本物
西園寺は悠の名刺を見つめ、小さく笑った。
「株式会社ARCですか。」
悠も名刺へ視線を落とす。
そこには現在勤めている会社の名前と、「営業部 西園寺」の肩書が記されていた。
「営業の方ですか。」
「ええ。」
西園寺は穏やかに頷く。
「もう二十年以上、この仕事をしています。」
悠は迷わず尋ねた。
「さっきの商談。」
「何が悪かったんでしょうか。」
西園寺はすぐには答えなかった。
会社の前をゆっくり歩きながら、ようやく口を開く。
「神谷さんは若いのにかなり筋良かったですよ。」
「商談の前に、何を考えていましたか。」
「商品をどう説明するかです。」
「やっぱり。」
西園寺は苦笑した。
「それが一番の原因です。」
悠は首を傾げる。
「説明は必要ですよね。」
「もちろん必要です。」
「ですが。」
西園寺は立ち止まった。
「営業は説明する仕事ではありません。」
「聞く仕事です。」
悠は黙る。
西園寺は続けた。
「今日のお客様は在庫管理で困っていました。」
「神谷さんは、その先を聞きませんでした。」
「なぜ困るのか。」
「誰が困るのか。」
「どれくらい損をしているのか。」
「そこを知らないまま商品を説明しても、お客様は自分の会社の話だと思えません。」
悠は商談を思い返した。
確かに。
相手が話し始めた瞬間、自分は安心してしまった。
そしてまた商品の説明へ戻っていた。
西園寺は笑う。
「営業は商品を売る仕事じゃありません。」
「お客様と一緒に問題を整理する仕事なんです。」
その瞬間だった。
AIが静かに告げる。
『分析を開始します。』
悠は少し驚く。
AIが他人を分析するのは珍しかった。
数秒の沈黙。
やがてAIが口を開く。
『分析終了。』
『西園寺の営業理論は極めて合理的です。』
悠は心の中で尋ねる。
(どのくらいだ。)
『相棒の営業能力を基準値1とした場合。』
『現時点での西園寺の営業能力は約二十五倍と推定されます。』
悠は思わず息をのんだ。
AIは続ける。
『追加分析。』
『西園寺は商品を販売していません。』
『顧客の意思決定を支援しています。』
『営業という職業を正しく理解しています。』
悠は黙ったまま西園寺を見つめる。
目の前の男は、派手なことは何も言っていない。
それでも。
一言一言に重みがあった。
しばらく歩いたあと、西園寺が苦笑する。
「実は。」
「最近、この会社を辞めようかと思っていまして。」
悠は驚く。
「辞めるんですか。」
「ええ。」
「上司とは考え方が合わないんです。」
「会社は数字ばかり見ています。」
「私は、お客様を見たい。」
少し照れくさそうに笑う。
「まあ、愚痴ですよ。」
横断歩道の信号が青に変わる。
西園寺は軽く頭を下げた。
「今日は失礼しました。」
「神谷さん。」
「応援しています。」
そう言って歩き去っていく。
悠はその背中を見つめ続けた。
AIが静かに告げる。
『提案があります。』
(言え。)
『西園寺との共同業務を推奨します。』
悠は少し笑う。
(珍しいな。)
(お前が人を褒めるなんて。)
AIは数秒沈黙した。
『訂正します。』
『私は評価しました。』
『褒めてはいません。』
悠は小さく笑った。
「十分だ。」
AIは続ける。
『現在のARCに不足している能力を補完できます。』
『共同経営シミュレーションを実施。』
『事業成長率の大幅な向上を確認しました。』
悠は歩き去る西園寺の背中をもう一度見つめた。
(相棒。)
(俺も同じことを考えてた。)
胸ポケットから名刺を取り出す。
「西園寺……。」
その名前を静かに口にする。
悠には分かっていた。
今日の出会いは偶然ではない。
ARCの未来を変える出会いになる。
そんな予感がしていた。
読んでいただきありがとうございます!
少しテンポ遅いですかね。もし良かったら是非ご感想を。




