これ、誰が使うんですか?
東大。
昼休み。
学内掲示板の前で、一人の女子学生が立ち止まった。
そこに貼られていた募集要項には、大きくこう書かれている。
**「使う人の立場で考えられる人、募集。」**
「……何これ。」
白石美咲は思わず足を止めた。
プログラム経験不問。
デザイン経験不問。
必要なのは、「使う人の立場で考えられること」。
こんな募集は初めて見た。
「変な会社。」
そう呟きながらも、なぜか気になった。
住所は大学から歩いて二十分ほど。
「ちょっと見に行くだけなら、いいか。」
その日の夕方。
ワンルームのインターホンが鳴った。
悠がドアを開ける。
「募集を見て来ました。」
「どうぞ。」
部屋へ入った美咲は、思わず周りを見回した。
床にはコード。
机の上には空き缶。
壁際には段ボール。
そして、その中心では一人の青年が、こちらを一度だけ見て、すぐに画面へ視線を戻した。
「九条です。」
悠が紹介する。
「よろしくお願いします。」
「……よろしく。」
返事はそれだけだった。
美咲は小さく笑う。
「職人気質なんですね。」
「まあ、そんな感じです。」
悠も苦笑した。
「今日は面接というより、一つ見てもらいたいものがあるんです。」
悠はノートパソコンを美咲の前へ置いた。
「これが、僕たちの作ったネットショップ作成ソフトです。」
「触っていいですか?」
「もちろん。」
美咲はマウスを握った。
画面を見つめる。
数秒後。
「……えっと。」
「どうしました?」
「商品を登録したいんですけど。」
「商品管理です。」
九条が答える。
クリック。
新しい画面が開く。
「え?」
美咲の手が止まる。
「どうしました?」
「いっぱいあります。」
画面には、
商品基本情報。
在庫属性。
販売条件。
配送条件。
顧客設定。
ずらりと項目が並んでいた。
「商品を一つ登録したいだけなんですよね?」
「そうだ。」
「じゃあ、どれから押せばいいんですか?」
「商品基本情報。」
「分かりました。」
クリック。
今度は入力画面が表示される。
商品名。
価格。
商品番号。
商品属性。
販売区分。
税率設定。
「……。」
「何か問題がありますか。」
「商品名と値段だけ入れればいいと思ってました。」
「他も必要だ。」
「全部ですか?」
「必要なものだけ。」
「どれが必要なんですか?」
九条は画面を指差した。
「印が付いている。」
美咲は目を細めた。
「あ、本当だ。」
少し笑う。
「小さすぎて気付きませんでした。」
悠は思わず頷いた。
昨日、自分も同じだった。
美咲は入力を続ける。
「次は写真ですね。」
少し探す。
「……あれ?」
「どうしました?」
「写真はどこですか?」
「表示設定。」
「え?」
「表示設定だ。」
「商品なのに?」
「画像は表示だから。」
美咲は首を傾げた。
「私だったら、商品管理の中をずっと探します。」
九条は答える。
「慣れれば分かる。」
「初めて使う人は慣れてません。」
その一言に、九条は黙った。
美咲はさらに操作を続ける。
商品登録を終え、周りを見回す。
「保存は?」
「右上。」
「……。」
十秒ほど探してから、小さなボタンを見つけた。
「ありました。」
クリック。
画面が切り替わる。
「……え?」
「どうしました。」
「保存できたんですか?」
「できた。」
「分かりませんでした。」
「一覧に戻った。」
「保存しました、って出ないんですか?」
「必要ない。」
「私はあった方が安心します。」
悠は心の中で、小さく頷いた。
美咲は今度は戻るボタンを押した。
入力画面が消える。
「これ。」
「何だ。」
「もし間違えて押したら、どうなるんですか?」
「保存してなければ消える。」
「怖いですね。」
「何が。」
「触るのが。」
九条は初めて考え込むような表情を見せた。
「怖い?」
「はい。」
「間違えたら消えそうですし。」
「壊しそうで怖いです。」
「どこを押せばいいか分からないのも怖いです。」
「だから、私はあまり触りたくないです。」
部屋が静かになった。
九条は何も言わない。
美咲は申し訳なさそうに笑った。
「ごめんなさい。」
「悪く言うつもりじゃないんです。」
「すごく高性能なのは分かります。」
「でも……。」
少しだけ言葉を選ぶ。
そして画面を見ながら、静かに言った。
「このソフトって。」
「作る人のことは、すごく考えてあります。」
九条が顔を上げる。
「でも。」
「使う人のことは、あまり考えてないですよね。」
沈黙が流れた。
昨日、一日かけても伝わらなかったことを。
この女子学生は、わずか数分で言い当てた。
『適合率九十八・七パーセント。』
AIが静かに告げる。
『推奨します。』
悠は思わず笑った。
「白石さん。」
「はい?」
「うちで働きませんか。」
美咲は目を丸くした。
「え?」
「まだ何もしてませんけど。」
「十分です。」
悠は九条を見る。
「どう思う?」
九条はしばらく黙っていた。
やがて、静かに口を開く。
「……続きを聞きたい。」
それは九条なりの、最大級の興味だった。




