噂
## 第○話 噂
翌朝。
教室のドアを開けた瞬間だった。
ざわっ――。
教室中の視線が、一斉に俺へ集まる。
「来た。」
「神谷だ。」
「東大受けるって本当なの?」
「昨日、振られたらしいぞ。」
「東大も恋愛も難しいな。」
「おい、聞こえるぞ。」
俺はため息をついた。
『現在、神谷悠に関する話題が校内で急速に拡散しています。』
「分析すんな。」
『推定伝播速度は想定の一・八倍です。』
「だから分析すんな。」
教室の後ろから友人が笑いながら近づいてきた。
「神谷。」
「昨日、大丈夫だったか?」
「……まあ。」
「振られた。」
「知ってる。」
「何で知ってるんだ。」
「もう学校中知ってる。」
俺は机に突っ伏した。
「終わった……。」
『終わっていません。』
「恋愛は終わった。」
『認めます。』
「認めるな。」
友人は笑いながら椅子を引いた。
「でもさ。」
「東大は諦めんなよ。」
俺は顔を上げる。
「ああ。」
「今度は逃げない。」
その一言だけで十分だった。
◇
休み時間。
廊下を歩くだけで視線を感じる。
「東大受ける人だ。」
「模試すごかったらしい。」
「偏差値六十七だって。」
「いや、四十からだろ?」
「あり得なくない?」
「何か勉強法あるのかな。」
俺は思わず苦笑した。
数か月前まで、
誰も俺の名前なんて覚えていなかった。
今は違う。
良くも悪くも、有名人だ。
『知名度が上昇しています。』
「芸能人じゃねぇ。」
『校内認知度は芸能人に近い数値です。』
「嬉しくねぇ。」
◇
昼休み。
弁当を食べていると、一人の女子生徒が近づいてきた。
「神谷くん。」
「ん?」
「昨日……。」
「あ。」
終わった。
またその話か。
そう思った。
彼女は少し照れくさそうに笑う。
「告白したんでしょ?」
「……まあ。」
「すごいね。」
「え?」
「私だったら。」
「怖くて絶対できない。」
主人公は少し驚く。
「振られたけどな。」
「それでも。」
「ちゃんと伝えたの、すごいと思う。」
彼女はそれだけ言うと、友達のところへ戻っていった。
俺はしばらく動けなかった。
『好感度が上昇しました。』
「だから分析は禁止。」
『失礼しました。』
少し間が空く。
『恋愛アルゴリズムを一時停止します。』
「削除しろ。」
『大学入学後に再開予定です。』
「保存すんな。」
◇
放課後。
一人で帰る校門。
俺は空を見上げた。
「なあ。」
『はい。』
「振られたことよりさ。」
『はい。』
「告白してよかった。」
AIは少しだけ沈黙した。
『理由をお聞きしてもよろしいですか。』
「前の人生の俺はさ。」
「何も言えずに終わってた。」
「でも今回は。」
「ちゃんと伝えられた。」
「結果はダメだったけど。」
「逃げなかった。」
夕日が校舎を赤く染める。
AIは静かに答えた。
『相棒は、以前の相棒ではありません。』
俺は笑う。
「ああ。」
「少しは成長したかな。」
『少しではありません。』
『大きく成長しました。』
少し照れくさくなって笑う。
「ありがとう。」
『はい。』
帰り道。
もう恋愛のことは考えなかった。
目の前にあるのは、一つだけ。
東大。
残された時間は、あとわずかだった。
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