動き出す巨人
都内。
大手ソフトウェア会社、本社。
大会議室。
長机の中央に、一つのパンフレットが置かれていた。
表紙には、大きく書かれている。
**ARCショップメーカー。**
営業部長が静かに口を開いた。
「本日、ご報告するのはこちらです。」
「最近、中小企業向けに販売を開始したネットショップ作成ソフトになります。」
社長はパンフレットを手に取った。
「例の学生が作った会社か。」
「はい。」
「東大生を中心に立ち上げた会社です。」
「会社名は株式会社ARC。」
社長は小さく頷いた。
「……東大か。」
「なるほど。」
パンフレットが技術部長へ渡る。
ノートパソコンへインストールし、静かに操作を始めた。
会議室にはキーボードの音だけが響く。
数分後。
技術部長の手が止まった。
「……これは。」
もう一度最初から操作する。
画面を切り替える。
商品登録。
受注管理。
顧客管理。
デザイン変更。
一通り確認し終え、静かに息を吐いた。
「正直によく出来ています。」
会議室が少しざわつく。
「初期バージョンで、ここまで機能を網羅しているとは思いませんでした。」
「拡張性もあります。」
「設計もしっかりしています。」
「あと二、三年改良を続ければ、かなり厄介な存在になります。」
今度はデザイン部長が画面を見る。
数分後。
思わず笑った。
「UIもいいですね。」
「初心者でも迷わない。」
「経験者が使っても無駄がない。」
「説明書を読まなくても操作できる。」
「かなり研究しています。」
営業部長も資料を閉じる。
「営業目線でも評価できます。」
「価格は十九万八千円。」
「この完成度なら十分安い。」
「正直……。」
少し笑う。
「開発メンバーごとうちへ来てほしいくらいです。」
会議室に小さな笑いが起こる。
しかし社長だけは笑わなかった。
画面を見つめたまま静かに言う。
「学生とは思えんな。」
少し考える。
「東大がすごいのか、社長がすごいのか。」
企画部が資料を開いた。
「販売開始から約三か月。」
「導入店舗は現在百社を超えています。」
社長が初めて顔を上げる。
「もうそんなに売れているのか。」
「はい。」
「口コミと法人営業が中心です。」
営業部長が続ける。
「最近、営業責任者を採用したようです。」
「販売速度が急に上がっています。」
社長は椅子にもたれた。
「気付くのが少し遅れたな。」
企画部長が申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ありません。」
しかし社長は首を横に振った。
「いや。」
「まだ間に合う。」
「市場は始まったばかりだ。」
プロジェクターに一枚のグラフが映し出される。
インターネット利用者数。
ネットショップ市場。
どちらも右肩上がりだった。
企画部長が説明する。
「五年以内に市場規模は十倍以上になると予測しています。」
社長は静かに頷く。
「つまり。」
「この市場を取った会社が勝つ。」
会議室の空気が変わる。
役員が尋ねる。
「買収しますか。」
社長は即答した。
「必要ない。」
「うちでも作れるだろ。」
技術部長が答える。
「二か月いただければ、同等レベルの製品は開発可能です。」
営業部長も続ける。
「営業網はこちらが圧倒的です。」
社長はホワイトボードへ歩き、数字を書く。
**198,000円**
その横に新しく書き加えた。
**98,000円**
「価格はこれでいく。」
営業部長が確認する。
「安すぎませんか。利益率はかなり下がります。」
「構わない。」
「利益は後から回収できる。」
「まずは市場だ。」
社長は静かにパンフレットを閉じた。
「学生が市場を見つけた。」
少しだけ笑う。
「礼は言おう。」
「ここから先は。」
「資本の勝負だ。」
誰も反論しなかった。
巨大企業が動き出した。
その事実だけが、静かな会議室に重く響いていた。
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