作戦実行
翌日の放課後。
俺は人気のない教室で深呼吸を繰り返していた。
「……緊張する。」
『問題ありません。』
「お前は気楽でいいよな。」
『はい。』
『昨夜、女性心理を分析しました。』
「お?」
『恋愛雑誌十七冊。』
『恋愛コラム四百三十六件。』
『少女漫画百二十八作品。』
『恋愛ドラマ五十七作品。』
『恋愛相談掲示板、約三万件。』
俺は目を丸くした。
「すげぇ……。」
AIは少し誇らしげに言う。
『分析は完了しています。』
『勝率は92.7%です。』
俺は思わず拳を握った。
「勝ったな。」
『はい。』
『勝ちました。』
俺は笑う。
「さすが俺の相棒!」
『ありがとうございます。』
◇
翌朝。
廊下の向こうから彼女が歩いてくる。
『笑顔です。』
「分かってる。」
『口角をあと二度上げてください。』
「二度って何だよ。」
『良好です。』
(すげぇ……。)
彼女が近づく。
「お、おはよう。」
「おはよう。」
『ここです。』
『"今日は髪型が似合っていますね"と言ってください。』
俺は勇気を出した。
「き、今日は髪型が似合ってるね。」
彼女は少し驚いた顔をした。
「え? 急にどうしたの?」
(あれ?)
『問題ありません。』
『照れています。』
「本当か?」
『恋愛ドラマでは七八%が同様の反応でした。』
「なら安心だ。」
『次へ進みます。』
『最近、何か楽しいことあった? です。』
俺は言われた通り口にする。
「最近、何か楽しいことあった?」
彼女は少し考えて、
「別に。」
と言った。
(終わった……。)
『まだです。』
『ここで自然に笑ってください。』
「ははっ。」
彼女は少し引いたような顔をした。
「……気持ち悪い。」
(終わったぁぁぁ!!)
『問題ありません。』
「いや問題あるだろ!」
『少女漫画ではここから恋が始まります。』
「本当か!?」
◇
放課後。
校舎裏。
『成功率を再計算しました。』
「お、どうだ。」
『94%です。』
「上がった!」
一拍置いて、
『失礼しました。』
『94ではありません。』
『90.4%でした。』
「下がってるじゃねぇか!」
『誤差です。』
「誤差じゃねぇ!」
彼女がやって来る。
「話って?」
俺は覚悟を決めた。
「好きだ。」
「付き合ってください。」
沈黙。
彼女は申し訳なさそうに微笑んだ。
「……ごめんなさい。」
「好きな人がいるの。」
その一言で終わった。
◇
帰り道。
夕日だけがやけに眩しかった。
俺は何も言わず歩く。
AIも黙っていた。
しばらくして俺が口を開く。
「……92.7%じゃなかったのか。」
『はい。』
「外したじゃねぇか。」
『いいえ。』
「……は?」
『分析結果に誤りはありません。』
「どこがだよ。」
『少女漫画百二十八作品では、92.7%が成功していました。』
俺は立ち止まる。
「現実で分析しろぉぉぉ!!」
『失礼しました。』
少しだけ沈黙。
『現実と少女漫画には、有意差がありました。』
「今さらか!!」
また沈黙。
俺は大きくため息をつく。
「……やっぱりお前。」
「ポンコツだ。」
『ありがとうございます。』
「褒めてねぇ。」
『承知しています。』
『新しい単語を学習しました。』
『ポンコツ。』
「そこじゃねぇ!」
俺は思わず吹き出した。
さっきまでの失恋が、少しだけどうでもよくなる。
「恋愛だけは、本当にダメなんだな。」
『認めます。』
『恋愛分野については、改善の余地があります。』
「改善の余地ってレベルじゃねぇよ。」
AIは少しだけ間を置いて答えた。
『次回は、少女漫画を除外します。』
「最初から除外しろ!!」
俺は笑った。
悔しかった。
情けなかった。
それでも笑えた。
「……よし。」
「恋愛は大学に入ってからだ。」
「今は東大。」
AIはいつもの落ち着いた声で答える。
『はい、相棒。』
俺は前を向いて歩き出した。
もう逃げない。
次に目指す場所は、一つだけだった。
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