静かな反撃
「それじゃ、始めよう。」
悠の一言で、ARCは動き出した。
最初に取りかかったのは、テンプレート機能だった。
九条はすでに画面へ向かい、必要な処理を書き出している。
「業種を選択。」
「選んだデータを読み込む。」
「画像、配置、商品カテゴリをまとめて切り替える。」
ぶつぶつと呟きながら、指だけは止まらない。
悠はその横に立ち、ホワイトボードへ業種を書き並べた。
日用雑貨。
飲食店。
美容室。
花屋。
家具。
アパレル。
「最初は十種類でいい。」
九条は画面を見たまま答える。
「分かった。」
その時、少し離れた机で一覧を見ていた白石が顔を上げた。
「十種類じゃ足りない。」
悠が振り返る。
「そうか?」
「足りないよ。」
白石はペンを持ち、ホワイトボードの前へ来た。
「同じ雑貨でも、生活雑貨とキッチン用品では見せ方が違う。」
「家具なら、商品を大きく見せたい。」
「花屋なら季節感が必要。」
「美容室なら、商品より予約を目立たせないといけない。」
九条が手を止める。
「全部別にするのか。」
「全部じゃない。」
白石は少し考えた。
「でも、最低でも十五種類は必要。」
悠は並んだ業種を見る。
当初の予定より多い。
だが、白石の言うことは正しかった。
テンプレートは数を増やせばいいわけではない。
それぞれの店に合った形でなければ、使う意味がない。
「分かった。」
悠は頷いた。
「十五種類でいこう。」
白石は満足そうに笑った。
「任せて。」
九条は再び画面へ向かう。
「十五に変更。」
その声には、面倒そうな響きはなかった。
むしろ楽しんでいるように聞こえた。
◇
白石は業種ごとの店を調べ始めた。
雑誌を集め、街を歩き、実際の店舗を見て回る。
ただ綺麗なだけでは意味がない。
どの商品を最初に見せるのか。
どこに価格を置くのか。
購入ボタンをどれくらい目立たせるのか。
同じ商品でも、並べ方一つで印象は変わる。
「日用雑貨は、商品数が多い。」
「だからカテゴリを先に見せた方がいい。」
白石は画面へラフを並べていく。
「家具は写真を大きく。」
「美容室は予約ボタンを上に。」
「花屋は季節の商品が最初。」
悠が後ろから画面を覗く。
「前よりずっと具体的になったな。」
白石は手を止めない。
「悠が言ったんでしょ。」
「売れるデザインを作れって。」
「覚えてたのか。」
「根に持ってるから。」
白石はそう言いながら笑っていた。
◇
九条は、白石のデザインをテンプレートとして動かす仕組みを作っていた。
だが、作業は簡単ではなかった。
商品数が違う。
写真の大きさも違う。
文字量も違う。
一つの画面で綺麗に見えても、別の商品を入れると崩れる。
「ここ、写真が縦長だとずれる。」
白石が指摘する。
九条はすぐに修正する。
「自動で合わせる。」
「文字が長いとボタンが下に落ちる。」
「文字数でサイズを変える。」
「色が暗いと商品が沈む。」
「後で考える。」
「後じゃダメ。」
「今やってる。」
二人のやり取りは何度も繰り返された。
時には言い合いになった。
それでも、以前のように互いを否定することはなかった。
白石は九条の技術を信じていた。
九条も、白石の指摘が見た目だけではないと理解していた。
悠は少し離れた席から、その様子を見守った。
二人はもう、プログラマーとデザイナーではない。
一つの商品を作る仲間になっていた。
◇
その頃、西園寺恒一はカード会社の応接室にいた。
向かいに座る担当者は、ARCの資料を一通り確認すると、静かに閉じた。
「申し訳ありません。」
予想していた言葉だった。
「御社は設立から日が浅い。」
「取扱実績も、まだ十分とは言えません。」
「加盟店を増やした場合の管理体制にも不安があります。」
西園寺は表情を変えなかった。
「当然のご懸念だと思います。」
担当者は少し意外そうに顔を上げる。
「否定されないんですね。」
「事実ですから。」
西園寺は穏やかに答えた。
「今のARCには、大企業ほどの信用も実績もありません。」
「では、なぜ契約を?」
「これから作るからです。」
