営業という仕事
事務所には重い空気が流れていた。
五件。
商談はできた。
商品も説明した。
担当者も最後まで話を聞いてくれた。
それでも。
返ってきた言葉は、すべて同じだった。
「社内で検討させていただきます。」
契約は一件もない。
白石が机に突っ伏した。
「何が悪いんでしょう……。」
九条も腕を組む。
「商品の性能では負けていない。」
「価格も競合より安い。」
「理由が分からない。」
悠は静かに目を閉じた。
その時だった。
AIが告げる。
『分析結果があります。』
(言え。)
『相棒は商品を売っています。』
(営業だからな。)
『違います。』
『顧客が購入するのは商品ではありません。』
『問題が解決した未来です。』
悠は黙って聞いていた。
『営業は知識ではありません。』
『技術です。』
『だから営業という職業が存在します。』
AIの声はそこで止んだ。
悠は静かに目を開く。
「そうか……。」
白石が顔を上げる。
「何か分かったんですか?」
悠は二人を見る。
「営業を募集しよう。」
◇
数日後。
ARC初の求人募集が始まった。
営業経験者歓迎。
法人営業経験者優遇。
応募は思ったより多かった。
最初の応募者は胸を張って言った。
「営業は気合です!」
「百件断られても百一件目です!」
悠は尋ねる。
「相手の課題は、どうやって見つけますか。」
応募者は笑った。
「そんなの売りながら考えます。」
悠は静かに頭を下げた。
「ありがとうございました。」
◇
二人目。
営業経験十年。
立派な経歴だった。
「商品が良ければ売れます。」
悠は聞く。
「商品が良くても売れない時は?」
応募者は少し黙った。
「それは……。」
答えは返ってこなかった。
◇
三人目。
「飛び込み営業なら誰にも負けません。」
「数を回れば必ず契約できます。」
悠は最後まで話を聞いた。
そして頭を下げた。
「ありがとうございました。」
◇
夕方。
最後の応募者が帰る。
白石がため息をついた。
「営業経験がある人ばかりでしたね。」
九条も資料を閉じる。
「条件は満たしている。」
悠は静かに首を振った。
「違う。」
「営業はしてきた。」
「でも、俺たちが欲しい営業じゃない。」
白石が聞く。
「どんな人なんですか?」
悠は少し考えた。
しかし答えは出なかった。
「まだ分からない。」
「でも。」
「今日会った人たちじゃないことだけは分かる。」
◇
翌日。
悠は一人で営業へ向かった。
白石と九条には会社を任せた。
(本で読んだことを試そう。)
商談が始まる。
悠は資料を開かなかった。
「その前に、一つだけ教えてください。」
担当者が顔を上げる。
「現在、一番困っていることは何でしょうか。」
担当者は少し驚いたような顔をした。
「そうですね……。」
在庫のこと。
発注のこと。
店舗ごとに数字が合わないこと。
初めて相手が話し始めた。
(これだ。)
悠は心の中で頷いた。
しかし。
次の質問が出てこない。
話が途切れる。
結局。
途中からいつものように商品の説明になってしまった。
商談は終わる。
担当者は笑顔で言った。
「ありがとうございました。」
「社内で検討させていただきます。」
会社を出る。
夕暮れだった。
悠は小さく笑う。
「難しいな……。」
その時だった。
後ろから声がした。
「神谷さん。」
悠が振り返る。
スーツ姿の男が立っていた。
四十代後半。
落ち着いた雰囲気だった。
男は名刺を差し出す。
「突然すみません。」
「西園寺と申します。」
悠も名刺を渡す。
「株式会社ARCの神谷です。」
西園寺は少し笑った。
「先ほどの商談、少し聞こえてしまいました。」
悠は何も言わない。
西園寺は続けた。
「若いのに大したものです。」
「商品は悪くありません。」
一拍置く。
そして静かに言った。
「でも。」
「売っていたのは商品でしたね。」
悠の表情が止まる。
AIとは違う。
同じ意味の言葉を。
目の前の男は、自分の経験として口にした。
悠は名刺へ視線を落とす。
そこには、西園寺という名前だけが静かに刻まれていた。
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