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一人の限界

「神谷さん、この案件もお願いできますか?」


「もちろんです。」


悠は迷わず答えた。


電話を切る。


その直後。


また電話が鳴る。


「株式会社ARCです。」


「ホームページをお願いしたいのですが。」


「ありがとうございます。」


メール。


電話。


FAX。


紹介。


仕事は、次から次へと舞い込んできた。


『本日の新規問い合わせ、八件。』


「昨日より多いな。」


『前日比三三パーセント増加です。』


大学へ行く。


講義を受ける。


昼休みにメールを返す。


帰宅する。


仕事。


夜中まで作業。


寝る。


また大学。


そんな生活が、一か月近く続いていた。


ある日の講義中。


教授の声が遠く聞こえる。


ノートを取ろうとした瞬間、ペンが止まった。


『眠気を検知しました。』


「……寝てないからな。」


『平均睡眠時間、四時間十一分。』


「あと一時間欲しい。」


『仕事を減らしてください。』


「無理。」


『受注を停止してください。』


悠は首を横に振った。


「期待して連絡してくれた人を断りたくない。」


その日の夜。


机の上には、未処理の案件が積み重なっていた。


ホームページ制作。


更新依頼。


画像修正。


見積書。


請求書。


やることを書き出したメモは、すでに二ページ目に入っている。


悠はコーヒーを一口飲み、キーボードを叩き続けた。


午前一時。


まだ終わらない。


午前二時。


電話は鳴らなくなったが、メールは増えていく。


午前三時。


ようやく最後の一件を送信した。


「終わった……。」


椅子にもたれた瞬間。


メール受信音。


悠は思わず笑ってしまった。


「嘘だろ。」


件名。


**ホームページ制作のご相談。**


その下にも。


**ご紹介いただき、ご連絡しました。**


また、その下にも。


**新規制作のご依頼。**


『現在の受注残。』


『四十七件。』


悠は画面を見つめたまま動かなかった。


「そんなにあるのか。」


『はい。』


『現在の作業速度では、すべて完了まで約五十八日かかります。』


「……。」


『推奨。』


『受注停止。』


悠は静かに首を振る。


「それはできない。」


『なぜですか。』


「信じて連絡してくれたんだ。」


「その期待には応えたい。」


AIは数秒沈黙した。


『では、質問します。』


「何だ。」


『神谷悠は何人いますか。』


悠は苦笑した。


「一人。」


『一日は何時間ですか。』


「二十四時間。」


『増やせますか。』


「……無理だ。」


『睡眠を削りますか。』


「もう削ってる。」


『では。』


AIは静かに結論を告げた。


『問題は仕事量ではありません。』


『神谷悠が一人しかいないことです。』


部屋が静まり返る。


その一言は、誰よりも悠自身が分かっていた。


技術はある。


仕事もある。


信用も得られた。


資金も少しずつ増えている。


それでも。


会社は大きくならない。


理由は一つ。


全部、自分でやっているからだ。


悠は椅子から立ち上がり、窓を開けた。


春の夜風が部屋へ吹き込む。


街にはまだ明かりが残っている。


「……そうか。」


静かに呟く。


「俺が足りないんじゃない。」


「仲間が足りないんだ。」


AIは答える。


『分析完了。』


『日本一になるために必要なもの。』


『技術ではありません。』


『時間でもありません。』


『人材です。』


悠は夜空を見上げ、小さく笑った。


「一人では、日本一になれない。」


その言葉は、誰に向けたものでもなかった。


自分自身へ向けた、初めての敗北宣言だった。


読んでいただきありがとうございます!

一人社長は辛い。

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