担当者が眉を動かす。
西園寺はARCショップメーカーの資料を開いた。
「今は、ネットで物を買う人はまだ多くありません。」
「企業も、ホームページを会社案内程度に考えています。」
「ですが、これから通信環境は良くなる。」
「家庭でインターネットを使う人も増える。」
「店まで行かずに商品を選び、その場で購入する。」
「そういう時代が来ます。」
担当者は少し笑った。
「随分、大きく出ますね。」
「私は営業です。」
西園寺も笑う。
「未来が見えるとは言いません。」
「ですが、売れる市場の匂いは分かります。」
資料を一枚めくる。
そこには、ARCショップメーカーの導入数と、月ごとの伸びが記されていた。
競合登場後は減速している。
だが、その前までの伸びは明らかだった。
「この市場は、まだ始まったばかりです。」
「今、ARCと契約していただければ。」
「御社は成長した後の市場へ入るのではありません。」
「市場が成長する最初から参加できます。」
担当者は黙って資料を見る。
西園寺は畳みかけなかった。
相手が考える時間を待った。
しばらくして、担当者が尋ねる。
「御社が伸びる根拠は?」
西園寺は迷わなかった。
「商品です。」
「そして、人です。」
「技術を作る人間がいる。」
「使いやすくする人間がいる。」
「未来を考える社長がいる。」
「私は、それを売ることができる。」
静かな言葉だった。
だが、そこには確信があった。
担当者は再び資料へ目を落とす。
「一度社内で検討してみますが、通常より高い手数料率になると思います。」
西園寺は初めて笑みを深くした。
「ありがとうございます。それでも構いません。」
担当者が手を止める。
「ずいぶん早いですね。」
「好条件を待って市場を逃す方が、高くつきます。」
西園寺は契約書へ視線を向けた。
「ただし。」
「決済件数が一定数を超えた時点で、手数料率を下げていただきたい。」
担当者は苦笑した。
「そこは譲らないんですね。」
「お金は大切ですから。」
西園寺は真顔で答えた。
◇
一方。
競合会社の会議室では、ARCの動向が報告されていた。
「価格変更は?」
社長の問いに、営業部長が答える。
「ありません。」
「十九万八千円のままです。」
「新しい広告も確認されていません。」
役員の一人が首を傾げる。
「まだ何も決められないのか。」
「こちらが発売して、もう三週間です。」
別の役員が笑う。
「値下げの判断一つに、随分時間がかかるものですね。」
営業部長も資料を閉じた。
「販売数は落ち続けています。」
「こちらは順調に伸びています。」
社長は椅子にもたれた。
以前はARCを警戒していた。
商品も、開発者も、本物だと評価した。
だが、ここまで動きがないとは思わなかった。
「少し、買い被っていたかもしれんな。」
誰かが笑う。
「所詮は学生の寄せ集めです。」
「商品を作る能力と、会社を動かす能力は別です。」
社長は短く頷いた。
「このまま続けろ。」
「向こうが判断している間に、市場を取る。」
会議はそれだけで終わった。
ARCが何もしていない。
誰もがそう信じていた。
◇
ARCでは、作業開始から三週間が過ぎていた。
机には空になったコーヒー缶が並び、壁には修正内容を書いた紙が何枚も貼られている。
悠は画面を確認しながら、心の中でAIへ尋ねた。
(相棒。)
『はい。』
(あとどれくらいで完成する。)
AIはすぐに答えた。
『現在の進捗率は八十二・七%です。』
『九条玲司が四十時間連続で稼働した場合。』
悠は眉をひそめる。
(待て。)
『はい。』
(また寝かせないつもりか。)
『過去の作業記録では、四十時間の連続稼働が可能です。』
(可能かどうかを聞いてない。)
『……。』
(ちゃんと休ませろ。)
AIは数秒沈黙した。
『睡眠時間を六時間確保します。』
『食事休憩を一日二回。』
『入浴時間を十分確保した場合——』
(風呂まで管理するな。)
『完成まで四日です。』
悠は小さくため息をついた。
(最初からそう言え、このポンコツ。)
『学習しました。』
(本当か?)
