桜咲く
十四日。
人生で一番長い十四日だった。
試験は終わっている。
もう勉強する必要もない。
だからこそ落ち着かなかった。
朝起きても。
食事をしても。
テレビを見ても。
何をしていても、頭の中には一つのことしか浮かばない。
――合格発表。
「今日だな。」
『はい。』
悠は静かにパソコンの前へ座った。
手が震えている。
「こんな歳になっても緊張するんだな。」
『相棒は十七歳です。』
「そうだった。」
苦笑する。
それでも手の震えは止まらない。
時計が午前十時を指す。
東京大学のホームページが更新された。
「……。」
マウスを握る。
深呼吸。
クリック。
受験番号一覧が表示される。
悠は画面を見つめた。
一番上からゆっくり番号を追っていく。
ない。
まだない。
心臓が嫌な音を立てる。
スクロール。
また探す。
ない。
「……。」
喉が渇く。
もう一度。
ゆっくり確認する。
そして。
「あ……。」
そこにあった。
自分の受験番号。
悠は何も言えなかった。
頭の中が真っ白になる。
数秒。
いや、一分だったのかもしれない。
ただ画面を見つめ続けた。
『相棒。』
AIの声で我に返る。
「……あった。」
『はい。』
「受かった。」
『はい。』
悠は震える声で、もう一度言った。
「受かった……。」
その瞬間だった。
後ろから母親の声が聞こえた。
「どうだったの?」
悠はゆっくり振り返る。
言葉が出ない。
ただ画面を指差した。
母親は画面を見る。
番号を見る。
何度も見直す。
「……え。」
目が大きく開く。
口元を押さえる。
涙があふれた。
「悠……。」
「本当に……。」
「本当に受かったの……?」
悠は笑いながら頷いた。
「ああ。」
「受かった。」
母親はその場にしゃがみ込み、声を殺して泣き始めた。
「よかった……。」
「本当によかった……。」
父親も黙ったまま画面を見つめている。
いつも無口な父が、小さく笑った。
「よくやった。」
その一言だけだった。
だが、それだけで十分だった。
悠は目頭が熱くなる。
前世では聞けなかった言葉。
もう二度と聞けないと思っていた言葉。
それを、もう一度聞くことができた。
◇
夕方。
東京大学から成績開示のデータを確認する。
「さて。」
「どれくらいで受かったんだ。」
画面を開く。
合格最低点。
悠は数字を見た。
そして固まる。
「……。」
『どうしましたか。』
悠は苦笑した。
「合格最低点じゃねぇか。」
『はい。』
「あと一点低かったら落ちてたぞ。」
『はい。』
悠はしばらく画面を見つめたあと、大きく笑った。
「危ねぇ……。」
「本当に危なかった。」
AIも静かに答える。
『ですが。』
『ちゃんと合格しました。』
悠は笑顔のまま頷いた。
「ああ。」
「そうだな。」
しばらく沈黙が流れる。
悠はゆっくり窓の外を見る。
桜が風に揺れていた。
「ありがとう、相棒。」
AIは少しだけ間を置いて答えた。
『違います。』
『相棒が努力した結果です。』
『私は道順を知っていただけです。』
悠は首を横に振る。
「違う。」
「前の人生の俺だったら、途中で何度も諦めてた。」
「模試で偏差値四十を取った日も。」
「数学で十五分止まった日も。」
「受験前に不安で眠れなかった日も。」
「お前がいたから、最後まで歩けた。」
AIは何も答えなかった。
悠は笑う。
「あのさ。」
『はい。』
「お前、本当にチートだよ。」
ほんの少しだけ沈黙が流れる。
『ありがとうございます。』
悠は笑って首を振った。
「今回は褒めてる。」
AIは静かに答えた。
『ありがとうございます。』
窓の外では桜が舞っている。
新しい人生が、今、本当に始まった。
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