検討します
あれから悠たちはテレアポを続けていた。
一本一本、話し方を変え。
断られるたびに改善を繰り返した。
その結果。
五件の商談の約束を手にしていた。
契約はまだ一件もない。
それでも。
確実に前へ進んでいた。
火曜日。
午後一時三十分。
悠たちは予定より三十分早く会社へ到着していた。
白石は何度も資料を確認している。
「緊張しますね……。」
九条はノートパソコンを閉じた。
「デモの準備は終わっている。」
「いつでも説明できる。」
悠はビルを見上げる。
一週間前。
五百本目の電話で手に入れた約束。
ようやく、この扉の向こうへ入れる。
受付で名前を告げると、前回とは対応が違った。
「神谷様ですね。」
「担当がお待ちしております。」
三人は顔を見合わせた。
白石が小さく笑う。
「入れました。」
悠も静かに頷く。
「ああ。」
会議室へ案内される。
担当者は四十代ほどの男性だった。
名刺交換を済ませ、席に着く。
「本日はよろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
悠は資料を開いた。
「本日は、弊社が開発した販売管理システムをご紹介いたします。」
九条が画面を映す。
在庫管理。
売上分析。
発注予測。
個人店で評価された機能を、一つずつ説明していく。
担当者も途中までは頷いていた。
「なるほど。」
「面白いですね。」
白石の表情も少し明るくなる。
説明を終えた悠は、静かに頭を下げた。
「以上になります。」
担当者は資料を閉じた。
少し考えてから口を開く。
「ありがとうございました。」
「社内で検討させていただきます。」
悠は笑顔で答えた。
「よろしくお願いいたします。」
会社を出る。
白石が嬉しそうに言う。
「反応、良かったですよね!」
九条も頷く。
「質問も多かった。」
「可能性はある。」
悠もそう思った。
しかし。
一週間後。
届いた返事は短かった。
『今回は見送らせていただきます。』
理由は書かれていない。
◇
二社目。
今度は説明をさらに改善した。
機能を絞った。
価格も見直した。
最後。
「検討します。」
◇
三社目。
「検討します。」
◇
四社目。
「検討します。」
◇
五社目。
「検討します。」
◇
夕方。
事務所。
机の上には「検討します」と書かれたメモが並んでいた。
白石がため息をつく。
「説明は、ちゃんと聞いてくれるんです。」
「でも……。」
「誰も買ってくれません。」
九条も腕を組む。
「性能では負けていない。」
「価格も悪くない。」
「何が足りない。」
悠は黙っていた。
その時だった。
AIが静かに告げる。
『分析結果があります。』
(言ってみろ。)
『神谷悠は、商品を説明しています。』
悠は眉をひそめる。
(それが営業じゃないのか。)
『違います。』
短い返答だった。
『顧客は、販売管理ソフトを買いたいわけではありません。』
『顧客が買いたいのは、自社の問題が解決した未来です。』
悠は言葉を失った。
AIは続ける。
『神谷悠は、一度も相手の課題を聞いていません。』
『ずっと、自分の話をしています。』
会議室の光景が頭に浮かぶ。
説明。
機能。
価格。
実績。
確かに。
自分は一度も聞いていなかった。
「何に困っていますか。」
その一言すら。
悠は静かに目を閉じる。
(じゃあ次は、聞けばいい。)
しばらく沈黙が流れた。
AIは静かに答えた。
『推奨しません。』
悠は目を開く。
(なぜだ。)
『理解と習得は異なります。』
『質問にも順番があります。』
『信頼にも手順があります。』
『法人営業は、知識だけではできません。』
悠は小さく息を吐いた。
(……難しいな。)
『はい。』
『だから、職業として存在します。』
悠は窓の外を見つめる。
会社を経営する。
その意味を、また一つ知った気がした。
「営業か……。」
その言葉は、これまでとは違う重さを持っていた。
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