願いします。」
「それと。」
「同業の会社を二社紹介します。」
「きっと喜ぶと思います。」
西園寺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
◇
そこからだった。
紹介。
紹介。
また紹介。
「値上げしたんですか?」
「はい。」
「ですが。」
「こちらをご覧ください。」
テンプレート。
カード決済。
導入サポート。
説明が終わる頃には。
担当者の表情は変わっていた。
「お願いします。」
契約。
また契約。
営業部のホワイトボードが次々と埋まっていく。
営業部員も、西園寺の提案方法を覚え始めた。
「価格ではなく。」
「時間を売る。」
「売上を売る。」
その考え方が、営業部全体へ広がっていく。
一週間後。
営業部。
白石が受話器を置いた。
「また紹介だよ。」
「今日だけで四件目。」
九条も販売数を見ながら呟く。
「値上げ前より。」
「売れてる。」
悠は静かに笑った。
「安い商品に勝ったんじゃない。」
「比較されない商品になったんだ。」
AIが静かに分析する。
『販売件数。』
『競合参入前を上回りました。』
『紹介による契約率も上昇しています。』
『第一段階の反撃は成功です。』
悠は小さく頷いた。
(ここまでは予定通りだ。)
◇
一方。
競合会社。
営業部長が慌てた様子で会議室へ入る。
「社長。」
「ARCです。」
社長は落ち着いたまま資料を読む。
「値下げしたか。」
「いえ。」
「では。」
「価格は据え置きです。」
営業部長は首を横に振った。
「違います。」
「値上げしています。」
社長の手が止まる。
「……何?」
「二十九万八千円です。」
会議室が静まり返った。
「値上げして。」
「売れているのか。」
営業部長は苦しそうに頷く。
「販売数は回復。」
「現在も増加中です。」
「紹介契約まで発生しています。」
社長の表情から笑みが消えた。
「理由を調べろ。」
「すべてだ。」
初めて。
会議室に緊張が走った。
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