更なる高み
1週間後。
西園寺は退職届を提出し、引き継ぎを終える。
会社を出る前、長年使った営業バッグを見つめ、小さく頭を下げた。
「長い間、お世話になりました。」
そして、新しい一歩を踏み出した。
目の前にはARC。
ドアを開ける。
「おはようございます。」
「お待ちしていました。」
悠たち三人が迎える。
事務所の奥では数人のアルバイトたちも忙しそうに作業をしていた。
まだ始まったばかりの会社。
しかし、確かに動き始めている会社だった。
西園寺は室内をゆっくり見回す。
デスクよりも空いているスペースの方が広い。
苦笑しながら呟く。
「……少し広すぎませんか。」
白石がすぐ反応した。
「でしょ?」
「私も最初そう思ったんですよ。」
九条も笑う。
「家賃がもったいない。」
悠は三人のやり取りを笑顔で見ていた。
(まだ誰も知らない。)
(この部屋も、すぐに狭く感じる。)
(この時代ITの成長速度は、人の想像を遥かに超える。)
空いたスペースを見つめながら、悠は静かに微笑んだ。
軽い雑談を交えた後、悠は西園寺をパソコンの前へ案内した。
「これがARCショップメーカーです。」
西園寺は黙って画面を操作する。
商品登録。
デザイン変更。
注文画面。
管理画面。
一通り確認すると、椅子にもたれ、小さく息を吐いた。
「……正直に言います。」
三人が少し緊張する。
「これは売れます。」
その一言で空気が変わる。
「私が営業として見てきた商品の中でも、完成度は圧倒的に高い。」
「営業は商品を売る仕事ではありません。」
「売れる商品を見極める仕事でもあります。」
「これは、自信を持って提案できます。」
悠は嬉しそうに笑った。
白石が口を開く。
「でも、一番すごいのは悠なんです。」
悠は首を振る。
「違う。」
「システムを作ったのは九条だ。」
九条もすぐに否定する。
「俺はプログラムを書いただけ。」
「この使いやすさは白石のおかげ。」
白石は照れ笑いする。
「私は見た目だけだよ。」
悠は笑った。
「その見た目があるから、お客様は安心して使える。」
三人は互いを褒め合う。
西園寺はその様子を黙って見つめていた。
そして静かに笑う。
「いい会社ですね。」
少し間を置く。
「いや……。」
「いいチームです。」
夜。
歓迎会。
仕事の話より、笑い声の方が多かった。
九条はプログラムばかり書いていたこと。
白石はデザインを始めたきっかけ。
西園寺も営業人生で経験した失敗談を笑い話として語る。
「新人の頃は緊張しすぎて、お客様の会社名を間違えたこともあります。」
その話に店中が笑いに包まれた。
悠も思わず笑う。
「西園寺さんでも、そんな失敗をするんですね。」
「営業は失敗して覚える仕事です。」
西園寺はビールを一口飲む。
「ただ、一つだけ覚えていてください。」
悠が真剣な表情になる。
「営業は商品を売る仕事じゃありません。」
「人を信頼してもらう仕事です。」
「商品は、そのあとについてきます。」
悠は静かに頷いた。
「勉強になります。」
西園寺は笑う。
「私も皆さんから勉強しています。」
「この年になって大学生から学ぶとは思いませんでした。」
店内にまた笑いが起こる。
その光景を、悠だけが静かに眺めていた。
『分析を開始します。』
AIの声が心の中で響く。
『九条玲司。』
『白石美咲。』
『西園寺 恒一。』
『各分野において高い能力を確認。』
悠は小さく笑う。
(どうだ?)
『現在のチーム能力を再評価。』
『ARCの成長予測を大きく上方修正。』
『このチームであれば、更なる高みを目指せます。』
悠はグラスを見つめた。
(ありがとう、相棒。)
悠が立ち上がる。
「みんな。」
「これからの目標を話そう。」
店内が静かになる。
「まずはARCショップメーカーを日本中に広める。」
「中小企業が当たり前にホームページを持てる時代を作る。」
全員が頷く。
その時、西園寺が口を開いた。
「社長。」
「どうせ売るなら。」
「日本一を目指しましょう。」
一瞬、静寂が流れる。
悠は笑った。
「奇遇ですね。」
九条も笑う。
「最初からそのつもり。」
白石も笑顔で続ける。
「私も。」
悠はゆっくりグラスを持ち上げる。
「俺たちの目標は、一つ。」
「日本一の会社を作る。」
四人は顔を見合わせた。
そして同時に笑う。
「乾杯!」
グラスの音が重なった。
その音は、小さな会社ARCの、新しい未来の始まりを祝福しているようだった。
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