『次回から、入浴時間は計算から除外します。』
(そこじゃない。)
悠は思わず笑った。
◇
四日後。
深夜。
事務所には主要メンバー全員が残っていた。
九条が最後の動作確認を終える。
「テンプレート切り替え。」
クリック。
日用雑貨。
美容室。
家具。
花屋。
画面が次々と切り替わる。
動作に問題はない。
白石が大きく伸びをした。
「終わった……。」
その声には疲労と達成感が混ざっていた。
悠は画面に並んだ一覧を見る。
二十種類。
悠は一瞬、見間違えたのかと思った。
「十五じゃなかったか?」
「途中で増えた。」
白石は当然のように答える。
「文房具。」
「玩具。」
「スポーツ用品。」
「ギフト。」
「あと旅館。」
「どうしても必要だった。」
九条が横から呟く。
「何度も増えた。」
白石は笑う。
「でも、全部作った。」
画面には二十種類のテンプレートが並んでいた。
どれも同じではない。
商品を売るための工夫が、業種ごとに詰め込まれている。
悠はゆっくり頷いた。
「よくやった。」
白石が嬉しそうに笑う。
「本当に大変だったんだから。」
その時。
九条が何気なく口を開いた。
「実際は、もっとある。」
全員の視線が集まる。
「どういうことだ?」
九条は画面の端に追加された項目を指した。
**カラー設定**
クリックする。
白を基調にした画面が、落ち着いた茶色へ変わる。
もう一度。
青。
黒。
淡い緑。
商品配置は同じまま、店全体の印象が一瞬で変化した。
白石が立ち上がる。
「何これ!」
「配色をまとめて変更する機能。」
九条は平然としている。
「テンプレートごとに五色用意した。」
「いつ作ったの?」
「昨日。」
「昨日!?」
白石は画面と九条を交互に見る。
「なんで言わないの!」
「昨日あったらいいなと思った。」
九条がわずかに笑う。
白石は一瞬言葉を失い、それから悔しそうに笑った。
「……驚いた。」
悠も画面を見ながら笑う。
「二十種類に五色。」
九条が頷く。
「組み合わせは百通り。」
「新しいテンプレートを百個作るより、ずっと軽い。」
悠は心の中でAIへ尋ねた。
(どうだ。)
『非常に効率的です。』
『追加開発量に対する選択肢の増加率は極めて高いと評価します。』
(九条らしいな。)
『はい。』
『ただし、事前説明は不足しています。』
(それも九条らしい。)
事務所に電話の音が響いた。
悠が受話器を取る。
「はい、ARCです。」
『社長。』
西園寺の声だった。
「どうでした?」
一瞬の間。
そして、落ち着いた声が返ってくる。
『契約できました。』
白石と九条が同時に顔を上げる。
悠は笑った。
「条件は?」
『当初提示された条件より、手数料を下げてもらいました。』
『決済実績に応じて、さらに下がります。』
「好条件じゃないですか。」
『ARCの将来性を買っていただきました。』
西園寺は少しだけ誇らしそうだった。
『営業は、今の商品だけを売る仕事ではありません。』
『相手に、これからの未来を信じてもらう仕事です。』
「さすがです。」
電話を切る。
悠は新しくなったARCショップメーカーを見る。
二十種類の業種別テンプレート。
百通りの配色。
カード決済。
強化した導入サポート。
当初、自分が考えていたものを超えている。
白石は十五を二十にした。
九条はテンプレートと決済機能を想定以上で実装させた。
西園寺は難しい契約を見事にまとめた。
悠は仲間たちを見回す。
未来を知っているのは自分だけだ。
だが。
未来を作っているのは、自分一人ではなかった。
『分析結果。』
AIの声が静かに響く。
『初期計画を上回る製品価値を確認。』
『チームによる相互補完が、予測値を超えています。』
悠は小さく笑った。
(俺も同じことを考えていた。)
画面の向こうでは、新しいARCショップメーカーが静かに起動している。
悠はゆっくり椅子から立ち上がった。
「みんな。」
三人が悠を見る。
悠は不敵に笑った。
「反撃を始めよう。」
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