価格競争
競合他社が新製品を発売してから、一か月。
それまで順調に伸びていたARCショップメーカーの売上は、まるで嘘だったかのように減速した。
毎日のように届いていた注文メールは目に見えて減り、営業部の空気も重くなる。
西園寺恒一は今日も朝から営業へ出ていた。
夕方。
事務所へ戻ると、静かに契約書を一枚机へ置く。
「今日は一件です。」
営業部員も疲れ切った表情だった。
「また価格で負けました。」
「機能は評価してもらえるんです。」
「でも最後に、半額なら……って。」
西園寺は静かに頷いた。
「今日はもう帰りましょう。」
「また明日です。」
営業部員たちが帰ったあとも、西園寺は一人、営業日報を書き続けていた。
◇
一方、その頃。
都内。
大手ソフトウェア会社、本社会議室。
営業部長が売上資料を映し出す。
「発売から一か月。」
「販売本数は当初予測を二割上回っています。」
役員たちの表情が緩む。
「順調ですね。」
「やはり価格戦略は正解でしたね。」
営業部長も頷く。
「ARCの販売数は急激に減少しています。」
「市場シェアも逆転しました。」
社長は静かに資料を閉じた。
「予想通りだ。」
「だが、一つだけ忘れるな。」
会議室の空気が引き締まる。
社長は机の上のARCショップメーカーを手に取った。
「この商品は本物だ。」
「初期バージョンでここまで完成度が高いソフトはそうそうない。」
「UIも優秀。」
「初心者でも迷わない。」
「正直、本気でこのチームがうちのだったらと思う。」
営業部長が苦笑する。
「末恐ろしいですね。」
社長は静かに頷く。
「だからこそだ。」
「普通の会社なら放っておいても消える。」
「だが、本物は違う。」
「苦境を乗り越えた会社は、一気に強くなる。」
社長はパンフレットを閉じた。
「だから、今だ。」
「このまま成長させれば、必ずいつか脅威になる。」
営業部長が尋ねる。
「次に打ってくる手は。」
社長が笑う。
「値下げだろうな。」
「ここまで価格差があれば、それしかない。」
営業部長も頷いた。
「価格競争になれば、こちらのものです。」
「利益は薄くなりますが、当社なら長期戦にも耐えられます。」
「市場を取ってから利益を戻せばいい。」
社長は静かに立ち上がる。
「価格は維持。」
「ARCが下げたら、こちらも下げる。」
「出る杭は、早いうちに打つ。」
「ここで終わらせる。」
誰も反対しなかった。
◇
翌日。
一本の電話が鳴る。
白石が受話器を取る。
「はい、株式会社ARCです。」
しばらく話を聞いた白石の表情が曇る。
「……はい。」
「分かりました。」
静かに受話器を置く。
悠が尋ねた。
「どうした?」
白石は言いづらそうに答える。
「導入したお客様です。」
「競合へ乗り換えるから……。」
「返金できないかって。」
事務所が静まり返る。
九条は拳を握る。
「機能なら負けてない。」
「使いやすさだって負けてない。」
白石は悔しそうに俯いた。
「でも……。」
「半額なんだよ。」
誰も言い返せなかった。
◇
その日の夕方。
四人は会議室へ集まっていた。
机の上には売上推移のグラフ。
右肩上がりだった線は途中から横ばいになり、その先はゆっくりと下を向いていた。
白石が静かに口を開く。
「……やっぱり。」
「値下げした方がいいんじゃない?」
九条も資料を見つめながら頷く。
「開発費はほぼ回収できている。」
「今なら利益も残る。」
「利益率は下がるけど、生き残ることはできる。」
悠は何も言わない。
売上グラフを見つめたまま動かなかった。
西園寺が腕を組み、ゆっくり話し始める。
「私は営業として、値下げは好きではありません。」
「安さで選ばれたお客様は、もっと安い商品が出ればまた離れます。」
少し間を置く。
「ですが……。」
「ここまで価格差がある以上、営業だけで覆すのは難しい。」
「悔しいですが、今回は値下げもやむを得ないでしょう。」
事務所に沈黙が流れる。
誰もが同じ答えに辿り着いていた。
値下げ。
それしか、生き残る方法はない。
その時だった。
悠はゆっくり顔を上げた。
その口元が、静かに緩む。
九条が眉をひそめる。
「……悠?」
白石も首を傾げる。
「何か思いついた?」
悠は立ち上がった。
三人を見渡す。
そして、ニヤリと笑う。
「値下げ?」
一拍置く。
「逆だ。」
さらに一拍。
「ARCショップメーカーは。」
「今日から値上げする。」
三人の思考が止まった。
誰一人、その言葉の意味を理解できなかった。
『分析結果。』
AIの静かな声が悠の頭に響く。
『その判断が最適解です。』
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