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四つの条件

「二十四時間、三百六十五日。」


三浦がホワイトボードに書いた文字を見ながら、悠は腕を組んだ。


「つまり、ずっと誰かが会社にいる?」


「交代制です。監視そのものはシステムで行いますが、異常が発生した時に対応できる人間が必要です。」


悠は心の中でAIへ聞いた。


(相棒、やっぱり必要?)


『必要です。決済件数が増えれば、障害が発生する可能性をゼロにはできません。重要なのは、発生を防ぐことと同時に、発生した場合の影響を最小化することです。』


(ですよね。)


『三浦氏の提案は妥当です。』


(最近、あの人の味方じゃない?)


『合理的な意見を支持しています。』


(俺の味方は?)


『常に相棒です。』


悠は少し笑った。


「分かった。作ろう。」


そこからARCの動きは速かった。



佐伯が中心となり、運用経験者の採用を進めた。


三浦の人脈も使い、金融システムや大規模サービスの監視経験者を集める。同時に九条たちは監視システムそのものを構築した。


異常な処理件数。


応答速度の低下。


外部との通信異常。


データの不整合。


何かが起きれば自動的に担当者へ通知される。


さらに障害の重要度を段階分けし、誰に連絡し、どこまでサービスを止め、どの時点で経営陣へ報告するかまで決めた。


一か月前には存在すらしなかった運用部門が、少しずつ形になっていった。


九条が完成した監視画面を悠に見せる。


「これで大体分かる。」


「大体?」


「全部分かるとは言わない。」


三浦が横から頷いた。


「それでいいです。『全部分かる』と言う技術者の方が怖い。」


九条が三浦を見る。


「俺もそう思う。」


いつの間にか二人はかなり気が合っていた。



次は。


責任能力。


ここでは橘と高橋が中心になった。


障害。


不正利用。


返金。


補償。


どこまでARCが責任を負うのか。


どの程度の資金を常時確保するのか。


利用規約はどうするのか。


橘が試算を机へ置いた。


「一定額を決済事業のための予備資金として確保します。」


悠が数字を見る。


「こんなに?」


「人のお金を扱うんですよね?」


「はい。」


「なら必要です。」


悠は心の中で聞いた。


(相棒。)


『妥当です。』


(まだ何も聞いてない。)


『減らせないか、と聞こうとしていました。』


悠は黙った。


橘が怪訝そうに見る。


「どうしました?」


「いや。味方がいないなと思って。」


「何の話ですか?」


「こっちの話。」


高橋は気にせず話を続けた。


契約。


補償。


個人情報。


加盟店審査。


一つずつルールが作られていった。



そして。


最後。


実証。


いきなり二万八千店舗へ公開することはしない。


まずはARCショップメーカーを利用している店舗の中から、協力企業を募集した。


募集枠。


百店舗。


結果。


応募。


千七百三十二店舗。


悠は数字を二度見した。


「多くない?」


西園寺が笑う。


「ARCが新しい決済機能を作るって案内したら、かなり反応がありました。」


(相棒、これっていい反応?)


『非常に良好です。既存顧客から一定の信用を得ている証拠でもあります。』


(銀行には信用ないって言われたけどな。)


『信用の種類が異なります。』


(またそれか。)


百店舗を選び、小規模な実証試験が始まった。


最初は社員だけ。


次に関係者。


そして店舗側の協力者。


実際の商品。


実際の金。


実際の返金。


金額は小さい。


件数も少ない。


それでも。


初めて本物の金がARCの作った仕組みを通った。


悠はモニターに表示された一件目の取引を見る。


決済成功。


金額。


三千二百円。


それだけだった。


派手な演出などない。


だが九条は、画面をじっと見ていた。


悠が聞く。


「どう?」


「怖い。」


以前と同じ答えだった。


しかし今度は少し違った。


九条が続ける。


「でも、面白い。」


悠は笑った。


(相棒。)


『はい。』


(俺も。)


『知っています。』


(なんで?)


『その顔を何度も見ていますので。』


悠は少しだけ黙った。


五十年以上。


AIはずっと自分を見てきた。


そして今も。


同じ景色を見ている。


(そっか。)


『はい。』



実証開始から三週間。


大きな障害。


ゼロ。


処理不整合。


数件。


すべて想定していた異常処理によって検出され、実害が出る前に修正された。


三浦が報告書を閉じる。


「まだ十分とは言えません。ただ、次の段階へ進める水準には来ました。」


悠は壁を見る。


銀行から提示された四つの条件。


安全性。


開発体制を構築。


運用体制。


二十四時間監視体制を構築。


責任能力。


補償・契約・予備資金を整備。


実証。


百店舗で開始。


悠はペンを持ち、四つすべてに丸をつけた。


「二か月か。」


高橋が頷く。


「構想段階だったことを考えれば、かなり速いです。」


(相棒、どう思う?)


『銀行が求めた最低条件には到達したと判断します。』


(勝てる?)


『交渉に勝敗という表現を使うのであれば、不適切です。』


(じゃあ、いける?)


少し間があった。


『可能性は十分にあります。』


悠は笑った。


「よし。」


資料を閉じる。


「もう一回、行こう。」



数日後。


同じ銀行。


同じ応接室。


そして。


前回と同じ責任者。


悠は一冊の資料を机へ置いた。


二か月前とは。


厚さが違った。


責任者が表紙を見る。


決済事業・実証試験報告書。


「これは……。」


悠は笑った。


「前回、四つ宿題をもらいましたから。」


責任者がページを開く。


安全性。


運用体制。


責任能力。


実証結果。


一ページずつ。


表情が変わっていく。


やがて。


最後のページまで読み終えた。


責任者は資料を閉じた。


そして今度は。


前回とは違う言葉を口にした。


「具体的な協議に入りましょう。」


悠は小さく息を吐いた。


(相棒。)


『はい。』


(第一関門。)


『突破です。』


ARCの決済事業が。


ようやく。


本当のスタートラインに立った。

ご覧いただきありがとうございます!

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