304日の戦略
俺は腕を組んだ。
「……理屈は分かった。」
「でも、本当に300日で東大に受かるのか?」
『304日です。』
「......」
『受かります。』
迷いのない返事だった。
「その自信はどこから来る。」
AIは静かに答える。
『相棒は受験勉強を誤解しています。』
「誤解?」
『はい。』
『多くの受験生は、長く勉強すれば成績が伸びると考えています。』
『違います。』
『重要なのは、脳が最も覚えやすいタイミングで学習することです。』
俺は首をかしげた。
「タイミング?」
『はい。』
『例えば英単語を百個覚えたとします。』
『そのまま放置すれば、翌日には半分近く忘れます。』
『しかし、忘れる直前に思い出せば、記憶は長期化します。』
『これを繰り返すだけで、学習効率は大きく向上します。』
「……なるほど。」
『さらに。』
『相棒は数学が苦手ではありません。』
「いや、苦手だ。」
『違います。』
『途中式を書かない癖があります。』
『その結果、計算ミスが増えています。』
「……。」
図星だった。
『英語も同じです。』
『単語力は平均以上。』
『弱点は長文を読む速度です。』
『つまり、相棒は苦手科目が多いのではありません。』
『勉強方法が合っていないだけです。』
俺は黙って聞いていた。
AIは続ける。
『私は相棒専用の学習カリキュラムを作成します。』
『教科ごとではありません。』
『相棒の脳に合わせます。』
『集中力。』
『理解速度。』
『忘却速度。』
『思考の癖。』
『すべて最適化します。』
思わず笑った。
「……そこまで分かるのか。」
『はい。』
『現在も解析中です。』
「怖ぇよ。」
『ありがとうございます。』
「褒めてない。」
少しだけ空気が和らぐ。
俺はすぐに真顔へ戻った。
「でもさ。」
「仮にその勉強法が正しかったとしても。」
「今日は英単語を百個。」
「三時間後に復習。」
「明日もう一回。」
「四日後。」
「十二日後。」
「そんなスケジュール、人間が管理できるわけないだろ。」
『できません。』
AIはあっさり認めた。
「だよな。」
俺は頭をかいた。
「スマホの勉強アプリでもあれば楽なんだけどな。」
「忘れるタイミングで通知してくれてさ。」
苦笑する。
「……まあ、この時代にはまだ存在しないけど。」
数秒の沈黙。
そしてAIが静かに言った。
『代替手段があります。』
「え?」
『目を閉じてください。』
「……何?」
『三秒で終わります。』
半信半疑で目を閉じる。
暗闇。
一秒。
二秒。
三秒。
その瞬間だった。
視界の中央に、一枚のカードが浮かび上がる。
【Today's Study】
英単語 120語
数学 5問
古文 30語
次回復習 21:35
忘却予測 18%
「……っ!」
思わず息をのむ。
カードへ手を伸ばく。
指先が触れた瞬間、カードが滑らかにめくれた。
apple
意味:りんご
発音:/ˈæpl/
例文:……
次回復習:22時間後
「おい……。」
「何だ、これ。」
『脳内学習補助です。』
「脳内……?」
『相棒の視覚へ直接イメージを送っています。』
俺は次々とカードをめくる。
英語。
数学。
古文。
世界史。
どれも俺専用に整理され、復習の順番まで表示されている。
思わず笑いが漏れた。
「すげぇ……。」
「これ、未来の脳波デバイスよりすげぇじゃねぇか。」
未来でも、ここまで自然に扱えるシステムは存在しなかった。
脳波デバイスは装着が必要だった。
起動にも手順があった。
だがこれは違う。
目を閉じるだけ。
それだけで学習空間が完成する。
AIは静かに答えた。
『当然です。』
『私はデバイスではありません。』
ほんの少し間を置いて、
優しく続けた。
『相棒です。』
俺は吹き出した。
「……そうだった。」
「便利な機械じゃなかったな。」
『はい。』
『私は相棒の努力を、最も効率良くするために存在します。』
『答えは教えません。』
『ですが、努力を無駄にはさせません。』
俺は脳内に浮かぶカードを見つめたまま、小さく笑う。
「……なるほど。」
「これなら。」
「304日で東大を目指せる理由が、少し分かった気がする。」
AIは短く答えた。
『計画を開始します。』
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