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アポイント

「会うことです。」


相棒の静かな声を思い出す。


悠はベンチに座ったまま、空を見上げる。


(会う……。)


(会えないから始まらない。)


(じゃあ、どうやって会う?)


しばらく考えた末、悠はゆっくり立ち上がった。


「アポイントだ。」


白石が首を傾げる。


「アポイント?」


「予約がないから会えない。」


「だったら、先に約束を取ればいい。」


九条が腕を組む。


「どうやって。」


悠は短く答えた。


「電話だ。」


三人は顔を見合わせた。


法人営業。


その最初の一歩は、受話器の向こう側にあった。



翌日。


ARCの事務所。


机の上には白紙のノートが広げられていた。


悠はペンを持ったまま止まる。


「……電話番号がない。」


白石も困った顔をする。


「会社って、どうやって探すんですか?」


九条はパソコンを開く。


「検索してみる。」


しかし表示される会社はわずかだった。


「ホームページが少ない。」


(二〇〇一年じゃ、まだまだ少ないか。)


悠は部屋を見回した。


その時、棚の隅に分厚い黄色い本が目に入る。


「これだ。」


手に取ったのはタオンページだった。


白石が目を丸くする。


「こんな本、初めて開きました。」


悠はページをめくる。


「ネットにないなら、紙を使う。」


九条は画面を見つめたまま言った。


「ネットにある会社だけでも一覧にしてみる。」


「ないよりはいい。」


その日の夜。


九条は簡単な一覧を作り上げた。


ネットから集めた会社。


タオンページから調べた会社。


二つを合わせると、それなりの数になった。


悠は深呼吸する。


「始めよう。」



一本目。


プルルルル――


「はい、○○株式会社です。」


悠は緊張で喉が渇く。


「あ、あの……株式会社ARCの神谷と申します。」


「販売管理ソフトのご案内で――」


ガチャ。


電話が切れた。


部屋が静まり返る。


白石が苦笑する。


「早かったですね……。」


悠も苦笑した。


「三秒だった。」


二本目。


「必要ありません。」


ガチャ。


三本目。


「担当がおりません。」


ガチャ。


四本目。


「間に合っています。」


ガチャ。


五本目。


「結構です。」


ガチャ。


午前中だけで三十件。


成果はゼロだった。



昼休み。


悠は缶コーヒーを飲みながら天井を見つめる。


(何が悪い。)


AIが静かに答える。


『営業と判断されるまで三秒でした。』


悠は目を閉じる。


(……どうすればいい。)


『考えてください。』


それだけだった。


悠はノートを開く。


会社名。


自己紹介。


商品説明。


一つずつ線を引いていく。


「長いな……。」


午後。


もう一度電話をかける。


「お忙しいところ失礼いたします。」


「株式会社ARCの神谷と申します。」


「少しだけ、お時間をいただけませんか。」


前より少しだけ長く話せた。


それでも最後は断られた。


電話を切る。


AIが一言だけ告げる。


『改善しています。』


悠は小さく笑った。


「そうか。」



日が変わる。


電話。


電話。


電話。


百件。


成果なし。


白石は受話器を置いた。


「もう無理ですよ!」


「百社ですよ!」


「全部断られてるじゃないですか!」


「本当に意味があるんですか!」


部屋が静まり返る。


悠も疲れていた。


それでも受話器を持ち上げる。


「まだ百件だ。」


白石は呆れた顔をする。


悠は静かに言った。


「百回断られただけだ。」


「百一社目は、まだ断られてない。」


その一言に、白石は何も返せなかった。



それからも電話は続いた。


受付で止められる。


担当につながる。


断られる。


また考える。


また電話をかける。


AIは時折、小さなヒントだけを残した。


『受付の役割を考えてください。』


『相手の立場を分析してください。』


『改善されています。』


答えは教えない。


考えるのは、いつも悠だった。


少しずつ。


本当に少しずつ。


担当者につながる回数が増えていった。


それでも。


アポイントは一件も取れない。



受話器の横には付箋が積み重なった。


タオンページには赤い印が増えていく。


飲みかけのコーヒー。


書き直された台本。


「……四百九十九。」


悠は小さく呟いた。


深呼吸をする。


五百本目の電話だった。


プルルルル――


「はい。」


受付の女性の声。


悠は落ち着いて名乗る。


用件を伝える。


担当部署へつないでもらう。


受話器の向こうで保留音が流れる。


(頼む。)


やがて男性の声が聞こえ要件を無駄なく伝える。


「来週の火曜日でしたら、お時間を取れます。」


悠は一瞬、言葉を失った。


「……ありがとうございます。」


電話を切る。


部屋には静寂が流れた。


白石が恐る恐る尋ねる。


「今……。」


「約束、しました?」


悠は静かに笑う。


「ああ。」


「やっと会える。」


商品は、まだ一つも売れていない。


それでも。


五百本目の電話で。


初めて、法人と約束を交わした。


読んでいただきありがとうございます!

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