最短距離
# エピローグ 第二話 最短距離
ピー……。
ガガガガ……。
ピーヒョロロロ……。
部屋の隅に置かれたパソコンから、懐かしい接続音が響く。
「懐かしいな。」
『通信速度は極めて低速です。』
「分かってるよ。」
画面にYahoo! JAPANが表示される。
悠は検索欄へ、地元の飲食店や旅館、美容院の名前を入力した。
次々とホームページを開いていく。
派手な背景。
点滅する文字。
意味もなく動く画像。
営業時間を探しても見つからず、電話番号へ辿り着くまで何度もページを移動させられる。
悠は眉をひそめた。
「ひどいな。」
『何がでしょうか。』
「作った側の言いたいことばかりだ。」
「見る側が知りたいことを、何も考えてない。」
AIはしばらく沈黙した。
『分析結果も同様です。』
『情報は存在しますが、利用者が必要な情報へ辿り着きにくい設計です。』
「やっぱりそうか。」
画像が一枚表示されるまで、長い時間がかかる。
悠は椅子から立ち上がった。
「家じゃ遅すぎる。ネットカフェに行くぞ。」
『賛成します。』
駅前のネットカフェは、低い仕切りで区切られただけの簡素な店だった。
悠は空いている席に座り、同じページを開いた。
すぐに画面が表示される。
「速っ。」
『自宅回線の約八倍です。』
「これで速いと感じてたんだよな。」
悠は三十件以上のホームページを見比べた。
飲食店。
不動産会社。
旅館。
工務店。
どのページにも情報はある。
だが、客を増やすための工夫はほとんどなかった。
「この頃は、ホームページを作れるだけで商売になった。」
『違います。』
「何が違う?」
『ホームページを作れたからではありません。』
『お客様の立場で考えられる人が少なかったのです。』
悠は画面を見つめた。
「技術じゃなくて、価値か。」
『はい。』
「これなら勝てる。」
『技術を習得できれば、可能性はあります。』
悠はその足で書店へ向かった。
パソコン関連の棚から、分厚い入門書を一冊手に取る。
『はじめてのHTML』
「これを三日で覚える。」
『その学習方法は非効率的です。』
「まだ何もしてないぞ。」
『最初から読む必要はありません。』
「入門書なのに?」
『相棒の目的は、HTMLに詳しくなることではありません。』
『三日以内に、商品として売れるホームページを作ることです。』
悠は本の厚さを見る。
「できるのか?」
『私の指示に従えば、成功確率は八十一パーセントです。』
「微妙に不安だな。」
『通常の初心者であれば、十二パーセント以下です。』
「十分チートじゃねえか。」
『ありがとうございます。』
「褒めてない。」
その日から、AIによる特訓が始まった。
『十九ページを開いてください。』
「最初じゃないのか?」
『最初の十八ページは、現時点では不要です。』
言われたページを開く。
そこにはHTMLの基本構造が載っていた。
見慣れない英字と記号が並んでいる。
<HTML>
<HEAD>
<TITLE>
<BODY>
悠は眉を寄せた。
「暗号みたいだな。」
『暗記しないでください。』
「じゃあ、どうする?」
『書いてください。』
悠はキーボードに手を置いた。
本に書かれている通り、一行ずつ入力していく。
保存する。
ブラウザで開く。
真っ白な画面に、黒い文字が表示された。
「出た。」
『では、BODYタグの中にある文字を削除してください。』
悠は言われた通りに削除する。
画面から文字が消えた。
『何が変化しましたか?』
「文字が消えた。」
『では、BODYタグの役割は何だと思いますか?』
悠は少し考える。
「画面に表示する中身を入れる場所か。」
『正解です。』
次に、画像を表示させる。
タグの一部を消す。
画像が表示されなくなる。
必要な部分だけを使い、すぐに実際のページを作る。
悠が間違えるたびに、AIは答えを教えずに問いかけた。
『何が変わりましたか?』
『原因はどこにあると思いますか?』
『利用者は、最初に何を知りたいでしょうか?』
悠が行き詰まる直前にだけ、最小限のヒントを出す。
理解が浅ければ、似た問題をもう一度。
理解できれば、すぐに次へ進む。
一日目。
文字と画像を表示し、ページ同士をつなげられるようになった。
二日目。
表示されない画像や崩れた画面を、自分で直せるようになった。
三日目。
AIは白紙の画面を示した。
『駅前の飲食店を想定してください。』
『初めて訪れる客は、何を知りたいと思いますか?』
「場所。」
「営業時間。」
「値段。」
「何が食えるか。」
「電話番号と定休日。」
『では、その順番で作ってください。』
悠は店名を大きくし、写真を置いた。
派手な色も使ってみた。
文字も動かした。
『その装飾は必要ですか?』
「目立つだろ。」
『利用者の目的に必要でしょうか。』
悠は数秒考え、動く文字を消した。
派手な背景も白へ戻す。
必要な情報だけを、見つけやすい順番に並べていく。
数時間後。
画面に一つのホームページが完成した。
店名。
料理の写真。
営業時間。
価格。
住所。
電話番号。
派手さはない。
だが、初めて見る人でも、知りたいことがすぐに分かる。
「地味だな。」
『はい。』
「そこは否定しろよ。」
『ですが、先ほどのデザインよりも利用者にとって便利です。』
悠は完成した画面を見つめた。
「これなら売れる。」
『最低限の納品水準へ到達しました。』
「本当に三日で覚えたな。」
『実学習時間は二十六時間十四分です。』
「お前、本当に細けぇな。」
『正確です。』
まだプロではない。
複雑な技術は使えない。
それでも、小さな店や会社のホームページなら作れる。
三日前まで何も知らなかった悠が、今は客の行動を考えながら画面を作っている。
悠はメモ帳を開いた。
『ホームページ制作で稼ぐ』
その横に書き加える。
『準備完了』
「次は仕事だな。」
『はい。』
「何を売る?」
『ホームページではありません。』
悠は眉を上げる。
「じゃあ、何だ?」
『お客様が選ばれる理由です。』
悠は完成した画面を見ながら、口元を上げた。
収入はゼロ。
顧客もゼロ。
実績もゼロ。
それでも、未来へ進むための最初の武器は手に入った。
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