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二次試験

三日。


たった三日。


それなのに、一か月のように長く感じた。


朝起きても。


教室で授業を受けても。


参考書を開いても。


頭の中に浮かぶのは一つだけ。


東大 第一次試験。


「今日か……。」


『はい。』


午前九時。


東大のホームページが更新される。


悠はパソコンの前に座り、静かにマウスを握った。


「相棒。」


『はい。』


「番号……あると思うか。」


少しだけ沈黙が流れる。


『分かりません。』


悠は苦笑した。


「だよな。」


深呼吸を一つ。


受験番号一覧を開く。


数字を追う。


ない。


まだない。


鼓動だけが速くなる。


スクロール。


そして。


「あ……。」


あった。


間違いなく、自分の受験番号だった。


全身の力が抜ける。


椅子にもたれかかり、天井を見上げた。


「通った……。」


『はい。』


「本当に通った。」


『第一段階選抜、通過です。』


悠は目を閉じた。


涙が一滴だけ頬を伝う。


しかし次の瞬間には笑っていた。


「まだ終わってない。」


『はい。』


『ここからが本番です。』



二週間後。


冬の東京。


冷たい風の向こうに、赤門が見えた。


「ここが東大か。」


『はい。』


前世では、一度も立つことのなかった場所。


それが今、目の前にある。


周囲には全国から集まった受験生たち。


誰もが自分より賢そうに見えた。


「俺だけ場違いだな。」


『事実ではありません。』


「慰めてる?」


『訂正しています。』


思わず笑う。


その一瞬だけ、肩の力が抜けた。



試験開始。


数学。


第一問。


解ける。


第二問。


少し時間はかかったが解けた。


第三問。


「……。」


手が止まる。


何も浮かばない。


時計だけが進んでいく。


(まずい。)


(頭が真っ白だ。)


『相棒。』


「……。」


『十五分経過しました。』


悠は時計を見る。


本当に十五分が過ぎていた。


『一問に固執しないでください。』


『解ける問題へ移ります。』


「……ああ。」


第四問へ。


鉛筆が動く。


第五問。


部分点を積み重ねる。


第六問。


取れるところだけを取る。


一年前なら焦って終わっていた。


今は違う。


全部解く試験ではない。


取れる点を積み重ねる試験だ。



午後。


英語。


静まり返った教室。


長文問題に集中していると、後方から小さな声が聞こえた。


「すみません……。」


教室中の視線が集まる。


一人の受験生が青い顔で手を挙げていた。


「お腹が痛いので……トイレに行かせてください。」


試験監督が頷く。


「係員が付き添います。」


受験生は監督とともに静かに教室を出ていった。


その姿を見送った瞬間。


悠の腹がきゅっと締め付けられた。


(おい……。)


(なんで俺まで腹が痛くなってきたんだ。)


(やばい……。)


(こんな時に……。)


『相棒。』


「……。」


『本当に腹痛ですか。』


「え?」


『一度、お腹ではなく、呼吸に意識を向けてください。』


悠はゆっくり息を吸う。


ゆっくり吐く。


もう一度。


吸って。


吐く。


「……。」


不思議なことに、さっきまでの違和感が消えていた。


「あれ……。」


「治った。」


『緊張は身体に様々な錯覚を与えます。』


『相棒は、それに反応しただけです。』


悠は苦笑する。


「ビビらせるなよ。」


『ビビっていたのは相棒です。』


「うるさい。」


思わず笑った。


その笑顔と一緒に、肩の力も抜けていく。


「よし。」


「続きだ。」


鉛筆が再び走り始めた。



英語。


国語。


理科。


最後の一科目。


試験終了五分前。


教室には紙をめくる音だけが響いている。


悠は最後の答えを書き終えた。


問題冊子を閉じる。


見直しも終えた。


もう書くことはない。


「そこまで。」


試験監督の声が教室に響く。


一斉に鉛筆が置かれた。


誰もすぐには立たない。


悠も動けなかった。


天井を見つめる。


長かった一年が、ようやく終わった。


「……終わった。」


『はい。』


「長かったな。」


『三百四日でした。』


悠は静かに目を閉じた。


あの日。


偏差値四十の自分に、AIが言った言葉を思い出す。


『東京大学を目指してください。』


「偏差値四十だぞ。」


『見えています。』


「残り一年もない。」


『正確には三百四日です。』


「細けぇよ!」


あの時は笑うしかなかった。


まさか、本当に三百四日を走り切るとは思っていなかった。


悠は小さく笑った。


「……お前、本当に細けぇな。」


『正確です。』


「ああ。」


悠は立ち上がる。


そして少し照れくさそうに笑った。


「今回は、褒めてる。」


ほんのわずかな沈黙。


『ありがとうございます。』


悠は笑った。


今度は、


「褒めてねぇ。」


とは言わなかった。


校舎を出る。


冬の夕日が赤門を赤く染めていた。


悠は一度だけ振り返る。


「結果はどうあれ。」


「やれることは全部やった。」


AIは静かに答える。


『はい、相棒。』


悠は前を向いた。


もう振り返らない。


**合格発表まで 十四日。**


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