反撃の準備
翌朝。
ARC会議室。
机の上には売上資料が並んでいた。
右肩上がりだったグラフは途中から失速し、その先はゆるやかに下降している。
誰も口を開かなかった。
悠はホワイトボードへ歩き、二つの数字を書いた。
**ARC 198,000円**
**競合 98,000円**
「まず確認しておく。」
「価格競争では勝てない。」
九条が資料を見ながら答える。
「利益は残る。」
「十万円まで下げても会社は回る。」
西園寺も静かに続けた。
「営業としても価格差は埋めたいです。」
「このままでは厳しい。」
悠は首を横に振る。
「仮に十万円まで下げたとする。」
「相手は八万円。」
「六万円。」
「最後は赤字覚悟で市場を取りに来る。」
「俺たちには付き合えない。」
西園寺が頷く。
「資本力が違います。」
「価格で戦った瞬間、大企業の土俵です。」
悠はホワイトボードへ新しく一文字書いた。
**不安**
会議室が静かになる。
「二十万円も十万円も、お客様にとっては高い買い物だ。」
「だから一番不安なのは。」
「思った通りのホームページが作れるか。」
「本当に売れるのか。」
「使いこなせるのか。」
「その不安をなくした会社が勝つ。」
九条が腕を組む。
「……なるほど。」
悠は頷いた。
「価値を上げる。」
「価格じゃない。」
悠は九条を見る。
「九条。」
「一つ目だ。」
「テンプレート機能を作る。」
九条が眉をひそめる。
「テンプレート?」
「業種を選ぶだけで。」
「ホームページの形が完成する。」
「パン屋ならパン屋。」
「ラーメン屋ならラーメン屋。」
「美容室なら美容室。」
「ボタン一つだ。」
九条は少し考え込んだ。
「そんなもの誰が使う。」
悠はホワイトボードへ真っ白な四角を書いた。
「初めてホームページを作る人が、この画面を見たらどう思う?」
九条は黙る。
「何を作ればいいか分からない。」
「だから止まる。」
「でも最初から八割できていたら?」
九条の目が少しずつ輝き始めた。
「……型を作るのか。」
「そう。」
「難しいところは俺たちが考える。」
「お客様は商品を並べるだけ。」
九条は笑った。
「面白い。」
「やる。」
悠は白石へ視線を向けた。
「白石。」
「テンプレートのデザインを頼む。」
「ただ綺麗なだけじゃダメだ。」
「パン屋ならパンが一番おいしそうに見える。」
「美容室なら予約したくなる。」
「花屋なら季節感。」
「業種ごとに、一番売れるデザインを作ってほしい。」
白石は少し驚いた顔をした。
「売れる……デザイン。」
悠は頷く。
「デザインは飾りじゃない。」
「売上を作る武器だ。」
白石は力強く頷いた。
「任せて。」
「絶対に作る。」
悠は最後に西園寺を見る。
「西園寺さん。」
「カード決済を入れます。」
西園寺は目を丸くした。
「クレジットカードですか?」
「はい。」
「でも審査があります。」
「契約も簡単じゃありません。」
「分かってます。」
悠は静かに答えた。
「でも考えてください。」
「店なら商品を持って、その場でお金を払います。」
「ネットだけ銀行へ行って振り込む。」
「面倒ですよね。」
西園寺は腕を組んだ。
「確かに。」
「振込に行く前に、買うのをやめる人もいます。」
悠は頷く。
「買いたいと思った時に買える。」
「その差は想像以上に大きい。」
「カード決済は、お客様のためでもあり、お店のためでもある。」
西園寺は静かに笑った。
「銀行。」
「カード会社。」
「全部私が回ります。」
「お願いします。」
会議が終わり、それぞれが席を立つ。
九条はもうノートパソコンを開いていた。
白石はデザイン帳を抱えて走っていく。
西園寺は電話帳を手に取り、銀行へ向かった。
悠はその背中を見送りながら、小さく呟く。
(相棒。)
『はい。』
(全部完成するまで、どれくらいかかると思う。)
AIは一瞬で答えた。
『現在の作業量を分析しました。』
『九条玲司が四十時間連続で開発。』
『白石美咲が三十時間連続でデザイン制作。』
『西園寺恒一が休憩を最小限に抑えて営業活動を行った場合。』
『約四十八時間で完成可能です。』
悠は思わず立ち止まった。
(……おい。)
『はい。』
(九条を四十時間働かせる気か。)
『はい。』
『過去の実績から可能です。』
悠は思わず苦笑する。
(休ませろ、このポンコツ。)
AIは数秒沈黙した。
『……再計算します。』
『睡眠を考慮した場合。』
『完成まで約六十三時間です。』
悠は笑いながら歩き出した。
(それでいい。)
『学習しました。』
『人間は効率だけでは動きません。』
悠は小さく笑う。
(少しずつ覚えろ。)
『努力します、相棒。』
その夜。
ARCの事務所だけは、遅くまで明かりが消えることはなかった。
(反撃はこれからだ)
読んでいただきありがとうございます!
もし面白いと思ってくれたら、ブクマや評価で応援してもらえると執筆の励みになります!




