社長をお願いします
「次は法人だ。」
翌朝。
悠は数枚の資料を机に並べた。
白石が首を傾げる。
「いよいよですね。」
九条は自信満々だった。
「ソフトは完成している。」
「個人店より導入効果は高い。」
「売れない理由がない。」
悠も頷く。
「まずは近場から行こう。」
三人が向かったのは、都内で十数店舗を展開するベーカリーチェーン本社だった。
受付はガラス張りで、個人店とはまるで雰囲気が違う。
受付の女性が笑顔で尋ねる。
「ご用件をお伺いします。」
悠は名刺を差し出した。
「株式会社ARCの神谷と申します。」
「御社の販売管理システムについて、ご提案したく参りました。」
受付は丁寧に受け取る。
「アポイントはお取りでしょうか。」
「……いえ。」
「申し訳ございません。」
「ご予約のないご提案はお受けしておりません。」
笑顔のまま、断られた。
会社を出る。
白石が小さく呟く。
「終わっちゃいましたね。」
「三十秒だった。」
九条は納得がいかない。
「中身も見ていない。」
「性能すら説明していない。」
悠は何も言わない。
「次だ。」
二社目。
同じだった。
「担当者が不在です。」
三社目。
「資料をお預かりします。」
四社目。
「現在、新規のお取引は予定しておりません。」
五社目。
「システムは既存ベンダーと契約しております。」
夕方。
三人は公園のベンチに座っていた。
誰も口を開かない。
白石がようやく言う。
「一回も説明できませんでした。」
九条は資料を見つめる。
「ソフトが悪いんじゃない。」
「見てもらえない。」
悠は空を見上げた。
その時だった。
AIが静かに告げる。
『分析結果があります。』
(言ってみろ。)
『これまでの成功要因は、商品ではありません。』
悠は少し眉を動かす。
『個人店では、店主が意思決定者でした。』
『相棒は、その本人と直接会話できました。』
『しかし法人では違います。』
『受付。』
『総務。』
『情報システム部。』
『店舗運営部。』
『部長。』
『役員。』
『社長。』
『意思決定者まで到達していません。』
悠は黙って聞いていた。
AIは続ける。
『販売管理ソフトの性能分析を開始しますか。』
悠は首を振る。
(違う。)
『……。』
(ソフトは問題ない。)
(問題は。)
悠はゆっくり立ち上がる。
「俺たちだ。」
白石と九条が顔を上げる。
「俺たちは今まで。」
「店に商品を売っていた。」
「でも会社は違う。」
「会社には組織がある。」
九条が静かに聞く。
「どう違う?」
悠は今日一日を思い返した。
受付。
担当者。
不在。
資料だけ。
誰一人、商品の話を聞いてくれなかった。
「商品を売る前に。」
悠はゆっくり言う。
「会う権利を手に入れないといけない。」
三人の間に沈黙が流れる。
白石が苦笑した。
「そんなの、どうやって。」
悠は答えられなかった。
風だけが吹いている。
その時。
AIが静かに言った。
『営業方法が間違っています。』
『法人営業と個人主の営業は別物です。』
『最初の目的は、商品を売ることではありません。』
『会うことです。』
悠は目を閉じる。
初めて知る世界だった。
「営業……。」
その言葉を口にした瞬間。
悠は理解した。
自分たちには、
まだ足りない人スキルがある。
法人営業か。
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