共通テスト
朝五時。
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
窓の外はまだ暗い。
静かな部屋に、自分の鼓動だけが響いている。
「……眠れなかった。」
『睡眠時間、五時間四十八分。』
「言うな。」
『承知しました。』
珍しく、それ以上は何も言わなかった。
◇
試験会場。
重い空気が流れていた。
誰も笑っていない。
誰も話していない。
参考書を握る手だけが、小さく震えている。
「緊張するな……。」
『はい。』
「お前はしないのか。」
『私はAIです。』
「聞いた俺が悪かった。」
少しだけ笑う。
その笑顔もすぐ消えた。
試験官が問題冊子を配り始める。
教室は静まり返った。
「始め。」
問題冊子を開く。
一問目。
「……。」
手が止まる。
知らない。
二問目。
「え……。」
これも迷う。
胸が締め付けられる。
(嘘だろ。)
(これなんだっけ......。)
周りでは鉛筆の音だけが響いている。
(終わった。)
その瞬間。
『相棒。』
「……。」
『深呼吸してください。』
呼吸が浅くなっていたことに初めて気付く。
ゆっくり息を吸う。
吐く。
『分かる問題から解きましょう。』
『一問に勝負をかける必要はありません。』
「あ……。」
そうだった。
何百回も練習した。
全部解く試験じゃない。
取れる問題を確実に取る試験だ。
俺は一問目を飛ばした。
三問目。
解ける。
鉛筆が動く。
四問目。
解ける。
五問目。
少し迷う。
飛ばす。
六問目。
解ける。
止まっていた時間が、ようやく動き始めた。
◇
試験終了まで残り十分。
「……。」
まだ空欄が三つ。
(間に合わない。)
『残り十分です。』
「分かってる!」
思わず心の中で叫ぶ。
AIは落ち着いた声で続けた。
『見直しは最後です。』
『まず空欄をなくしてください。』
「……!」
俺は問題を見返す。
どうしても分からない。
なら。
二択まで絞る。
鉛筆を握る。
「頼む……!」
最後の一つを塗りつぶした。
その直後。
「そこまで。」
鉛筆を置く。
全身の力が抜けた。
◇
家へ帰ると、机の上には夕食が並んでいた。
母が心配そうに聞く。
「どうだった?」
「……分からない。」
それしか言えなかった。
◇
夜。
インターネットには速報解答が並んでいる。
答え合わせを始める。
○
○
×
○
△
○
×
点数を書き込むたびに、心臓が締め付けられる。
「……。」
最後の一問。
昼間、二択で選んだ問題。
恐る恐る答えを見る。
「……!」
当たっていた。
思わず息を吐く。
それでも。
点数はベストな状態じゃない。
主人公は画面を見つめたまま呟く。
「これ……。」
「足切り、大丈夫なのか……。」
AIは少しだけ沈黙した。
『現時点では判断できません。』
「お前でも?」
『東大の第一段階選抜は、今年の受験者全体の結果によって決まります。』
『現時点では、誰にも分かりません。』
主人公は椅子にもたれかかった。
長い沈黙。
「怖いな。」
『はい。』
「もし足切りだったら……。」
『その時は終わりです。』
「はっきり言うな。」
『ですが。』
少しだけ間が空く。
『まだ終わっていません。』
主人公は静かに目を閉じた。
「……ああ。」
「まだ終わってない。」
画面には、
「東京大学 第一段階選抜発表 三日後」
という文字だけが残っていた。
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