四つの条件
「二十四時間、三百六十五日。」
三浦がホワイトボードに書いた文字を見ながら、悠は腕を組んだ。
「つまり、ずっと誰かが会社にいる?」
「交代制です。監視そのものはシステムで行いますが、異常が発生した時に対応できる人間が必要です。」
悠は心の中でAIへ聞いた。
(相棒、やっぱり必要?)
『必要です。決済件数が増えれば、障害が発生する可能性をゼロにはできません。重要なのは、発生を防ぐことと同時に、発生した場合の影響を最小化することです。』
(ですよね。)
『三浦氏の提案は妥当です。』
(最近、あの人の味方じゃない?)
『合理的な意見を支持しています。』
(俺の味方は?)
『常に相棒です。』
悠は少し笑った。
「分かった。作ろう。」
そこからARCの動きは速かった。
◇
佐伯が中心となり、運用経験者の採用を進めた。
三浦の人脈も使い、金融システムや大規模サービスの監視経験者を集める。同時に九条たちは監視システムそのものを構築した。
異常な処理件数。
応答速度の低下。
外部との通信異常。
データの不整合。
何かが起きれば自動的に担当者へ通知される。
さらに障害の重要度を段階分けし、誰に連絡し、どこまでサービスを止め、どの時点で経営陣へ報告するかまで決めた。
一か月前には存在すらしなかった運用部門が、少しずつ形になっていった。
九条が完成した監視画面を悠に見せる。
「これで大体分かる。」
「大体?」
「全部分かるとは言わない。」
三浦が横から頷いた。
「それでいいです。『全部分かる』と言う技術者の方が怖い。」
九条が三浦を見る。
「俺もそう思う。」
いつの間にか二人はかなり気が合っていた。
◇
次は。
責任能力。
ここでは橘と高橋が中心になった。
障害。
不正利用。
返金。
補償。
どこまでARCが責任を負うのか。
どの程度の資金を常時確保するのか。
利用規約はどうするのか。
橘が試算を机へ置いた。
「一定額を決済事業のための予備資金として確保します。」
悠が数字を見る。
「こんなに?」
「人のお金を扱うんですよね?」
「はい。」
「なら必要です。」
悠は心の中で聞いた。
(相棒。)
『妥当です。』
(まだ何も聞いてない。)
『減らせないか、と聞こうとしていました。』
悠は黙った。
橘が怪訝そうに見る。
「どうしました?」
「いや。味方がいないなと思って。」
「何の話ですか?」
「こっちの話。」
高橋は気にせず話を続けた。
契約。
補償。
個人情報。
加盟店審査。
一つずつルールが作られていった。
◇
そして。
最後。
実証。
いきなり二万八千店舗へ公開することはしない。
まずはARCショップメーカーを利用している店舗の中から、協力企業を募集した。
募集枠。
百店舗。
結果。
応募。
千七百三十二店舗。
悠は数字を二度見した。
「多くない?」
西園寺が笑う。
「ARCが新しい決済機能を作るって案内したら、かなり反応がありました。」
(相棒、これっていい反応?)
『非常に良好です。既存顧客から一定の信用を得ている証拠でもあります。』
(銀行には信用ないって言われたけどな。)
『信用の種類が異なります。』
(またそれか。)
百店舗を選び、小規模な実証試験が始まった。
最初は社員だけ。
次に関係者。
そして店舗側の協力者。
実際の商品。
実際の金。
実際の返金。
金額は小さい。
件数も少ない。
それでも。
初めて本物の金がARCの作った仕組みを通った。
悠はモニターに表示された一件目の取引を見る。
決済成功。
金額。
三千二百円。
それだけだった。
派手な演出などない。
だが九条は、画面をじっと見ていた。
悠が聞く。
「どう?」
「怖い。」
以前と同じ答えだった。
しかし今度は少し違った。
九条が続ける。
「でも、面白い。」
悠は笑った。
(相棒。)
『はい。』
(俺も。)
『知っています。』
(なんで?)
『その顔を何度も見ていますので。』
悠は少しだけ黙った。
五十年以上。
AIはずっと自分を見てきた。
そして今も。
同じ景色を見ている。
(そっか。)
『はい。』
◇
実証開始から三週間。
大きな障害。
ゼロ。
処理不整合。
数件。
すべて想定していた異常処理によって検出され、実害が出る前に修正された。
三浦が報告書を閉じる。
「まだ十分とは言えません。ただ、次の段階へ進める水準には来ました。」
悠は壁を見る。
銀行から提示された四つの条件。
安全性。
開発体制を構築。
運用体制。
二十四時間監視体制を構築。
責任能力。
補償・契約・予備資金を整備。
実証。
百店舗で開始。
悠はペンを持ち、四つすべてに丸をつけた。
「二か月か。」
高橋が頷く。
「構想段階だったことを考えれば、かなり速いです。」
(相棒、どう思う?)
『銀行が求めた最低条件には到達したと判断します。』
(勝てる?)
『交渉に勝敗という表現を使うのであれば、不適切です。』
(じゃあ、いける?)
少し間があった。
『可能性は十分にあります。』
悠は笑った。
「よし。」
資料を閉じる。
「もう一回、行こう。」
◇
数日後。
同じ銀行。
同じ応接室。
そして。
前回と同じ責任者。
悠は一冊の資料を机へ置いた。
二か月前とは。
厚さが違った。
責任者が表紙を見る。
決済事業・実証試験報告書。
「これは……。」
悠は笑った。
「前回、四つ宿題をもらいましたから。」
責任者がページを開く。
安全性。
運用体制。
責任能力。
実証結果。
一ページずつ。
表情が変わっていく。
やがて。
最後のページまで読み終えた。
責任者は資料を閉じた。
そして今度は。
前回とは違う言葉を口にした。
「具体的な協議に入りましょう。」
悠は小さく息を吐いた。
(相棒。)
『はい。』
(第一関門。)
『突破です。』
ARCの決済事業が。
ようやく。
本当のスタートラインに立った。
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