完成しすぎた失敗作
翌朝。
悠が目を覚ますと、九条はすでにパソコンの前に座っていた。
「寝たのか」
「少し」
「何時間」
「二十四分」
「それは寝たとは言わない」
九条は画面を見たまま、キーボードを叩き続ける。
悠は隣に腰を下ろした。
「昨日話した通りだ。楽天みたいな大きな売り場じゃない。それぞれの店が、自分のネットショップを持てるようにする」
「ああ」
「商品名、値段、写真を入れれば店が作れる。それくらい簡単なものにしてくれ」
「分かってる」
返事は短い。
だが、九条は小さな声で何かを呟いていた。
「在庫管理……顧客分類……配送条件……権限設定……」
「九条」
「何だ」
「機能を増やしすぎるなよ」
「必要なものしか作らない」
悠は少しだけ不安になった。
しかし、技術に関しては九条を信じるしかない。
「普通の人が使うものだからな」
「分かってる」
その言葉を信じ、悠は見守ることにした。
それから数週間。
九条はほとんどパソコンの前から動かなかった。
悠が大学へ行くときも。
帰ってきたときも。
夜中に目を覚ましたときでさえ、キーボードの音が続いていた。
その間、悠も一人でHP制作をこなすしかなく、二人とも似たような日々だった。
やがて、ある日の夕方。
悠が部屋へ戻ると、珍しく九条の手が止まっていた。
「できた」
悠は荷物を床へ置く。
「完成したのか」
「ああ」
パソコンの前に座り、画面を見る。
最初に感じたのは、驚きだった。
商品登録。
注文管理。
在庫管理。
顧客管理。
売上集計。
配送設定。
値引き設定。
アクセス解析。
店を運営するための機能が、ほとんどすべて揃っている。
「……すごいな」
この時代での水準を考えれば、明らかに異常な完成度だった。
九条がわずかに顎を上げる。
「当然だ」
悠はマウスを握った。
「じゃあ、店を作ってみるか」
画面の左側には、細かな文字で大量の項目が並んでいる。
悠はしばらく眺めた。
「……どこから始めるんだ」
「店舗管理」
言われた場所を押す。
さらに項目が増えた。
「商品を登録したい」
「商品管理」
開く。
また別の項目が並ぶ。
商品基本情報。
在庫属性。
販売条件。
配送条件。
顧客別設定。
悠は数秒、黙った。
「九条」
「何だ」
「多すぎる」
「必要な機能だ」
「店を一つ作るだけだぞ」
「どんな店にも対応できる」
「最初に使うのは、小さな店だ」
「小さな店も成長する」
悠は商品名を一つ登録しようとした。
入力欄がいくつも並び、その横には聞き慣れない言葉が続いている。
画像の登録場所さえ、すぐには見つからなかった。
「これ、普通の人には使えないぞ」
九条の表情が変わる。
「使える」
「俺が迷ってる」
「説明を読めば分かる」
「説明を読まないと使えない時点で駄目だろ」
「機能を減らせば不便になる」
「多すぎても不便なんだよ」
「多い方ができることは増える」
「どこに何があるか分からなければ、ないのと同じだ」
「探せばある」
「探させるな」
九条は譲らなかった。
機能は動いている。
不具合もない。
だから問題はない。
何を言っても、その答えに戻ってくる。
悠は何度か説明を試みたが、話は平行線のままだった。
「駄目だ。埒があかない」
「問題はない」
「ある」
「お前が使い方を理解していないだけだ」
その言葉に、悠は黙った。
確かに今のところ、使いにくいと言っているのは自分だけだ。
未来の便利なサービスを知っているから、厳しく見すぎている可能性もある。
『判断材料が不足しています』
AIが言った。
悠は小さく答える。
「実際の客に見せろってことか」
『はい』
悠は九条を見る。
自信はまったく揺らいでいない。
このまま話していても、答えは出ない。
「分かった」
「何がだ」
「実際に売りに行こう」
九条は即答した。
「売れる」
「自信満々だな」
「必要な機能は全部ある」
悠はもう一度、画面いっぱいに並んだ項目を見る。
機能は全部ある。
だからこそ、不安だった。
「明日、一軒目に持っていく」
悠はそう言って、営業先の候補を書いた紙を手に取った。
最初の相手は、ネット販売に興味を持つ小さな洋菓子店だった。
翌日。
ARCは初めて、自分たちの商品を客へ売りに行く。




